新たな人生に、祝福を!
屋台以外にも射的や、幻影魔法を駆使して作られた迷路などの催し物をひとしきり楽しんだ私達は、ベンチに並んで腰掛けていた。
「万が一にも勝ったら、どうするおつもりなの?」
「聖女で王配になります。まあルドとの婚姻も必須でしょうから……そこはやむなしとして。ああでも、閨は私だけにして頂きたいですね」
「はあ……世継ぎは必要でしょう」
「殿下、聖女ってチートなんですよ。
そのくらいどうとでもなります」
勝利を納めるつもりで挑みますけど、剣技じゃなあ。そう笑って見せれば、リリナは優しく目を細めて私の頬に手を添えた。
「何ですか」
「本当に、良く笑うようになったな……って」
「皆言いますねよね、それ」
「分かりにくいのよ、貴女は。
“前”も含めてね。
冷静に物事を判断出来るのは良いことよ?でも、それを誰にも話すことなく終わらせてしまうでしょう。
嬉しいことも、悲しいことも全部――自分だけで完結させるって、親しい人からすればとても寂しいことなの。分かる?」
「……だから、逆に嬉しいと?」
「ええ。
だって、今の貴女を知ることが出来るもの」
「今の私……」
確かに、今の私達が“今の私達”として語らう時間はあの件が始めてだった。
(そっか、知っていけるんだ)
――お互いのことを、私達はあまり知らない。過去を悔い続けるのではなく、これからを見ることが出来るのだ。
自分で『もう佐良美鶴と鳴木里々奈ではない』と言っておきながら、ようやく腑に落ちた。
「ですから、今のわたくしを知ってくださいな。余すことなく」
「……そう言えるならきっと、殿下の前世は良いものだったんでしょう」
「ふふ。
酷いことをしてしまった分、善くあろうとしたの!それが巡り巡って、今のわたくしに活きている……そう思っているわ」
軽くなった気持ちと共に、穏やかな時間がただ流れていく。
「わたくし達が今、こうして肩を並べているのは偶然でも地獄でもない。確かな現実。
……ねえ。色々あったけれど、わたくし思うの。
この世界って、あの子が好きだった作品にそっくりでしょう?」
「星キラそのもの……っていうには違う所もありますけど、大分近いですね。
結構、あの子の思い出に助けられましたよ」
「あの子ね、前のわたくしが逝く時に何て言ったと思う?」
「お姉ちゃん、大好き。とか?」
「惜しい。
――お姉ちゃん、大好きだよ。先輩によろしくね」
「……麗奈」
送り出してくれたのかもしれない、そう言いたいのだろう。
二人を繋いだ存在が大好きだった物語に良く似た世界に、揃って生まれてきた理由がもしもあるなら――……。
「切に願うわ。あの子のおかげだって」
「同じく」
額を付けて笑い合う。
愛しい想いが溢れても、きっと違った形で実を結ぶのだろう。
関係も立場も変わった先で、繋いでくれた縁を大切にして行こう。
「……そろそろではなくて?」
「う……」
「干し葡萄みたいな顔しないの。
勝てるかもしれないでしょう」
願わくば、時間よ止まれ。
……二重の意味で。
「お迎えも来たし、観念するとしますか」
「特等席から見守っていますわ」
少し離れた所からヴァン達が手を振っているのが見えて、気が遠くなったが発案者は私だ。
ルドや生徒会の面々が、未来の女王であるリリナを支える柱となるなら、彼らとの関係も一度精算しなくてはならない――この企画の目的である。
特にルドだが、彼は頭が良い分多くは語らないはずだ。ただ話すだけでは、お互いにわだかまりを残すだけであろうことは想像に難くない。
後の夫婦関係にも支障をきたすだろう。
なら“同じ女性を愛した者同士”、剣を交えた方がよっぽど建設的である。
「キーリィ・ハルト敗れたり!!
