第11話「見過ごした宝物、コユカシが繋ぐ心」
お父さんへの想いで胸がいっぱいになり、どうしようもない無力感に打ちひしがれていた私。その時、手の中のコユカシ手帳が、集めたコユカシたちのページをひとりでにめくりながら、優しい光を放ち始めた。まるで、私を慰め、何かを伝えようとしているかのように。
「葵様、コユカシとは、時に鏡のように、ご自身の心をも照らし出すものにございます」
いつの間にか隣にいたコユカシ案内人が、静かに言った。その声は、いつもの軽薄さが嘘のように、穏やかで深みがあった。
「集められたコユカシの輝きは、持ち主の魂と共鳴し、新たな気づきを促すのです」
私は、吸い寄せられるように手帳のページを覗き込んだ。
最初のページには、「ポケット散乱おじさん(仮)」。あの慌てふためきながらも必死に物を拾い集めていた姿。なんだかちょっと滑稽で、でも生活感が滲み出ていた。
次のページは、高峰さん。「スタンプ求道者(家族限定)」。家族を困惑させる謎センスのスタンプを連発していたけど、その裏には「伝えたい」という真剣で不器用な愛情があった。
坂本さん、「昭和ドリームアゲイン」。韓流マッシュにはなれなかったけど、心の中には若い頃の夢のかけらがキラキラと輝いていた。
押野さん、「満員御礼!みんなの肩代わり地蔵」。お人よしで板挟み、満員電車ではサンドイッチ状態だったけど、娘さんからの手紙が彼の心を温めていた。
奥田さん、「三十年目のコーヒーブレイク(ケーキはちょっぴりヘビー)」。奥さんへのサプライズは空振りしたけど、三十年変わらない愛情はちゃんと伝わっていた。
鐘山さん、「着信音はフルボリュームで愛を叫ぶ(本人は不本意)」。亡き奥様への想いを、おっちょこちょいな行動の中で大切に抱きしめていた。
そして、荒田さん。「不愛想な猫使いと、命繋ぐ白い靴下」。あんなに「かわいくない」と思っていたのに、人知れず猫たちに優しさを注いでいた。
一人一人のおじさんの顔と、彼らから抽出されたコユカシの輝きを見つめているうちに、不思議な感覚が私を包んだ。
彼らの不器用さ、おっちょこちょいさ、ズレているところ、でもその奥にある優しさ、真剣さ、誰かを想う気持ち…。
それらが、まるで万華鏡の模様のように、私の頭の中でゆっくりと形を変え、そして、たった一人の人物の姿に重なっていった。
―――お父さんだ。
お父さんも、不器用だった。私が小さい頃、運動会のお弁当に、なぜか巨大なおにぎり一個とタコさんウィンナーだけを持たせて、周りのお母さんたちに苦笑いされたっけ。あれは、お父さんなりに「力がつくように」って考えてくれたんだろうな。
お父さんも、ズレてた。私が中学生の時、当時流行っていた可愛いキャラクターの便箋セットを頼んだのに、なぜか渋い和紙の便箋と筆ペンを買ってきて、「これで友達に手紙を書け。風情があっていいぞ」なんて真顔で言っていた。本気でそれが良いと思ってたんだろうな。
お父さんも、言葉足らずだった。私が大学に合格した時、「そうか」と一言言っただけで、あとは黙って新聞を読んでいた。でも、その夜、私が寝た後で、一人でお祝いの缶ビールを開けていたのを、私は知っている。
門限に厳しかったのも、男の子との交際に口うるさかったのも、私が夜更かしするのを心配して怒ったのも、全部、私のことを大切に思ってくれていたからなんだ。
私が気づかなかっただけで、お父さんはお父さんなりに、たくさんの愛情を、たくさんの「コユカシ」を、私に注いでくれていた。
それは、私がこれまで出会ってきたおじさんたちが放っていた、あの温かくて、ちょっぴり切なくて、でもどうしようもなく愛おしい輝きと、何も変わらないものだった。
(お父さんも…私が今まで出会ってきたおじさんたちみたいに、不器用で、頑固で、ちょっとズレてて…でも、世界で一番、私を愛してくれた「おじさん」だったんだ…)
そう気づいた瞬間、胸の奥にあった鉛のような重たい塊が、すーっと溶けていくのを感じた。後悔の念が消えたわけじゃない。お父さんに会いたい気持ちも変わらない。
でも、それ以上に、温かくて大きな感謝の気持ちが、私の魂を優しく満たしていった。
「お父さん…」
私は、誰もいない空に向かって、そっと呟いた。
「私、大丈夫だよ。ちゃんと、あなたの愛情、受け取っていたよ。今まで気づかなくてごめんね。そして…本当に、ありがとう」
声にはならなかったけれど、その想いは、きっとどこかでお父さんに届いているような気がした。
コユカシ手帳が、私のその想いに応えるように、これまでで一番穏やかで、力強い光を放っている。まるで、「その気持ちが、最後のコユカシに繋がるんですよ」と教えてくれているかのように。
私は、深呼吸をした(霊体だけど、そんな気分だった)。
最後のコユカシ。お父さんのコユカシ。
それを受け取る覚悟が、ようやくできた気がする。
そして、それが私のこの不思議な旅の終わりになるのだとしても、もう怖くはなかった。