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第8話「おじさんがいた場所、猫だけが知るコユカシ」

あの荒田さんという、コユカシセンサー完全圏外(むしろマイナス?)のおじさんに出会ってから数日。私のコユカシ集めは、若干スランプ気味だった。やっぱり、ああいう強烈に「かわいくない」存在を目の当たりにすると、こちらのセンサーも少し鈍るのかもしれない。


(気分転換に、少し静かな場所に行ってみようかな…)


ふと、私の頭に浮かんだのは、荒田さんがいつもタバコをふかしていた、あの公園の古びたベンチだった。別に荒田さんに会いたいわけじゃない。むしろ逆だ。でも、あの奥まった場所の、少し寂れた雰囲気だけが、なぜか記憶に残っていた。


導かれるように公園のその区画へ行ってみると、そこには思いがけない光景が広がっていた。

荒田さんがいつも陣取っていたあのベンチの周りに、数匹の野良猫たちが、まるで小さな集会でも開いているかのようにのんびりと寛いでいたのだ。日向ぼっこをする母猫のそばには、まだ生まれて間もないらしい子猫たちがじゃれ合っている。みんな毛並みがそれなりに整っていて、警戒心も薄いように見える。明らかに、誰かに可愛がられている猫たちの雰囲気だ。


ベンチの下をそっと覗き込むと、そこにはプラスチックの綺麗なお皿に新鮮な水と、ドライフードが少し入った紙皿が、雨に濡れないように丁寧に置かれていた。

(あれ…?誰かがお世話してるのかな…?)


私がそんなことを考えていると、公園の落ち葉を掃いていた作業着姿のおじいさんが、猫たちのいるベンチのそばへやって来た。おじいさんは猫たちに気づくと、にっこり笑いかけ、箒の手を少し休めて独り言のようにつぶやいた。

「おやおや、今日もみんな元気そうだねぇ。しかし…最近、あのちょっと怖い顔のおじさん、見かけないねぇ。いつも朝早くとか、人がいない時間にこっそり来て、良いカリカリあげてたのになぁ。どうしたのかねぇ…。猫たちも、なんだか寂しがってるように見えるよ」

そう言って、おじいさんは少し心配そうに首を傾げると、またゆっくりと落ち葉を掃き始めた。


「怖い顔したおじさん…?」

おじいさんの独り言は、確かに私にも聞こえた。まさか、とは思った。でも、私の頭の中には、あの険しい表情の荒田さんの顔がはっきりと浮かんでいた。


おじいさんが仕事に戻った後、私は改めて猫たちを見つめた。母猫の隣で、堂々とした態で座っている一匹のオス猫がいる。その猫の、片方の前足だけが、まるで白い靴下を履いているみたいに白かった。そして、よく見ると、左の耳の先がほんの少しだけ、小さく欠けている。


―――その瞬間、私の脳裏に、忘れることのできない光景が、鮮烈な痛みと共に蘇った。

雨の日。けたたましいブレーキ音。車のヘッドライト。そして、私が最後に抱きしめた、小さな、温かい感触。あの時、ずぶ濡れで震えていた子猫。そうだ、あの子猫も、片方の前足だけが白くて、そして、私が庇った時に、耳の先をほんの少しだけかすめてしまったんだ…!


(うそ…あの子…?私が助けた…あの子猫…!?)


目の前のオス猫が、ゆっくりと私の方を見た。気のせいかもしれないけれど、その瞳は、何かを訴えかけるように、まっすぐに私を見つめているように感じた。彼は、あの時の小さな子猫が成長した姿なんだ。そして、今では立派な父猫として、自分の家族をここに築いている。

そして、その命を繋いでくれたのは、あの「かわいくない」はずの荒田さんだったなんて…。


荒田さんがなぜここに来なくなったのかは分からない。あの咳…もしかしたら…。

でも、彼の不器用な優しさは、確かにここに残っていた。私が繋いだ小さな命を、彼はこっそりと守り育んでくれていたのだ。


父猫が、おもむろに立ち上がり、私の足元(霊体なので触れられないけれど)にそっとすり寄ってきた。そして、彼の全身から、これまで感じたことのないような、温かく、力強く、そしてどこまでも優しい、生命の輝きそのものみたいなコユカシが、ふわりと立ち上った。

それは、荒田さんへの深い感謝と信頼、家族を守る父親としての誇り、そして、かつて自分を救ってくれた誰か(私だとは気づいていないだろうけど)への、言葉にならない想いが込められているような、特別なコユカシだった。


『ピィィィン…! 尊いコユカシを抽出しました。これは…生命の連鎖の輝きです』

手帳が、まるで祝福するかのように、虹色の光を放っている。


(そうだったんだ…私のしたことは、無駄じゃなかったんだ…!)

胸の奥から、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

(そして、荒田さん…あなたも、ちゃんと「かわいいおじさん」だったんじゃないですか…)


手帳に記されたのは、子猫たちを見守る父猫の凛々しい姿と、その傍らに寄り添うように描かれた荒田さんのぼんやりとしたシルエット。「不愛想な猫使いと、命繋ぐ白い靴下」という文字。そして、小さな足跡のマークが、未来へと続く道のようにキラキラと並んでいた。


コユカシって、本当に不思議だ。人からだけじゃなく、こんなにも温かい形で、思いがけない場所からも生まれるなんて。

荒田さんの安否は気になるけれど、今はただ、この小さな命の奇跡と、彼の知られざる優しさに、心からの感謝を捧げたいと思った。

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