あたしの地獄《リリナ視点》
「……あんまり付けないでほしいんだけどな」
「美鶴、美鶴……」
ミツル・サラは冷静な女である。
学校でも――閨でも、いつだって。
前世の佐良美鶴であった頃からそうだ。
「誰も信じないだろうね、本当」
自分とは真逆の、美しい黒髪にスラリと高い背、薄い唇――綺麗な顔をしてるに誰も話しかけやしない。
聞けば妹と同じ美術部活だというし、オタクの妹を持つ“ギャル”として、“オタクに優しいギャル”になってやろうと近づいたのが始まりだった。
「あの王女殿下が、男との婚前交渉出来ないからって聖女に抱いてもらってるだなんてさ」
表情は分かりにくいし、直球な物言いも相まっていつも一人で居た。
今だってそう。
何を考えてるのか分かりやしないのに、触れてくる手は優しくて、それがたまらなく嬉しかった。
分かりにくいけど、悩みにはすぐ気付いてくれるし――そういう優しさに惹かれて、好きになったんだっけ。
「毎晩訪ねてきちゃってさ。
陛下だって黙認してるの知ってる?
まあ、百合セックスに溺れてるだとかそこまではバレてないみたいだけど」
「ド直帰。下品ポイント追加。
ムードもへったくれもないわ。
死んでもそういう話し方しか出来ないわけ?」
「何そのポイント。
私に噛みつく前に陛下の件、真剣に考えた方が良いと思うけど」
「分かってるわよ、言われなくても」
「言われなくても分かる人は元カノで性欲発散しないんだわ」
――今日も寝台で肌を重ね、一般的な恋人ならここで所謂ピロートークをするところである。
「本当にあんたのそういうところ嫌い」
「どうも。
っていうか、好きだったことある?」
あるわよ、と返してやりたい気持ちを堪えて首筋に噛みついてやれば『やめろ』とうんざりしたような声が降って来て、髪を細くて長い指が梳いて行った。
「……リリナ?」
それが、泣きたくなるくらい優しくて、柔らかくて、愛おしかった。
『は?あんな陰キャ女、マジで付き合うとかねぇし』
『あっは。里々奈酷すぎ』
――あたしが殺した、あたしの恋人。
あの日の記憶は転生しても消えてくれない。
自分自身で壊して、踏みにじって、捨てて、失った温もりが目の間で呼吸をしている。
「お盛んなのもいいけどさ。そんなにしたいんなら結婚早めたら?
貴族同士なら珍しくないでしょ」
「そういう問題じゃないの。ルドは優しいんだから、あんたと違って。
……あんまり我儘言ったら嫌われちゃうでしょ」
「だからって生えてなきゃセーフ理論も分かんないんだわ。
流石、一軍ギャルで王女様は違うよなぁ。
発想が下半身から出おいでで」
「下品ポイント追加!
大体美鶴も人のこと言えないじゃない、あたしが誘ったらすぐ応じたくせに。
学園中の女食ってんじゃないの?」
ああ違う。
こんなことを言いたいんじゃない。
「聖女とは言え平民が、王族の命令に逆らえるわけ無いでしょ」
触れ合った肌は温かいのに、胸の内側が冷たくて仕方がない。
「……じゃあ、王女として命じてあげる」
「あい」
死んだ先でまた会えた、何一つ変わらない貴女。夢でも何でも構わない。
きっと、これがあたしの地獄でも。
「卒業まで、あたし以外見ないで」
――返事はなかった。
どんな顔をしているのか、恐る恐る見てみると……信じられない。
寝ていた。
「やっぱコイツ、くそかも!!」
あたしはベル・ドット王国第一王女、リリナ・ベル・ドット。
前世の名前は鳴田里々奈。
佐良美鶴の元恋人であり、死に追いやった――罪人だ。
読んで頂きありがとうございます〜!
私の周りにはオタクに優しいギャルじゃなくて、ギャルでオタクが沢山いました。