加賀の策略
駅前。多くの人で賑わっている時間帯。
「ちょっと待ってくれ! 」
加賀が運転手の後を追いかける。
一体どうしたと言うのでしょう? こんなに慌てて。
彼は潮夜さんを乗せたタクシーの運転手。
そんな方に一体どのような御用があると言うのでしょう?
まったく思いもつかない。ここは無理せずに加賀に任せるとしますか。
「女神様。本当に彼を生き返らせることができるんですね? 」
念を押す。信用はしてるようだが今一度確認の為らしい。
まさか女神様が嘘を吐くはずがありません。
口から出任せを言うこともない。
ただ正確には生き返らせるのではなく元通りの姿に戻すだけ。
愚か者は辛うじて生きているのだから。そこだけは履き違えてはいけない。
「どうなんですか女神様? 」
「はい。当然元通りに。事故の起きる前の元気な姿にお戻しします。
そのためにこんな下界まで来たのですから。その点はご心配く」
加賀はイマイチ自信がないのだろう。ですが信じてもらわなければ困る。
愚か者さえ見つかればすぐにでも実行する。
これは実際初めての試み。未だかつて人間に試したことはない。
する意味もなければ義理もないのです。
ただ今回は異世界・ザンチペンスタンの消滅が掛かっています。
それだけにどうしても失敗は許されずに固くなってしまう。
いえいえそれはあくまで比喩。実際には緊張もしないし固くなりようがない。
何と言っても癒しと許しを与える微笑みの女神様なのですから。
「急いで! 」
ついに運転手を捕まえる。
「あの…… さっきの忘れ物の件なんですが…… 」
加賀も一応はあの場にいた。ただ運転手が認識していたかは微妙。
女神様は美しく目立つ存在ですからね当然覚えてるでしょうが。
加賀は地味なタイプだから。
「はいはい。そちらの方は大変美しいと記憶にあります。あなたは? 」
「加賀って言います。一応は彼女の知り合いです。そうですよね? 」
こっちに振るので頷く。女神様に嘘を強いるとは侮れない。
ただの加害者でしょう。
「加賀さんですか…… それでどのようなご用件でしょうか? 」
かなり怪しいのかやはり訝しがられている。当然そうでしょう。
これは女神様にとっても意味不明ですからね。
ここで余計なことを言って相手を怒らせれば協力は得られない。
「実は帽子以外にも忘れ物をしたと言うんです。
それで彼女は忙しいので僕に取って来て欲しいと」
とんでもない嘘を吐く加害者の加賀。もはや自分の罪を軽くするのに必死。
ふふふ…… それでいいのです。女神様だって異世界消滅回避の為に動いている。
それこそ今日はずっと動きっぱなし。
「はあ? ですが帽子以外の忘れ物は残念ながら見つかりません」
それはそう。分かり切ったことをなぜか聞く。怪しまれるだけ。
女神様にはまったく意味が分からない。
何か秘策があるのだろうがそれを黙っていては伝わらない。
「それで戻りたいんですが。お願いできますか? 」
加賀はついに言う。果たしてうまく行くのか?
断られてもダメだしそもそも病院からタクシーに乗ったとは限らない。
その辺りのこを理解してるのか疑問。
「そうですか。でしたらお乗りください」
運転手は本当に立派な人でいい人と言うより人がいい。
こうしてタクシーは動き出した。
もし病院であっても違う恐れもあるし病院から乗ってない可能性もある。
ですが今は僅かな可能性に賭けるしかない。
これ以上時間はありません。もし診断書にサインされたらお終いだ。
タクシーに乗ること三十分。病院へ入って行く。
ついにたどり着いた。これは奇跡でしょう。
しかし女神様がそれを信じてはいけません。
奇跡を起こすのは女神様なのですから。
ここは加賀のファインプレー。彼の活躍で病院へ。
転落事故の加害者が被害者を探し続けた結果が今。
強い思いが繋がったのでしょう。
さあもう迷うことはありません。急いで中へ。
しかしまだ試練は残っているようです。
受付に話を通す。するとやはりいないと首を振る。
これはあり得ない。潮夜が嘘を吐いてるとは思えない。意味がないように感じる。
「しかしここに入院してると聞いたのですが? 」
加賀は喰らいつく。
「早く! もう時間がないんです! 」
「ですから…… おりません。面会も認められていません」
頑なだ。
「はっきり言いますね。今朝のマンホール転落事故ご存じですよね? 」
受付はこの手のことに慣れてるらしい。
ハッとした表情をごまかし何を言ってるのか分からないと。
「あらあら。まさか転落事故を知らないとは言いませんよね? 」
可哀想ですが追及の手は緩めない。それが相手をコントロールする術。
「忙しいので…… 」
「しかしですね。そこの大きなテレビに映ってますよ」
加賀が指摘する。いいコンビネーションだ。
もはやこれでは言い訳もできないでしょう。
「ではきちんとお認めになるんですね? 」
「ううう…… ダメ。黙ってしまった。帰るまで一言だって喋る気はないらしい。
だったら他に方法がある。これは加賀がタクシーの中で考えた作戦。
「いるいないかはこちらで判断します。呼び出しをお願いしますか? 」
愚か者一号の名前を告げて呼び出してもらう。
「ですから存在しません。応じられません」
こうされては正攻法ではまず無理。
「呼び出すだけで結構です.それ以上は望まない」
引き下がらない。さすがにのらりくらりとかわされて堪りますか。
「お願いします。ロビーで待ってると」
加賀もここまで来れば本気。加害者の立場は結局変わらない。
だがそれでも生きてると亡くなってるでは天地の差。
それだけ必死。その必死さが報われる時が間もなくやって来る。
閉ざされた魔王城を取り囲み無血開城するかのように。
「それはできません」
受付の権限ではこれ以上は無理だそう。
「いいえ。この程度ならきっとあなたの力でいくらでもできるはずです」
加賀は一歩も引かない。
女神様としてここに来て一日。浅いですから詳しくは知らない。
だからさっきの困った男に騙されそうにもなった。
ですが本来女神様はこの現世も見守っています。
よって愚か者一号さんのように悲惨で無念な最後の者を救済している。
ただ彼は仮死状態で正確にはまだだった。
しかしここで押し問答してる暇にも診断書のサインされては終わり。
今までしてきたことが水の泡になる。それどころか異世界が消滅してしまう。
続く




