魔女を追いかけて
薄気味の森。
アーノ姫現在追跡中。
空を飛ぶでもなく馬車に乗るでもなくただ歩いている魔女。
健康的な魔女さんだこと。
魔法のステッキを杖代わりにテクテク歩いている。
廃屋を出て十分。一キロが経ったところ。
後ろを振り返る素振りも見せずに前へ。
一体どこに向かってるのでしょう?
魔女なのに飛ばない。
お守ついでに商売する悪徳魔女。
まさかあの腐った毒リンゴを売りつける気?
もしそれを誰かが食せば大変なことになる。
はあはあ
はあはあ
動悸が激しい。これは焦りから来るものではなくただの疲れから。
姫ですからね。歩くなんてしない。もっぱら移動は馬車で。
馬車が利用できないとこは初めから行かないか行っても必要最低限しか歩かない。
ハイキング? ご冗談でしょう?
姫様なのですよ? 歩くはずがありません。
それなのに…… それなのに魔女を追いかけてもう歩けない。
歩き疲れたなもう。この魔女は一体いつまで歩くつもりよ?
タフ過ぎる魔女に嫌気が差す。
奥深い森なので人が近寄ることはない。ただその分動物と遭遇する確率が上がる。
魔女の後を歩いてるので仮に遭遇しても魔女が先だから弱っている場合が多い。
ボクはとどめの一撃を食らわしてごきげんようをするまで。
ただもっと夜が更けたら大型の肉食獣が姿を現すでしょうね。
今のところ小動物のみ。ウサギとリスとネズミぐらいしか見かけない。
それらの小動物は臆病だから向かって来ることはまずない。
それにネズミ以外はかわいいので癒しになる。
突然ざわざわと木々が揺らぎ始めた。
そうするとどこからともなく生温い風が。
上を見上げれば鳥が翼を広げ忙しなく飛び回っている。
これは嫌な感じ。何かが起きそうな予感。
急にどうしようもない淋しさに襲われる。でも大丈夫…… 前には魔女がいる。
最悪何かあったら叫んで助けてもらえばいい。
後をつけた言い訳は適当に考える。
寂しくて心配になったからつい後をつけたと言えばきっと分かってくれるはず。
何と言ってもボクは姫様ですからね。
遠くの方で雄たけびが。野犬の群れかオオカミが騒いでる?
とは言え臭いを嗅ぎつけてまでは来ない。
うわ…… 目の前でクマが魔女に向かって牙を剥く。
お構いなしに魔法のステッキで宙に浮かせるとそのまま真っ逆さま。
何ごともなかったかのように歩き出す。
クマが再び態勢を整えるとなぜかボクの方へ。
急いで木の棒を振り上げる真似をするとクマは反射的に逃げていった。
こうして快適とは言い難い旅が続く。
もう足も限界と言う時にかわいらしい一軒の家が見えた。
とてもとても毒リンゴには似合わなそうな世界観。
ドアをノックすると魔女は中へ。
聞きそびれてはいけないと裏に回ることに。
全開の窓から話し声が漏れ聞こえる。
「これお届けものです」
「あらうれしい。誰からですか? 」
どうやら相手はボクと同じぐらいのかわいらしい少女。
こんな子におかしなものを売りつけるなんてどうかしてる。
ざわざわ
ざわざわ
盗み聞きしてる横で変な物体が。
「もう何? 」
ぎゃああ!
つい叫び声をあげてしまう。
このままではまずいのでどうにかごまかす。
ギャア! ギャア!
「あらカラス? 」
「そうみたいだね。ははは…… 」
危ない危ない。気づかれずに済んだ。
うるさいと思ったら小さなお爺さんの集団に囲まれていた。つい声まで。
見た目はかわいらしいのですがムスっとした態度。
怪しい者を追い払おうとしてるのか笑顔はまるで見られない。
お話に出てくるように楽しく笑顔で歌ったり踊ったりするホビットとは違う。
きゃあ!
また叫びそうになったがどうにか堪えた。
どうやら二人には気づかれてない様子。
ふう…… まったく何て危険なんでしょう?
「ちょっとあなたたちは何? 」
小声で尋ねる。ただ盗み聞きをしたまま集中は切らさない。
ああ一体何を考えてるのでしょう? 姫がこんなことしていていいのでしょうか?
当然ダメでしょう。そもそも下品過ぎて姫に相応しくない。
情けないし恥ずかしいのですが見つかったらどうしようが先に来る。
「我々ものぞきたいのじゃ。ただの小人じゃがな」
自己紹介ついでにとんでもないことを言いだす。そんな破廉恥なことできますか?
ボクは盗み聞くのであってのぞき見などあってはならないこと。
お爺さんみたいな小人につきまとわれて可哀想な少女。
お隣に住む変態小人だけでなく毒リンゴ魔女にまで狙われる現状。
代われるなら代わってあげたいくらい。もちろん本気ではありませんが。
一人や二人じゃない。七人近くいる。
「あなたたちやめなさいって! 嫌がってるでしょう? 」
「お嬢さんや。人のこと言えるのかい? 」
覗きのお爺さん小人に説得される。
幼い頃に読み聞かされた小さなおじさん…… こんなとこで対面できるんなんて。
嬉しいような嬉しくないような。うーん今は全然嬉しくない。
何と言ってもこちらは取り込み中だから。邪魔をされてはたまらない。
魔女の声は大きいので聞こえる。でも肝心の女の子の声が聞き取りづらい。
おしとやかで上品だから余計に。
「ふむふむ。うんうん」
どうやら小さなお爺さんは理解してるらしい。
当てにはできないですが一応は聞いてみる。
「ああ腐ったリンゴをどうやら健康にいいと嘘を言って勧めてるらしい」
とんでもない魔女。こんな悪どいことをしていたなんて信じられない。
「だったら急いで止めないと! あれは毒リンゴ! 」
「大丈夫。もう魔女は帰るみたいだよ」
小さなお爺さんは冷静だ。
「これで失礼するよ」
魔女がステッキをついて帰っていく。
さあここからが本番。急ぐとしましょうか。
続く
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(注)今月(五月)から一日一回に。
たまに二回以上の時も。




