隣村のノメール
宮殿にて勇者・ノア。
引き続き姫奪還作戦の話し合い。
「よし明日魔王の住処を急襲する! 」
「おう! 」
やる気のある副隊長にすべて任せただボケっと見守る。
功を焦り過ぎるとロクなことにならないからな。
ここはゆっくり動き出そう。
「おい焦るなっての。まずは偵察部隊に任せるんだ」
目星をつけたところで一気に。それが一番成功する確率が高い。
確実に仕留めるのが我々の役目だ。
これは魔王軍撃退作戦。
撃退してついでに囚われの姫を救出奪還する。
「しかし隊長。一刻を争うんですよ」
「一刻? 扇動してるのはお前か? 名を名乗れ! 」
咎める。一体何を考えてるんだこいつは?
どうにかして争いを避けようとしたのに。その努力が水の泡ではないか。
「失礼しました。私はノメール。隊長のお隣の村よりやって参りました」
濁す男。どうやら面識があるらしい。これはまずい。どうにかごまかさないと。
それは確かに当時とは別人のはずだからな。いや考え過ぎかな。
「あの時の…… 」
知ってる風を装う。これが一度や二度ならうまくごまかせただろう。
しかし共に過ごす仲間である以上ヘタを打ったことになる。
言葉を発した時に悟ったがもう遅い。
追及されればかわせない。少なくても違和感を持たれてしまう。
その違和感がボクの正体を暴くことになる。
ただそれでも助かる可能性が高いと思ってる。
ボクはボクでしかなく誰だと言うのか?
かわせなくとも違和感を持たれようとも関係ない。
決して偽物な訳ではないのだ。昔の記憶はどこかに置いてきたと言い張ればいい。
少々無理があるがこれも隊長であれば問題ない。
さあシミュレーションしたぞ。後は相手の出方次第。
「はい。よくご一緒させて頂きました」
うわまずいぞ。やっぱり知らない振りをしておけばよかった。
こいつ誰だよ? ノメールって田舎者。ボクはまったく覚えがないぞ。
どうして記憶に刻まれてない? 存在感が薄いのか?
隣りの村だって知らない。村自体存在感が薄い? いや無いのか?
「まあいい。それでお前は何が言いたい? 」
プレッシャーをかける。これで余計なことを考えないだろう。
ボクの存在が疑われ始めたら終わりだからな。危険は避けたい。
なるべくここは話を逸らすとしよう。
「姫様を捕らえた魔王はすぐにでも婚姻の儀式を行うはず」
「まだ行方不明なだけで魔王に囚われたとは限らないだろ? 」
姫は今安全なところにいる。それこそ魔女の家に潜伏してる。
呑気に読書して暇を持て余してるところ。
だがそれを知り得るのはこのボクだけ。
「何を寝ぼけたことを! 姫様に何かあったのは明白です」
「それはそうだが…… 襲撃者が間抜けだから…… あのクマル…… 」
「何ですか? はっきり言ってください! 」
まったくこいつと来たら隊長への口の利き方がなってない。
叱りつけたいところだがどうやら皆はノメールを支持しているよう。
これはヘタなことは言えない。
「大丈夫。騒ぎ立てる方が敵の思う壺。きっと姫様は無事にご帰還なさるさ」
動こうとする隊員にそれを阻止するボクとの間に大きな溝が生まれつつある。
行動に移す前に冷静になるように説得するもボクに不快感を示す者数名。
隊に亀裂が入り始めている。
「よし今は様子見だ。まだ動かない。隊長の指示に従って欲しい! 」
暴走する者を食い止める。それもすべてを知る者の務め。
あーあ損な役割だな。すべて知っているってのも辛いものがあるよ。
どうしても悪者になるからな。
止めなければならない理由がそこにはある。
「いいか最後まで我慢だ! 我慢すればきっと姫様は…… 」
「へーい」
納得してない様子の男たちがいい加減に返事をする。
情けない隊長に呆れ気味。これでは求心力を失うことに。
「おいお前ら! 」
「では隊長これで」
うん。意見はきちんと言えた。今日はどうせ雨だから大人しくしてるだろう。
無視して勝手な行動を取るほど馬鹿じゃないしそれほどの行動力もない。
それに残念なことに我々がどう動こうが姫が戻ってくることはない。
姫にとって宮殿は魔王様の住処と同じぐらい危険な場所になっている。
いやそれ以上だな。
魔王様として指示すれば姫と会うことをせずに引き離せるかもしれない。
魔王様命令とあらば当然従う訳だ。だが宮殿ではそうはいかない。
姫が無事に宮殿に戻った時に会わない保証はない。
逆に国王の部隊長として参上するのは自然なこと。
部隊長となれば欠席もできない。
だからこの宮殿は魔王の住処よりも危険だと言える。
大体姫救出作戦に隊長が向かわないでどうする?
何としても姫をそのままにしなければならない事情がある。
それを理解してるのは魔王様でもあるボクなのだ。
今どんどん姫に近づいている気がする。
それはこの世界が消滅することにも。
あーあどうしてこんなことになってしまったのだろう?
今更嘆いても仕方ないか。
続く




