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第2話「スタンプは誠意を込めて」

コユカシ探しの旅、二日目。相変わらず私の体はふわふわしていて、コユカシ案内人は「その調子でじゃんじゃん集めちゃいましょう!」と無責任にキラキラしている。初日に駅前で遭遇した「ポケット散乱おじさん(仮)」から微量のコユカシをゲットして以来、私はどうやら「おじさん」という存在にアンテナが向いてしまう体質(霊質?)になったらしい。


今日も今日とて、街をさまよいながら「コユカシおじさん、いないかなー」と人間観察(おじさん限定)に勤しんでいると、ふと、あるファミリーレストランの窓際の席で、スマホとにらめっこしているおじさんに目が留まった。年の頃は五十代半ばくらいだろうか。きっちり七三分けにされた髪、真面目そうな縁なしメガネ。いかにも堅物そうなおじさんだ。手元のスマホには、どうやら家族LINEらしき画面が表示されている。霊体の特権とばかりに、そーっと画面を覗き込んでみた。


娘さんらしきアカウントから「お父さん、今日の夕飯カレーだけどいる?」というメッセージ。うんうん、具体的なメニューまで伝える、よくある家族の会話だ。

すると、お父さん――高峰さんと表示されている――が、おもむろに返信を打ち始めた。

『了解です。』

…え、それだけ? カレーでいいのかとか、そういうのはなくて? いるの?いらないの?

すかさず娘さんから「いやだから、いるの?いらないの?どっちなの!?」とツッコミが入っている。そりゃそうだ。

高峰さんは少し困ったような顔で、また返信する。

『いります。』

娘さんのアイコンが、なんだかぐったりと疲れたようなキャラクターに変わったのが見えた。やっと通じた、という安堵と脱力感が伝わってくる。カレーに対するコメントは結局ないんだな…。


(このおじさん、もしかして…コユカシの気配…?)

私の手の中の手帳が、ほんのり温かくなってきた。これは期待できるかもしれない。


さらに観察を続けると、高峰さんのLINEは驚きの連続だった。

奥様らしき人からの「牛乳買ってきて。あと特売の卵も」というメッセージには、

(高峰さんは何も言葉を返さず、ただ一つスタンプを送った。)

添付されたスタンプが…なぜか、リアルタッチで妙にヌメッとしたカエルが、物陰からこちらをジーっと見つめているイラスト。しかも「御意」という筆文字入り。

奥様の返信は「…普通の返事でいいんだけど。あとそのカエル怖い。」だった。ごもっとも。


極めつけは、大学生の息子さんらしきアカウントからの「サークルの飲み会で遅くなる」という連絡。

高峰さんはしばし考え込み、自信満々に送信したスタンプが…目が据わっていて毛が若干薄い、哲学的な顔つきの鳥が、なぜか腕組みしながら「青春とは、時にほろ苦いものである…」と呟いている、絶妙に気持ち悪い代物。息子さんの既読スルーっぷりが目に浮かぶようだった。


(このおじさん、スタンプのチョイスが壊滅的…! でも、本人は至って真面目な顔してる…そこがまた…)

高峰さんは、自分が送ったスタンプを満足げに眺めては、一人ふむふむと頷いている。コメント欄は家族からの「なぜそのスタンプ」「怖い」「意味不明」といった言葉で溢れているのに、全く気づいていない様子。むしろ、「これが今の若者の間で流行していると聞いたのだが…」なんて独り言まで聞こえてくる始末。


その夜、私はなんとなく高峰さんのことが気になって、彼の自宅らしきマンションの一室を、これまた霊体の特権でそーっと覗いてみた。リビングのソファで、高峰さんはまたスマホと格闘していた。どうやら新しいスタンプを探しているらしい。画面には「スタンプソムリエ厳選!激レアおもしろスタンプ特集!」なんていう怪しげなサイトが表示されている。


(うわぁ、また変なのダウンロードしそう…)


しばらくすると、高峰さんはスタンプ探しを中断し、過去のトーク履歴を遡り始めた。娘さんがまだ小さかった頃の、たどたどしい「おとうさん だいすき」というメッセージ。奥様との、何気ない日常のやり取り。そして、その一つ一つに添えられた、やっぱり今見ても「なぜこれを選んだ…」と首を傾げたくなるような、でも彼なりに一生懸命選んだであろうスタンプの数々。

犬がしょんぼりしているスタンプで必死に謝っていたり、満面の笑みの太陽のスタンプで喜びを表現していたり…。デザインのシュールさとは裏腹に、そこには不器用だけど確かな愛情が詰まっているように見えた。

高峰さんはその履歴を眺めながら、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、口元を緩ませた。


その瞬間、私の手の中の手帳が、ひときわ強く、温かい光を放った。

『ピコン♪ コユカシを抽出しました』

手帳を開くと、高峰さんの真面目な顔の似顔絵と、「スタンプ求道者(家族限定)」という文字、そしてキラキラした星のマークがくっきりと浮かび上がっている。


(そっか…このおじさん、スタンプのセンスはともかく…「伝えたい」って気持ちだけは、ものすごく真剣なんだ)


言葉足らずな分を、一生懸命スタンプで補おうとしているのかもしれない。それが家族に全く伝わっていない(むしろ混乱を招いている)としても、彼の「届け!」という想いは、紛れもなく本物だ。

そして、その不器用なまでの真摯さこそが、彼の「コユカシ」なんだろう。


私は、なんだかちょっとだけ温かい気持ちになって、高峰さんの家を後にした。

願わくば、彼が次にダウンロードするスタンプが、もう少しだけ家族に優しいものでありますように、と祈りながら。

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