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第7話「“かわいくない”おじさん、その名は荒田」

コユカシ集めの旅は、順風満帆!…と、言いたいところだけど、世の中そんなに甘くないらしい。私のコユカシ手帳には、既に何人かのおじさんたちの愛すべき(?)生態が記録されているけれど、今日はどうにもこうにも「不作」の日だ。


(うーん、今日はコユカシの気配が薄いなぁ…おじさんたちはどこへ行ったのやら…)


そんなことを考えながら、駅前の雑踏をフワフワと漂っていた時だった。私の視界の隅に、明らかに異質なオーラを放つ人物が飛び込んできた。

そのおじさん――手帳によると荒田武さん――は、眉間に深いシワを刻み、口をへの字に結んで、まるで全世界を敵に回しているかのような険しい表情でタバコをふかしていた。服装もなんだかヨレヨレで、清潔感という言葉は彼の辞書には存在しないかのようだ。


(うわっ…なんか、ものすごく近寄りがたい雰囲気のおじさんだ…)


私のコユカシセンサーが、ピクリとも反応しない。それどころか、なんだかジリジリと不快な静電気みたいなものを感じるくらいだ。それでも、一応はコユカシハンターの端くれ。私はおそるおそる、手帳を荒田さんに向けてみた。

…シーン。

やっぱりだ。うんともすんとも言わない。手帳が「いや、この人はちょっと…」とでも言いたげに、心なしか冷たくなっている気さえする。


その日を境に、私はなぜか、この荒田さんというおじさんに頻繁に遭遇するようになった。

コンビニのレジで、店員さんの些細なミスに「チッ」と大きな舌打ちをしたり。

満員電車で、わざと肘を張ってスペースを確保し、周りの人に迷惑そうな顔をされたり。

公園のベンチでは、他の人が座ろうとすると、睨みつけるようにして追い払ったり。

おまけに、時折ゴホゴホと乾いた、なんだか聞いてるこっちまで苦しくなるような咳をしている。その咳払いすら、周囲への威嚇のように聞こえるのだから、もうどうしようもない。


何度か、懲りずに手帳を向けてはみたものの、結果はいつも同じ。手帳は貝のように口を閉ざしたままだ。それどころか、一度なんて、荒田さんが私(のいた辺り)をギロリと睨んだ瞬間、手帳がブルッと震えて、思わず落としそうになったくらいだ。霊体の私に気づくはずはないんだけど、あの眼光は魂に直接ダメージを与えてくるレベルかもしれない。


ついに私は、荒田さんからのコユカシ抽出を完全に諦めた。

(うん、世の中には、コユカシとは無縁のおじさんもいるんだ。そういう現実も受け入れなきゃね…)

自分にそう言い聞かせた。コユカシ集めも、楽じゃない。


ただ、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、彼のあの乾いた咳と、たまに見せる、どこか遠くを見つめるような虚ろな目が、私の心の隅に小さな棘のように引っかかっていた。まあ、別に深入りする気はないけれど。


荒田さんは、どうやらあの公園の、一番奥まった場所にある古びたベンチがお気に入りらしい。今日もまた、不機嫌そうにタバコの煙を吐き出しながら、誰にも邪魔されずに一人、時間が止まったかのように座っている。


今日のコユカシ収穫は、ゼロ。

まあ、そんな日もあるか。私は肩をすくめ、次なる「かわいいかもしれないおじさん」を探して、その場を後にした。荒田さんの咳の音が、なぜか少しだけ耳に残っていたけれど、きっと気のせいだ。

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