王家と聖女《後編》
聖女は王家の男と婚姻し、国をさらなる繁栄へと導くというのが習わしである……聖女の力に目覚めてから早々に神殿から伝えられていた話だ。勿論、王女であるリリナも知っているだろう。
しかし、身体が弱い王妃との間に授かったのは一人娘のリリナだけ。
今回のように男児が生まれなかった場合は、その父親の側妃として王家との関係を結んで来たとされているが、妻を愛してやまないことで有名な陛下である。臣下に何と言われようが側妃を娶る気はないと言う。
「……そうなると、私は神殿入りするのが妥当では?」
「神官長はハルト侯爵だからな、君も安全だ……とは、言い難いんだ」
現神官長と陛下は良好な関係だと言うが、反王家派からすれば、そこへ嫁げない聖女は都合の良い駒である。祀り上げて、王家ではなく神殿主導の国へ変えようという動きがあってもおかしくはないと陛下は言う。
「ミツルくん、ハルト家に嫁ぐとかどうだい?」
「……」
「凄い嫌そうな顔」
「お父様、二人はあまり仲が良くないのです。わたくしのせいではありますが……」
「キーリィくんも気難しいところがあるからね……。
とはいえ、ミツルくんの出自を考えれば貴族との婚姻は必須となる。私としては生徒会の誰かから選んで欲しいんだ。彼らには行く行くは女王となるリリナを支えてもらう、その為の人選だからね」
生徒会には優秀であれば身分問わず入ることが出来るが、学園に王族がいる時に限り会長は自動的に決まる。学生生活から信頼関係を築き、政の予行演習をするという訳だ。
「……だから、リリナ。
お前にはミツルくんを諦めて貰わなくちゃならない」
「わたくしは……大丈夫です、分かっておりますから」
陛下の言葉に震える声で答えるリリナ。
演技には見えなかった。
けれど、何故――何故、泣きそうな顔で笑うのだろう。これではまるで、彼女が私を本当に慕っているようではないか。
「無礼をお許しください。
王女殿下は私を――」
終りが見えて安堵した感情が、愚かにもまた息を吹き返す。
どちらにせよ、私達が結ばれることはないし、何より前世の鳴木里々奈は私を好いてはいなかったはず。
「愛しておられるのですか」
遊びだったはずだ。
だから、今生だって。
それが悪手であったと、自分を苦しめることになると分かっていながら――確かめずにはいられなかった。
「ええ、わたくしは……貴女を愛しているわ」
ずっと昔から、と。
美しいエメラルドに涙を溜めながら、笑うその顔が前世と重なって目の前が真っ暗になる。
『美鶴、大好きよ』
たまに見せる、罪悪感で押しつぶされそうな笑顔が蘇る。
私だって知っていたのに――……知っていた?何を?
「……それは、身に余る光栄です」
頭が痛い。
大事なことをきっと忘れているのに、思い出せない。思い出す必要があるのかと問われたら自信がないけれど、きっと私達の関係を正しく終わらせる為にはそれが必要だ。そう感じている。
「学園内での交流は今まで通りで良い、友人としてこれからも二人仲良くするように」
陛下の声で、その場はお開きになった。
――明日が休みで良かったと思う。
まさかここまでショックを受けるとは思わなかったから、頭を冷やさなくては。
「思い出そう。
鳴木里々奈と……佐良美鶴について」
――高校二年生の、初夏。
きっかけはクラスの所謂一軍グループの鳴木里々奈に呼び出され、告白されたのだ。
私は別に同性愛者というわけではないと自覚していたが、どちらが好きというわけでもなく、ただひたすら他人に関心がない。そんな人間だった。
……では何故、告白を受け入れたのか?
『はーい、里々奈。罰ゲームね!』
『オタクに優しいギャルになるんだろ〜?』
罰ゲームでクラスの陰キャ女に告白する!という幼稚な企みを知っていたからだ。
断る方が面倒だったし、何より鳴木里々奈は後輩の姉である。万が一にも迷惑がかかる、なんてことは避けたかったのだ。
『好きなんだけど、あんたのこと』
『へえ』
『へえって何よ』
『なら、付き合おっか』
『……え?』
『私、男女どっちでも良いんだよね。
じゃあ、よろしくね。彼女さん』
鳴木里々奈はとても可愛かったし、遊びとはいえ付き合うには何の抵抗もなかったのが幸いした――我ながら最低な理由であるが。
『何で告白、受けたの?』
『鳴木さんが可愛かったから』
ピンクブラウンに染めた髪を緩く巻いて、濃く見られがちな化粧も彼女の元の顔立ちが活かされていて、ギャルといっても今どきの……というのだろうか?私には良くわからなかったが、誰が見ても可愛いと言うであろう容姿をしていた。
『顔だけ?』
『だって何も知らないし』
『……じゃあ、知っていこうよ』
『……』
『何、黙んなよ』
『いや、意外だなって』
遊びだというのに、鳴木里々奈は私を知りたがって、向き合う姿勢を見せてきた。
だから、思った以上に交際は順調に進んでしまったんだよな。
嘘だって分かっていたのに、惹かれてしまった。
ちょっとした気まぐれでお揃いのキーホルダーをプレゼントすれば、愛おしいと言わんばかりにはにかむし、連絡だってまめにして、デートだって出不精な私をいろんな所に連れ出して――。
「あれ……」
気付けば涙が止まらなくなっていた。
「私……本当に好きだったんだな」
それから、多分彼女も同じ気持ちだったに違いない。学校という狭いコミュニティでは言えなかったのだろう。『本気になりました』なんて。
「ああ、今更だ。
今更だね……里々奈」
二人だけで話をしよう。
友人として語り合って、過去の私達を送り出してやろう。
――涙は止まらず、私は思い出せる限りの思い出と共に夜を明かすのだった。
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