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修羅場

愚か者の転移先がついに判明した。

大きな総合病院の新館に極秘裏に入院しているとのこと。

現在のところ意識不明の重体。果たしてどこまで耐えられるか?

事前情報では心肺停止だったはず。多少は回復傾向にある?

いや楽観視はできない。急いで愚か者の元へ急がなければいけません。


新館でも例に漏れず近づけずにいる。

三階の集中治療室にいるのが分かっているのに手が出せないもどかしさ。

ただ女神様が暴力に訴える訳にもいきません。どうすれば?

そうか。そのために加賀がいるのか。


「申し訳ないけれど関係者以外立ち入り禁止。だからお引き取りください」

欠伸をして目をこする。寝不足らしい。おかしなのにつき合うつもりはないそう。

家族または親族以外は何人たりとも立ち入りを禁じている閉ざされた空間。

それを無理やり突破すれば被害は甚大なものになってしまう。

ただ残念ながら考えている余裕もない。そんな八方塞がりの状況。


「だから加害者だって言ってるだろう? 」

加賀が喰らいつく。

「あなた本気で言ってるの? 」

分かりやすく大げさに溜息を吐く。

「いい? 加害者だろうと目撃者だろうとたとえ弁護士でも無理なものは無理!」

大げさなんだから。周りを見渡せば十人近くいるじゃない。


「彼らは? 」

「だから患者さんの家族。見れば分かるでしょう? 」

どうやら嘘ではないらしい。

しかし明らかに弁護士みたいな二人組が。ヒマワリのバッチが光る。


「一階までは誰でも出入り可能。二階に行くにはカードをかざす必要が。

だから家族以外は立ち入り禁止。それではこれで」

どれだけ頼もうと事情を説明しようとも無駄らしい。

一階は自由だと初めから言っといてよね。


「女神様…… 」

加賀は考えずに泣きつく。

ここは彼の世界。女神様なんかよりよっぽどアイディアが浮かぶかと。

「落ち着きましょう。まだ時間はあります。

医師がサインするまで…… いえさせない方向で」

「分かってます! そうだこれ…… 」

自販機で水を買ったらしい。女神様ですから喉など渇きはしない。

まあいいでしょう。せっかくの厚意。では一口。うん冷たい。


「それで女神様。うわああ…… 」

加賀の購入したサイダーがフタを開けた瞬間に弾けてしまう。

どうやらついてなかったようですね。 

愚か者の臭いがついた布を取り出し拭こうとするも迷いが……

これで彼の顔を拭けば臭いが消える。最後の綱である以上慎重にすべきだろう。

ただもうこれは不要な気も。いやいやそれだけではない。

もしここで加賀の世話をすればすぐに女神様の虜になり彼は廃人となるでしょう。

この地を去れば彼は永遠の苦しみと孤独を味わうことになる。

それは本意ではないのです。

「大丈夫っすよ女神様。このくらい大したことない」

そうやって笑ってくれたので放置することに。


うん? 杖を突いた女性が駆け込んで来た。

血相を変えてブツブツ何かを言っている。

「どうしました? 」

急いでいるとは言え打つ手なしの状況。困ってる方を助け癒すのが女神様の役目。

「それがどこに行けばいいか…… 」

相当焦っている様子。

ではさっそく…… うん? この臭いはまさか?


「落ち着いて。ここにどのような用が? 」

加賀が話を聞く。

「東北から参りました。あの甥っ子が…… 」

ダメだ。まだ焦って何を言ってるのか理解できない。

ただ臭いがする。彼と似た臭いがする。間違いない。彼女はあの愚か者の親族。


予想は間違っていなかったらしい。

そう女神様は決して間違いない。常に正しいのです。

「あなたの甥っ子さんってマンホール転落事故の被害者の方では? 」

「ちょっと何を言ってるんですか女神様? 」

加賀はそんなはずないと笑う。


「はい。そうなんだわ。甥っ子は今ニュースになってる事件の被害者で…… 」

感情が昂ったのか涙を流す。悲しみは深い。当然ですよね。

突然のことにショックを受けている様子。これは加害者は相当恨まれるだろう。

加害者…… それってこの加賀。修羅場を迎えるのでは?


加害者と被害者の親族。突然の出会い。

「それであんたらは? 」

どうやらテレビだと疑っているよう。カメラないですけどね。

「申し遅れました。すべてを癒す者。女神様です」

少々軽かったでしょうか? 場所が場所だからあまり暗くも真面目にもできない。

余計に落ち込んでしまっても困る。

「はあ? 何を抜かすんだい? バチ当たりめが! 」

どうやら突然のことで理解が追いつかず勘違いしてるみたい。


「それでこっちは? 」

「俺ですか? そのあの…… 」

加賀は迷っている様子。どうするか考えてるのでしょうが正直に言えば修羅場に。

それくらい心得ているとは思いますが……

「はっきり言いなせい! 」

そう言って杖を振り回す。

「お婆ちゃん…… 彼は加害者です。マンホール事故を引き起こした張本人です」

つい彼を思って紹介したがどうも嫌な予感。

「嘘? 女神様それはないよ! 」

「ですが…… 正直に告白するのが結局は一番いい。後はあなた次第です。

きちんと誠心誠意謝ればきっと許してくれる」

希望的観測。もちろん女神様のように許すとは限りませんが。


「ああん? こいつが甥っ子を? 許せねえだ! 」

そう言って振り回した杖で加賀の足に一撃食らわす。興奮して手がつけられない。

「痛い! 痛いよ! 」

大げさな加賀はその場で転げる。

「甥っ子の敵だ! 」

満足げにポーズを決める。

どうやら敵討ちはこれにて打ち止めらしい。


「ちょっとお婆ちゃん。勘違いしないで。まだ生きてるでしょう? 」

「そうだよ! 痛いんだからまったく」

加賀は妙に清々しい。どうやら罪の意識に苛まれていたようだ。

それを振り払うように杖攻撃を受ける。

これですべてが解決した? 満足した? 

でもそれは違います。まだ終わってない。


「生きてる? 心肺停止ってもう助からんのよ。あんたらだって知ってるくせに」

白々しいと再び涙を流す。

「いえそんなことありませんよ。どうでしょう? 一緒に行きませんか? 」

「ははは! そんな奇跡ある訳ねえだ」

「奇跡ですか? でしたらお見せしましょう」

挑発する。

「よし分かった! やってみろ! 」

「でしたら家族で付き添いと言うことでよろしいですか? 」

「ああお前たちは家族だ。一緒に行くぞ! 」

お年寄りを騙しているようで若干心苦しいですがこれも愚か者を助けるため。


急いで手続きを済ませ三階の集中治療室へ。


                   続く

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