いやぁ、善戦したんじゃないでしょうか!?」
「俺が鍛えたからな!」
闘技場に響き渡るヴァンとガルツの実況と、盛り上がる観客達。
ルドとキーリィの試合は、キーリィが思いの外善戦したらしい。魔法の方が得意で、ひょろひょろしていたわけでも、鍛えていないわけでもなかったのだが――ガルツによる特訓が功をそうしたのだろう。
晴れやかな顔で、二人は固い握手を交わしていた。
「お疲れ」
控室で出迎えて、飲み物を手渡してやれば、彼は一気に飲み干す。
「聖女特性の回復薬、どう?」
「お気遣いありがとうございます」
不味かったです、と付け加えてきたので小突いてやる。
それから、気合を入れるために長い髪を一纏めに括った。
「次は貴女ですね」
「大トリなんて恐れ多いわ」
肩を竦めておどけてみせる。
余計な動きをしたせいか、纏めた部分が少し乱れてしまった。
「余裕――ではなさそうですね」
見かねたキーリィが、乱れたそれをそっと直す。昔の私達なら絶対に有り得ない光景だ。
「うん……。
少しさみしいかも」
変わったな、色々と。
もうここまで来れば緊張などなかったが、やはり区切りがつくというのは寂しいものだ。
素直に口に出したのが余程以外だったのか、キーリィは私の背を叩き歯を見せて笑った。
「骨は拾ってやりますよ」
「――はは。
じゃ……お願いしようかな」
控室を後にして、闘技場までゆっくりと歩く。学生が使う決闘用の剣は切れ味こそ鈍いが、それ以外は真剣と変わらない。
木剣とは違う、重厚さが気持ちをより引き締めてくれた。
「……おお」
――ゲートを潜った私を大歓声が迎える。
頬を紅潮させた観客達は、何も生徒だけではない。生徒の親族、つまり数多の貴族達もまた然り。
(陛下も、そりゃいるよね)
名目上は娘の伴侶の座を賭けた決闘である。両陛下もお揃いだ。
「紳士淑女の皆様!!お待ちかね!!
本日の大目玉!!
歴代最高峰の聖女と名高いミツル・サラ!対するは連戦負けなし!息一つ乱さない!文武両道!学院のトップに君臨する男!ルド・メル!!」
ヴァンの口上で観客の熱狂はより高まり、熱気に包まれたまま、私とルドは剣を抜く。
「余裕そうだけど」
「まさか。どの試合も真剣に望んでるさ」
「はは、ルドらしいや」
一言交わした後は、最早言葉はいらない。
ひたすらに、ただひたすらに剣を交えてお互いの想いをぶつけ合う。
洗練された重たい一撃を受け流し、機を伺っては反撃に出る。その繰り返し。
拮抗しているわけではない。
私が防戦に徹していることで、ルドが決定打が出せない状況が続いているに過ぎなかった。
「聖女は剣士の才もあるのか」
「才?この、状況で!よく――」
言えるな!と剣を弾いて突きを繰り出す。
私と違って呼吸を乱すことなく、華麗に、踊るように次の手を返してくる。
魔法が使えるならチート級の私に分があるが、そろそろ決着を付けなければ体力が底をついて終わりだ。
「殿下の為だけにそこまで鍛えたって、流石に愛が重過ぎない?」
「褒めてる?」
「勿論」
「――!」
一瞬だった。
距離を取って態勢を立て直そうとした所に距離を詰められ、気付いた時には己の剣が宙を舞っていた。
「負けちゃった」
大歓声の闘技場に四肢を投げ出して倒れ込む。
ヴァンの興奮しきった実況がやけに遠くに聞こえて――試合終了の鐘――佐良美鶴と鳴木里々奈の物語に、真の意味での“終わり”が鳴り響く。
「頑張るよ」
「え?」
勝ったというのに、眉を下げてルドは笑う。倒れたままの私に、ルドは手を差し伸べた。
「まだリリナは君が好きなようだし。
負けないようにね」
「ああ――……」
ルドの手を握り返し、起き上がる。
「それ、一生かけて私と勝負することになるかもよ」
「それはそれは!気合を入れないとな」
青空を背にして笑うルドの頬は幸せそうに染まっていた。
――うん。
もう大丈夫だ。
「愛を守りきった!!連戦全勝!!
ルド・メルに皆様喝采を!!」
未来の花嫁の元へ戻って行く背中を見送り、最後の仕事に取り掛かる。
浮遊魔法でヴァンとガルツが居る実況席まで飛ぶと拡声器を奪い取って、観客へ呼び掛ける。
「素晴らしい試合でした。
これからも友人であり、仕えるべき主となるお二人の未来が幸福であるように――祝福を!!」
両手を天に掲げ、ありったけの想いを込めて光に換え、祝福の雨を降らせた。
「末永く、我が国の華へ――幸あれ!」
――手を挙げた拍子に、拡声器が飛んで行ったけど、まあ……御愛嬌ということで。
「ああ、生まれ変わって良かった!」
これからの人生はきっと、幸せなものになるに違いない。
恋は終わり、新たな人生を、友を得たのだから!
fin
読んでいただき、本当に本当にありがとうございました!ようやく最終話です。
お話の終わりは最初から決めておりましたが、ここまで辿り着けたのも読んで頂いた皆様あってこそでした。この後はエピローグや番外編など、思いついたときに投稿していきたいと思います!
改めて!ありがとうございました!皆様にも幸あれ!




