クマル飛行
魔王様が呑気に散歩してる頃アーノ姫はと言うと……
空を飛んでいた。
あれ…… いつの間にこんなところに?
お付きの者も魔女のお婆さんもいない絶体絶命の状況。
もう誰も守ってくれない。
この扱い…… ボクはそれなりの国の姫なんだけどな。
仕方ないか…… 今一人で立ち向かうしかない。
相手はクマルだし何とかなるでしょう。
「ちょっと放しなさいよ! バカじゃない? 」
クマルに捕まり抵抗虚しく大空へ。絶体絶命の大ピンチ。
動けば落とされる可能性だってある。
「ねえ! さっきからあんた聞いてるの? 」
もう上品な姫様など演じてられない。
ここは思い切ってクマルと話し合いに臨む。
「あぶねえぞお前! 騒ぐな馬鹿野郎! 」
上空五百メートル付近を飛行中。
何だか肌寒い。どんどん冷えて行く気がする。これでは風邪を引く。
背中に乗せなさいよね。なぜ両腕で抱えてる訳? バランスが悪いでしょう?
ボクは魔王様お気に入りのアーノ姫なのよ。もう我慢できない。
「ちょっとクマル何をするの? 」
「ああん? 何でこの俺様の名前を知ってやがる? 」
訝しがるクマル。その頭では考えるのにも限界が。
「あんたね。勝手な行動していいと思ってるの? 」
遠慮なくクマルを責め立てる。
「それ以上余計なことをしゃべるんじゃねえ! 」
癇に障ったのかクマルは機嫌がすこぶる悪い。
人の忠告が聞けないんだから。本当困ったモンスターさん。
「こんなことして魔王様がお喜びになると思うの? 」
「うるさい! 落とすぞコラ! 」
脅すクマル。本気ではないだろうがいつでもやれるところを見せている。
そうだった。ボクの生殺与奪権はクマルが握っていたんだった。
しかも今のボクでは対抗する手立てがない。
残念だけどここは大人しく従うしかない。
そんなこと分かり切ってるんだけどクマルならもしかしたらと変な期待がある。
「話があるの。一度降ろしてくれない? 」
「へへへ…… そんなこと言って逃げる気だろ? まあいいか」
そう言ってクマルは断崖絶壁の狭い場所に降ろす。
これでは翼のない人間は逃げれないとない知恵を働かせる。
でもそれで構わない。ボクは話がしたかっただけ。
「魔王様の命令よ。連れ帰らずに人の来ないところで監禁せよですって」
とにかく一番は姫と魔王を会わせないこと。
その危機を回避するためには姫であるこのボクが何とかしなければならない。
「まさか…… 信じられねえな」
迷い始めるクマル。そうこれでいい。魔王様の命令は絶対のはず。
「本当よ。これは追加命令なの。あなたが知らないのも無理ない」
「適当なことを抜かすな! 」
さすがはモンスターだけあって迫力はある。
でも事実は事実。ボクが魔王様でもある以上これは魔王様の言葉。
決して疑ってはいけない。どんなことがあっても魔王様を疑ってはいけない。
「ほら抑えて。今から順番に話してくからどこかまともな場所に移動しましょう」
最初は訝しがったクマルも次第に信じるようになっていった。
「魔王様のお怒りに触れたらあなたお終いじゃないの?
あなたはきっと処分されてライバルのカンペ―キに取られてしまう」
こうやって具体的に知り得たことを織り交ぜれば素直に聞いてくれるはず。
それでも無理な場合は一喝するしかない。
これで仮にクマルに違和感が生じても誰も相手しないでしょう。
「ほら言われたとおりにしなさい! 」
「よし。こっちだ」
ちょうど手頃の空き家があったと大喜びのクマル。
まさかこの姫をこんな薄汚い廃屋に閉じ込める気?
まあいいか。これくらい我慢して見せる。
こうしてどうにか絶体絶命の危機を乗り切る。
宮殿では。
「何だよ元気ないな」
結局明日以降の姫捜索もモンスター退治も立ち消え。
我が部隊は無駄な戦闘も犠牲もなく温存することに。
窓の外を何度も見てため息を吐くボクを気に掛ける仲間。
「明日も雨かと思うと何だか嫌になってな」
心にもないことを。ボクって本当に大嘘つきだな。
内心では姫と魔王が遭遇してしまうのではないかと気が気がじゃない。
もう自分の手には負えない領域にある。
「大丈夫だって。明日の朝にはきっと止むさ」
何の根拠もない戯言だけど信じてみることに。
とりあえずこの天気だけでも回復してくれないかな。
一度は雲間から太陽が見えたのにすぐに隠れてしまった。
夜になっても降ったり止んだりのすっきりしない天気。
「隊長! 」
もう寝ようかと言うところで呼ばれてしまう。
隊長として放置もできないので相手する。
「頑張って来いよ」
同部屋のトレードたちに励まされるが気持ちが伝わらない。適当に言ってるな。
「何だ? トラブルか? 」
「それが隊長…… 」
隊員たちのいざこざにまで付き合わされる羽目に。
これくらい自分たちでどうにかしろよな。
最悪副隊長にでも相談すればいいのになぜか回って来る。
こうしてどうでもいいことに時間を費やして肝心なことに手が回らない。
二日目を終える。
再びスタート地点へ。
続く




