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第1話「この世は思ったより、かわいくない」

気がついたら、私、なんだか体がふわふわしていた。足がちゃんと地面についているのかも怪しいし、目の前には妙にキラキラした光の玉みたいなのが浮いている。新手のドッキリか、それとも寝ぼけて壮大な夢でも見てるんだろうか。


「お目覚めですか、葵様」

その光の玉――自称「コユカシ案内人」――は、やけに芝居がかった、それでいてどこか胡散臭い声で言った。

「あなた様にはこれから、『コユカシ』を集めていただくことになりました!」

「は、はぁ…こゆかし、ですか…? それって、美味しいんですか?」

私の素っ頓狂な問いに、案内人は「まあ!なんとピュアな!コユカシとは、この世にきらめく愛おしくもちょっぴり切なく、時にシュールなエナジーのことでございます!」と、一人でテンション高く説明を始めた。正直、何を言っているのかさっぱりだったけど、どうやら私は何かとんでもない役割を押し付けられたらしい。というか、そもそも私、なんでこんなところに…?最後に何をしていたかさえ、霞がかかったみたいに思い出せない。


案内人は有無を言わさず、私の手に古びた革表紙の手帳を押し付けた。

「こちらが『コユカシ抽出器』にございます。さあ、この世界の隠れたコユカシを、じゃんじゃん集めちゃってくださいませ!」

「じゃんじゃんって…」

まるで通販番組みたいなノリだけど、この手帳が反応しないことには始まらないらしい。まあ、なんだかよく分からないけど、やるしかないか。いつもの私なら「ええーっ」てパニックになるところだけど、ここまで現実離れしてると、逆に一周回って冷静になるものだ。


ともかく、私は半信半疑のまま、その「コユカシ」とやらを探し始めた。手始めは、やっぱり「かわいい」の王道でしょう。公園で見かけた、ころころとじゃれ合う子犬の集団。うん、文句なしにかわいい。手帳をそっとかざしてみる。…シーン。あれ?


じゃあ、次はこれだ。駅前のカフェのショーウィンドウに並ぶ、イチゴがてんこ盛りの新作パフェ。きらきらしてて、絶対かわいい。手帳、オン! …やっぱり、シーン。うんともすんとも言わない。


「ねえ、案内人さん。この手帳、本当に正規品ですか?もしかして、初期不良とか…」

「いえいえ、最新鋭にして最高品質のコユカシ抽出器にございます!コユカシとは、そうやすやすと見つかるものでは…」

「だって、あんなにかわいいのに!」

その後も、人気のキャラクターグッズ専門店を巡り、道行く人のオシャレなファッションに手帳をかざし、果てはSNSで「いいね!」がたくさんついている風景写真にまで(どうやってかざしたのかは自分でも謎だけど)試してみたけれど、私の「コユカシ抽出器」はただの古ぼけた手帳のままだった。


(この世は思ったより、かわいくない…っていうか、コユカシの基準、厳しすぎない?)


半ばヤケになって、人通りの多い駅前広場のベンチに(体がふわふわしているので、座っているフリだけど)へたり込んだ。もう何でもいいや、と思った時だった。


目の前で、くたびれたスーツを着たおじさんが、派手な音を立てて何かをぶちまけた。

「うわあっ!しまった!」

おじさんの大きな独り言と共に、ポケットから転がり出たのは、鍵束、小銭、くちゃくちゃのレシート数枚、コンビニのポイントカード、それから…なぜか輪ゴム数本と、個包装の黒飴が三つ。おじさんは顔を真っ赤にして、白髪交じりの頭をかきながら、白昼の路上で四つん這いにならんばかりの勢いでそれらを拾い集めている。その姿は、なんというか…ちょっと情けなくて、でも必死で、見てはいけないものを見てしまったような気まずさもある。


(うわぁ…大変そう…)


同情、というよりは、ほんの少しの呆れと、ほんの少しの…何だろう、この気持ち。思わず、私はそのおじさんに手帳を向けていた。本当に、無意識だった。


すると。

手帳が、淡く、ほんのりと温かい光を放ったのだ。

『ピコン♪ コユカシを少量抽出しました』

脳内に直接響くような、でも優しい音がした。


「えっ!?」


慌てて手帳を開くと、最初のページに、さっきのおじさんの情けないけど憎めない似顔絵と、「ポケット散乱おじさん(仮)」という文字、そして小さな星屑みたいなマークが一つ、ちょこんと記録されている。


(うそ…このおじさんから?コユカシが?輪ゴムと黒飴から?)


まだ頭の中は「?」でいっぱいだけど、一つだけ、確かな予感がした。

私がこれまで思っていた「かわいい」と、集めるべき「コユカシ」は、どうやら全くの別物らしい。


そして、もしかしたら。

もしかしたら、おじさんって…かわいい、のかもしれない。


こうして、私のなんだかよく分からないけど、たぶん少しだけ切なくて、きっとたくさんのおじさんに出会うことになるコユカシ探しの旅は、駅前の喧騒の中で、予期せぬ形で幕を開けたのだった。

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