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第3話「韓流マッシュと昭和の夢」

コユカシ集めにも少しだけ慣れてきた今日この頃。私の「おじさんレーダー」は、今日も元気に稼働中だ。そんな時、カフェのテラス席で何やらスマホの画面を真剣な眼差しで見つめているおじさんを発見した。坂本さん、と手帳に表示されたその人は、くたびれたスーツ姿とは裏腹に、瞳だけがやけにキラキラしている。何をそんなに熱心に…?


そーっと背後から覗き込んでみると、画面に映っていたのは、今をときめく韓流アイドルの数々。サラサラのマッシュヘアに、透明感あふれる美肌。うーん、確かにかっこいい。でも、坂本さんとは…その、だいぶジャンルが違うような…。

「パパ、それにするの?本当に?」

隣に座っていた女子高生らしき娘さんが、少し呆れたような、でもどこか面白がっているような声で言った。

「おう!今の若い子の間じゃ、これが最先端なんだろ?パパもちょっとイメチェンしてみようと思ってな!」

坂本さんは、胸を張って宣言した。娘さんは「まあ、いいけど…」と肩をすくめている。


(イメチェン…韓流アイドルに…?このおじさんが…?これは、コユカシの予感がする!)

私の手帳が、期待にほんのり温かくなった。


数日後、私は美容室の前で坂本さんを再び発見した。どうやら有言実行、本当に韓流ヘアに挑戦するらしい。ガラス越しに中の様子を窺う。緊張した面持ちで席に座った坂本さんは、スマホの画面を美容師さんに見せ、「こ、これでお願いします!」と少し上ずった声でオーダーしている。美容師さんは一瞬「えっ」という顔をしたが、すぐにプロの笑顔に戻り、「かしこまりましたー。お似合いになりますよー」と、心なしか声のトーンがいつもより高めだ。


(美容師さん、困ってる…絶対困ってる…!)


カットが始まり、坂本さんは期待と不安が入り混じった顔で鏡を見つめている。時折、美容師さんと何か話しているけれど、その会話は私には聞こえない。ただ、美容師さんが何度か「うーん、髪質的にですね…」「長さが少し…」と、やんわりと何かを説明しているような雰囲気だけは伝わってきた。


そして、約一時間後。

ついに、坂本さんのニューヘアスタイルが完成した。

鏡の前に座る坂本さんは、数秒間、固まっていた。私も、外から見ていて固まった。


…うん、確かに髪は短く、前髪もおろされ、なんとなく「マッシュ」と言えなくもないシルエットにはなっている。なっている、のだが。

なぜだろう。韓流アイドルというよりは、昭和のフォークソングを歌うシンガーか、あるいは熱血学園ドラマに出てくる新任教師のような、なんとも言えない懐かしさが漂っているのだ。サイドの刈り上げが妙にきっちりしていて、トップのふんわり感も、どこか牧歌的。


坂本さんは、何度か首を傾げた後、「…おお、さっぱりしたな!うん、いい感じだ!」と、自分に言い聞かせるように言って、少しぎこちない笑顔で美容師さんにお礼を言っていた。


その日の夕方。私は坂本さんの自宅らしきマンションの前で、再び彼に遭遇した。どうやら娘さんにニューヘアをお披露目するらしい。彼はマンションの入り口で一度立ち止まり、自分の髪を何度も手で触って、深呼吸を一つした。なんだか、これから大事なプレゼンにでも臨むような緊張感が漂っている。

「……ただいま」

いつもより少し小さな声で玄関を開け、リビングに入っていく坂本さん。遅れて聞こえてきたのは、娘さんのあっけらかんとした声。

「あ、お父さんおかえりー。……ん? え、誰? お父さん、どうしたのその頭。なんか…あれみたいじゃん、昔のドラマの…財津一郎?いや、違うか…とにかく、昭和感がすごいんだけど(笑)」

だった。

リビングから聞こえてくる坂本さんの、少し引きつったような声。

「うっ…やっぱり昭和か…。まあ、さっぱりしたということで、あはは…。」

そして、娘さんの遠慮のないケラケラという、明るい笑い声が追い打ちをかけるように響いた。


(あーあ…やっぱり…)

がっくりと肩を落として家から出てきた坂本さんを見て、私の手の中の手帳は反応しなかった。うん、これはコユカシじゃない。ただの、ちょっと悲しい現実だ。


とぼとぼと歩く坂本さんの後を、私はなんとなくついていった。彼が向かったのは、駅前の路地裏にある、昔ながらの小さな喫茶店だった。カランコロン、とドアベルを鳴らして入っていく。私もそっと後を追う。

カウンター席に座った坂本さんに、白髪の優しそうなママさんがコーヒーを出しながら言った。

「あら、光男さん。髪、切ったのね。なんだかスッキリして、若返ったじゃない」

「…そうですかね?」坂本さんは力なく笑う。

「ええ。なんだか、昔みたいだよ。若い頃、あんたが仲間とバンド組んで、この店でよくライブしてた頃の髪型にそっくり。あの頃も、そんなふうに髪を短くしてさ、楽しそうにギター弾いてたじゃない。一生懸命で、キラキラしててさ」

ママさんの言葉に、坂本さんはハッとしたように顔を上げた。そして、コーヒーカップを見つめながら、本当に久しぶりに思い出したかのように、ふっと柔らかく微笑んだ。その顔は、さっきまでのしょんぼり感が嘘のように、少しだけ晴れやかだった。


(そうか…このおじさん、ただ流行に乗りたかっただけじゃなくて…心のどこかで、あの頃の自分にもう一度会いたかったのかもしれない)


見た目は韓流じゃなくて昭和だったけど、彼の心の中に眠っていた「夢のかけら」みたいなものが、ママさんの言葉でふわりと顔を出した。それは、決して古臭くなんかない、温かくて、少しだけ切ない、でも確かな輝き。


その瞬間、私の手の中の手帳が、優しく、そして力強く光を放った。

『ピコン♪ コユカシを抽出しました』

手帳には、少し照れたように笑う坂本さんの似顔絵と、「昭和ドリームアゲイン」という文字、そしてギターの形をした星のマークが、温かい光と共に記録されていた。


流行りの髪型にはなれなかったかもしれないけど。

でも、おじさんの心の中の小さな夢は、きっと誰にも笑えない、素敵なコユカシなんだ。私はそう思った。

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