鏡の中の魔王様
朝風呂。
「入ります! 」
メイドたちが後ろに。振り向けばすべて拝める。
しかももう振り向かなくても自然と目に入るポジション。
どうしよう? 胸がドキドキしてきた。
緊張なのか手が汗ばみ足が震えて仕方がない。
さあ夢の世界へ。
夢とは不思議なもので夢だと認識した途端に目が覚める。
でもここって異世界のはずなんだけどな。
始まりの地。
「入ります。ちょっと何やってるのよあなた? 」
布団の上で腹筋してたら眠ってしまったらしい。
「誰だお前? せっかく人が気持ちよく…… 」
まずい…… 寝るなと言われてたんだった。バレたら大ごとに。
「まさかあなた寝てたんじゃないでしょうね? 」
気の強そうな女が睨みつける。羽が生えてるところを見ると人間ではなさそうだ。
よく見ればかわいいのに憎たらしい顔で俺を追及する。
疑われてるのは間違いない。布団で横になっていたからな当然と言えば当然か。
ここはどうにか否定しないとまずい。女神様に報告されたら厄介だ。
「冗談じゃない! ストイックな俺を何だと思ってやがる? 」
「はあ? 寝てなかったら何だって言うのよ? 」
「その…… 一人で興奮してつい…… 」
「はあもっとまずいことしてるんじゃないわよ! 」
「いや誤解するな。ただ筋トレをしてただけだ」
下手な言い訳でおかしな誤解される前に訂正する。
でも本当のことを言って信じてくれるかな?
実際のところ筋トレしてただけでその結果寝てしまった訳で……
「布団の上でね。へえそれはそれは」
まったく信じてない物言い。第一印象が最悪になってしまう。
これはどうにかごまかさなければ。
「腰が痛いから布団の上で筋トレしてたんだ。悪いか? 」
「はいはい。そう言うことにしておきます。それで女神様は? 」
「忙しいらしいぞ。走って行っちまった」
「そう。どっかの間抜けがマンホールから落ち逝ったと言うから駆け付けたのに。
どうやら女神様のエイプリルフールだったみたい。人騒がせな女神様。
それであなたも悲劇的な最期を迎えたの? 」
「いやその…… 」
「まあいいわ。記憶がないものよね。
ここに来る者は記憶を失ってるかあいまいな記憶しかないの。
ではここで大人しく待っててね。女神様を呼んでくるから」
そう言うと出て行ってしまった。
セーフ!
どうやらやり過ごしたらしい。言いつけを守らず寝たなんて思われたら格好悪い。
それに女神様の癒しを得られないとまずいしな。
とにかく今は眠らずに大人しくしていなくては。
これ以上の混乱も悪ふざけもなしだ。俺の今後が懸かってるのだから。
さあ大人しく待っているとしよう。
ううう……
でもダメだ。睡眠不足で体力が弱っている。
睡眠の重要性に気付いていながら疎かにしてきた。
このままでは体が持たない。
ここはちょっとだけ横になろう。
言いつけは寝るなだったよな。横になるのはギリギリセーフのはず。
仮に見つかっても何とかなるさ。
枕を裏返して足を曲げて横になる。
こうすれば眠ることはない。
俺って頭いいだろう? 受験勉強の時に使った手だな。
ぐうう
ほらイビキだってかけるんだから。
うん。あれここはどこだ?
女神様の言いつけを守らずに三度目の夢を見る。
「どうなさいましたか魔王様? 」
「ボク…… あれ」
「僕でございますか? おかしな魔王様ですね」
明らかにいつもと違うと動揺する。恐らく忠実なしもべの一人だろう。
ボグー
「ああ何だ雄たけびを上げたのですね」
「何か用か? 」
「はい。そろそろ支度が整いましたのでお呼びに参りました」
ボグ―!
「済まん。つい眠くてな。それで何の準備ができたと? 」
欠伸をしたつもりが雄たけびを上げる形に。
ついいつもの癖で謝りたくなってしまう。
「お忘れですか? 魔王様が人間の女がいいと言うものですから無理して…… 」
ここはどうやら魔王様の隠れ家らしい。
薄暗くて気味の悪いところ。慣れるにはしばらくかかりそう。
この世界では魔王様はどのような存在なのかよく分からない。
ただ一般的には忌み嫌われる存在。
取り敢えず眠いので顔を洗う。
こうすれば少しは眠気もとれるだろう。
ぎゃああ!
つい鏡で己の醜くて恐ろしい顔を見てしまう。
魔王様だって言ってるんだから当然それにふさわしい風貌に決まってる。
それなのに油断して声を上げてしまう。
「どうされました魔王様? 」
慌てて飛び出してきた家来。
心配する様子を見ると魔王様は家来たちから慕われているようだ。
あるいは恐怖で支配しているのかもしれない。
「案ずるな者ども! ただの発生練習である。最近喉の調子がよくなくてな」
「まあまあ。でしたら若さを取り入れるとよろしいかと」
それではと手を叩く。
続く