恐怖の宴
魔王様の隠れ家。
「それではそろそろ参りましょうか? 」
魔王様に代わって取り仕切る忠実なしもべであり右腕。
怖い顔を急に近づけたり口うるさいのが欠点だがよくやっている。
そんな彼だからちょっとの隙を見せれば怪しまれることも。
ただそうなっても言い逃れは可能。ボグ―と吠えれば一発だ。
それだけに今何をしようとしてるのか何を求めてるのかちっとも分からない。
まるで試されているかのよう。
慣れたとは言え魔王様の時が一番ボロが出るから気を付けなくては。
「どこへ? 」
「ははは…… またはぐらかす。さすがにそれは通用しませんよ」
「分かっておるわ! 冗談だ。冗談。では行くとするか」
まったく何も分からずに臨むのは不安だがまあどうにかなるだろう。
最悪ボグ―でごまかせる。それに今この辺りでは眠り病が流行ってるからな。
その影響で少々おかしくなったと思ってもらえればいいのだ。
いいのだがどうしたってやりにくい。緊張するな。
言われるまま後に付いて行く。
外へ。もう辺りは真っ暗。
どうやらどこかの洞窟だったらしい。
中からだといまいち分かり辛かったがようやく魔王軍の居場所が特定できそうだ。
もしもの時に備えて外の特徴を覚えておくか。
外の空気に触れる。日課の散歩にでも行くのかな?
あれすぐにストップ。おかしいな? 何だこれ?
「ではお楽しみください」
この言い方なら問題ない? 少なくてもつまらなくはないさ。
うん。興奮してきたぞ。とんでもなく興奮してきた。
モンスター? 醜悪な化け物たちが騒いでいる。
大勢の手下が集結。その後ろには人間の姿も?
嫌な予感がする。それも物凄く嫌な予感がする。
当たって欲しくない。できるなら考えたくもないこと。
でも目の前には捕らえられた人間の姿がはっきりと。
さあ獲物を前に何をするつもりだ?
認めないぞ。そんなこと認めない。
クマルのように愉快で間抜けで情けない気のいい奴らだと勝手に勘違いしていた。
現実とはそれは恐ろしいもので……
どうやら捕まえた人間の処刑を行うらしい。
うわ本当にに自分には無理だ。気分が悪くなってきた。
「ううう…… 気分が優れない。部屋に戻るぞ! 」
「お待ちください! 処刑は魔王様立ち合いのもと。命令がなければ動きません」
「では今日は中止だ。閉じ込めておけ」
「しかし魔王様! それでは魔王様の威厳が! 彼らの楽しみを奪う気ですか?」
「うるさい! 今日は気分が優れん! もう寝る! 」
魔王様権限で執行を遅らせる。どうにか機会を見て逃がすことにしよう。
これが楽しいこと? 冗談じゃない!
「我がままを言わずに魔王様! 」
無視して戻る。
「魔王様! 魔王様! 」
寝室に戻ると横に。
危ない危ない。処刑に参加するところだった。
さあこれからどうしようかな……
宮殿内。
「あの国王様はいかがでしょうか? 」
「いや大丈夫。冷静さを取り戻したよ。君のおかげだ。さすがは勇者。
謁見は明日また改めてやり直すとして今日はゆっくりして行ってくれ」
国王の暴走を止めたのはよかったがやり過ぎた感がある。
目立ちすぎると何かと面倒だからな。
隊の一番後ろで引っ付いているのが理想。
でもそうも言ってられない現実。
「そうだった。お主の名前を聞いてなったな。名を何と申す? 」
自然な流れ。ボクは国王の暴走を止め国の危機を救ったことになる。
大げさに言えばそうなるかな。
名前? 俺の名前? しがないサラリーマンに名前など無意味。
だからこの世界に来ても気にしてなくて。
あれ…… 誰だったかな? 確か名前があったような……
どうしても自分の名前を思い出せない。自分はどこの誰だ?
確か村から旅立った時に聞いたはずなんだけどな。
その故郷の村さえ思い出せない。
一時的に記憶を失っているのだろうか?
これもすべて今流行っている眠り病の影響だろうか?
「申し訳ありません! 謁見の時まで待って頂けませんか?
ボクにとって国王様は絶対の存在。
だからその時までは名もなき一兵士だと思って頂ければ」
どうにか言い訳が出てきた。ここで追及されてはことだからな。
「おお! それだけ国王様に心酔しておるのか。その若さで何と素晴らしい! 」
涙を流し振る舞いを称賛する。
何だか罪悪感があるな。ただ名を忘れただけなんだけどな。でもまあいいか。
「ではこれで失礼します」
「うむ。ゆっくりしてくれ。明朝にでも謁見の機会を作る」
こうしてどうにかピンチを乗り切った。
それにしても自分の名前もよく思い出せないのは問題だな。
一回ぐらいは触れてるはずなんだがそれでもどうも思い出せない。
では今日はこれくらいで休むとしますか。
「おいどうだった? 叱られたか? 」
心配した仲間に問い詰められる。
「大丈夫。うまく行ったよ。それよりも謁見は明朝行うから皆に伝えてくれ」
これで役目は果たした。後は明日にでも。今日は本当に色々あって疲れたよ。
「おいおい! おいってば! ダメだこいつもう寝てやがる」
「ははは! 放っておこうぜ。さあ飲むぞ! 」
騒がしい仲間の叫び声が耳に伝わってくる。
でも今は本当に眠い。目を開けていられないほど疲れている。
おやすみなさい。
こうして無事一日目が過ぎて行く。
続く




