祈りと口付け
「……これは」
『死の淵にいる』などと安っぽい台詞では到底足りないと、案内された神殿の最深部で眠るリリナを見て絶句した。
おびただしい瘴気に集られた彼女の顔色には生気がなく、胸元には小さな傷が確認出来た。
そこから瘴気が溢れ出ているのか、特に濃かった。
(――血とか、腐肉に集る虫)
例えるならそう、虫だ。
悍ましい、黒い塊がぶんぶんと飛び回る。
彼女が死に向かう様に、嬉しそうにざわめくそれに吐き気がする。
「ルド様は……このこと知ってるの?」
「いいえ。ガルツを向かわせて足止めしています。万が一にも耳に入ったら……彼は被疑者を斬るでしょう」
「……」
「殿下への愛は本物ですよ」
「――難儀なもんだね、ルド様も、キーリィ様も。
好きな人は一緒なのにさ」
私の言葉に、キーリィは驚かなかった。
ただそっと、小さく頷いただけ。
「意外だな。気付いてたんだ」
「図書室での一件、あの後ですよ。
貴女を色眼鏡なしで見ようとした――何ですか、その顔は。私だって反省したんです」
「その割には噛みついてきたじゃん、毎回」
「……すみません」
「やめてよ、ちょっとゾワッとした」
「は?!素直に謝っただけでしょう!?」
「はは!ごめんごめん。
……なんかちょっと、元気出たかも」
「貴女……」
「何」
「笑えたんですね」
いつもなら何だ喧嘩か?と構える所だったが、状況が状況だし――なにより。
(こっちの台詞だわ……そんな優しい笑顔、リリナ以外にも出来るんだ)
ふと、後輩の記憶が蘇る。
『キーリィって、最初きついんですけど〜。
チョロいんですよね』
チョロいとはいえ、それはちょっと考えものではないか?
――でも、仲良くなれる兆しだと思えば悪くないのかもしれない。
「――よし。
さっさと浄化して、被疑者とやらをとっちめに行こう」
「ええ。いち早く父上や一部の神官達が働きかけて下さったお陰で、この件は陛下と我々しか知りません。ですが、それも長くは保たない」
「任せて」
黒く蠢く瘴気に手を翳す。
キーリィがそれに合わせて結界を展開し、私達はリリナの浄化に取り掛かった。
(――里々奈、運が良いね。
私が歴代最高クラスの聖女でさ。
すぐ助かっちゃうよ。
あーあ、そしたらルドが全部持っていくんだろうなぁ。いや、ルドだけじゃないかも。悪役王女に転生したのに、前世と違って努力したのかな。そういうの苦手だったじゃん、続かないとか言って……相変わらず、ちょっと流されやすいけど良い王女様やっててさ。
……馬鹿だな。
私のことなんて、忘れちゃえば良かったんだ)
想いが強い程聖女の祈りは力を増す。
それならこんなもの、朝飯前だ。
(伊達に前世の恋人やってないっての。
この世界の瘴気如きに負ける訳がない)
虫のように集る瘴気達も負けじと、一層激しくリリナの身体を内から、外からと這い回り蝕もうと抵抗する。
――そうはさせない。
祈りを強めれば、胸元から溢れ出していた瘴気は殆ど消え、残るは膿んだ様にぐじゅりぐじゅりと蠢く傷口だけとなった。
(もうそんなに、自分のこと責めないで)
振り返る事なく、後ろに控えているキーリィを呼ぶ。
「ねえ。もう大体犯人の検討ついちゃったんだけどさ。
全部終わったら一緒に玉砕しない?」
「何を言い出すかと思えば――……まあ、良いでしょう」
「良いんだ?」
「ただし条件が有ります」
「いいよ。何?」
「キーリィで結構。
同じ女性を愛した者同士でしょう」
「何それ、戦友みたい!
……じゃあ、キーリィ。戦友からのお願いなんだけど」
私も、キーリィもとっくに理解してたんだ。流されやすくて、周りを気にしすぎるリリナには、彼女の全てを受け入れてくれる人が相応しい。
(王子様にはなれないし、その役目はきっと違う人だけど)
――私達はリリナに何かを求め過ぎたり、勝手に期待しすぎたりしてしまうから。それでは彼女が摩耗するだけだ。
「今だけ、見逃して」
あの頃の恋を全て祈りに変えて、私はリリナ――いや、里々奈に口づけた。
(大好きだよ、里々奈)
――あたしも、美鶴が大好きよ。
……聞こえた声は、私の願望だろうか。
それとも――。
読んで頂きありがとうございます!
駆け足にはなりますが、クライマックスに向かっていきたいと思います〜!




