マッスル聖女パワー伝説、なお補習
『星キラステップアップ』は乙女ゲームにしては珍しく、主人公に容姿の設定やデフォルトネームがない。
私が佐良美鶴を限りなく引き継いで転生したのも、これが原因だろう。
「……どうやって死んだんだろ」
しかし、肝心の死因を覚えていないのだ。
それで何か問題があるかと言われたら、全くない。もう死んでしまったし、転生してしまったのだから考えても仕方がないというものだ。
気になることがあるとすれば、隣で眠るリリナが『あたしのせいだ』と魘されていることか。私の名前とセットで毎回言うものだから、気分はあまり良くない。
「水死だろ」
「は?」
講義中に呟いた独り言を拾った声に顔を上げると、隣の生徒が教科書を指差していた。
そこで初めて、彼が生徒会に所属するガルツであることに気づく。
――しまった。
周りなんて気にしてないからな。
「その時代の神官長は水死した、って書いてあるぞ」
「ダン公爵令息、平民も文字くらい読めます」
「そうじゃなくてよ、ぼんやりしてたから寝てたんじゃねえかって」
「ええ、まあ……少し眠くて。
助かりました」
「おう」
幸い内容に対する疑問と勘違いしてくれたので、適当に話を合わせることにした。
しかし、生徒会というかリリナに関連する人物とはあまり関わりたくないものだ。
「では、今日はここまで!」
タイミング良く講義が終わり、一礼してから席を立つ――が。
「サラとダンは残るように!」
補習!!
学力に転生特典はないのかよ!!と叫びそうになった。叫ばなかった。偉い。
佐良美鶴の頃は頭が良かった……はずなんだけど……。最近増えたな、補習。
「俺が馬鹿なんじゃない、この学校のレベルが高すぎるんだ」
「同感同感」
補習のレポートを書きながら、気づけばすっかり打ち解けていた。
ガルツはキーリィと違ってリリナにぞっこんと言うわけでもなければ、ルドの様に気配りが上手いわけでもない。
ひたすら真っすぐだった。
「筋肉で評価して欲しい」
「コンテストでも開催する気?」
「名案だぜ相棒!学祭でやるか!」
「よーし。
見てな、次のテストでガルツのこと置いてくから」
「何でだよ!一蓮托生だろ!?
俺の筋肉もそう言ってるぜ!?」
言葉を選ばないのなら馬鹿だ。
筋肉馬鹿。
『堅苦しいのやめねぇ?補習してんだぜ俺ら。かっこつけてもな〜』と、遠慮なしに肩を叩いて来られたら警戒するのもアホらしくなり……こうなったのである。
がっしりとした長身は迫力があるし、精悍な顔立ちは彫刻のようだ。
黙ってさえいればさぞおモテになるだろうに、居残り常習犯かつ筋肉馬鹿は流石にアウトらしかった。隠れファンは多いみたいだけど――ね。
「なあ、ミツルって普段何してるんだ?学校以外で」
「朝夕の祈りと、神殿での修行。あとは……」
「あとは?」
「……寝てる」
リリナと、ではない。
純粋に疲れるのだ。聖女の力がいくら強くてもまだまだ未熟、祈り以外は何も出来ずに終わることも少なくない。
「それは疲れで?」
「そうだけど」
「ほう」
「嫌な予感がする」
「なあ、俺にいい考えがあるんだけど」
「嫌な予感がする!!」
久し振りに取り繕わずに、笑いながら、教師に頭を叩かれながら、レポートを終わらせて帰路に着く。
ガルツと別れた後――ようやく気付いた。
主要人物と関わる度に蘇っていた後輩との記憶が、今回は全くなかったのである。
あの子はガルツの話をしなかったのか?
思い出せない。
「まあ……筋肉推しではなかったもんな」
明日から俺と鍛えような!!と白い歯を見せて笑った、あの無邪気な筋肉を思い出し、夕べの祈りに向かうのだった。