運命の時 出会えない二人が奇跡の出会い
カンペ―キ洞窟。最深部。
現在午後八時を回ったところ。
タイムリミットまで残り四時間を切ったことになる。
打つ手なしの中でただ時間だけがむなしく過ぎて行く。
姫! ああアーノ姫! 麗しき私のアーノ姫……
うう…… 狂ってしまった。完全に狂ってしまった。己を失う。失い続けるだろう。
もうどんなに呼び掛けても復活することはないさ。立ち直りようがないのだ。
そんな耐えられないほどの不安な時が続いた。
五分経過。まるで反応したかのように扉が開き始める。
思いがけない出来事。
どうやら扉はよく見れば三つある。
私が通った扉は一瞬で閉じ今新たな扉が開かれようとしている。
ただ扉の目の前に誰がいるかまでは見当がつかない。
でも息遣いや優しさや雰囲気から魔王様ではないことだけは確か。
魔王様でないならそれはもちろんアーノ姫。
「あなたは? 」
ついに姫登場。
アーノ姫が最深部へと招かれた。
高貴な女性に相応しい深紅のドレスを身にまとい装飾品をふんだんに散りばめた。
朝にお見かけしたあの麗しき姿とも違った新たな一面を見せる。
どれだけお慕いしようと決して出会えなかったアーノ姫。
改めて見るがその美しさに心が洗われる。
ついきれいだよと言えばたちまち安っぽくなってしまう。
空しい限り。ああアーノ姫。どうかボクの…… つい癖でまだ使ってしまう。
もうボクを使う必要もないよな。俺でもいいし自分でもいい。
でもここは格好よく私とするのがいいだろう。ボグ―は却下。
ついに姿を見せたアーノ姫。恐らく自分の運命に立ち向かう決意をしたのだろう。
ゆっくりこちらに向かって来る。まるで気づいてないかのようにゆっくりと。
体力がなくなってるのか何らかの病気の影響かふらつく姫。
危ない! 転ぶぞ!
つい体が反応。両腕を掴む。
慌てた様子の姫。何だか様子がおかしい。どうしたと言うんだ?
まさか私はとんでもない勘違いをしたのかもしれない。
あれほどお慕い続けたのだから彼女だって当然……
でもそれは希望的観測なだけで何一つ核心はない。
まだ彼女の本当の気持ちに気づいてない。いや本当は気づいていたんだろう。
しかしあえて気づかない振りをしているだけとも。
「近づかないで! 」
まさかの拒絶。姫にとってボクはただの勇者。そうだった。
もし私がこの異世界を引っ掻き回してなかったら二人は結ばれていただろう。
一国の姫と名もなき勇者の恋。
魔王様に連れ去られた姫をお助けするため命懸けのミッションに臨む。
王命を受け姫を救い出し二人は最後には結ばれる。
そんな王道のファンタジー世界だったはず。
それが下手に眠ってこの世界に転生したばかりに狂ってしまった。
私は二人の愛の物語を邪魔したただの魔王もどき。
だからアーノ姫が私を嫌がるのは分かる。仕方ないこと。納得もできる。
それだけではない。彼女にとって勇者・ノアはただの暗殺者。
彼女は知っている。運命を知っている。訪れるであろう未来を予知してるはずだ。
もはや何の言い訳もできない。すべてを狂わせすべてを台無しにした張本人。
今彼女を亡き者にしようとしているのも紛れもない事実。
「待ってくれアーノ姫! なぜ避けるのです? こんなにも愛してると言うのに」
つい感情的になり愛の告白までしてしまう。調子に乗ったかな?
「ごめんなさい。私には分からないんです。あなたの存在が何なのか? 」
ようやく出会えたのに拒絶されてしまう。今まで何のために我慢したのだろう?
確かにすべて自分が悪いのは間違いない。でも拒絶することはないだろう?
「私は勇者・ノア。王命によりアーノ姫。あなたを連れ戻しに来た者です」
一応は設定どおりに混乱する姫に応える。
それでも混乱と困惑が隠せないアーノ姫。
「はい。ありがとう。でも実際は違うのでしょう? 」
疑い続けるアーノ姫。人を信じることができなくなってるのかもしれないな。
でも今一度信じてもらって私の想いに応えて欲しい。
ここまで来て拒絶されるなんて思ってもみなかった。
「今朝国王様と出会ったのは覚えてますか? 」
「それはもちろん…… 」
「その機会を作ったのがこの私なのですよアーノ姫」
恩着せがましく指摘する。多少は認めてくれたっていいだろう?
国王と姫の感動的な親子の再会をサポートしたのがこの勇者・ノア。
だから忠実な国王の遣い。私はあなたが不安に思うような人間ではありません。
そうここまでが異世界の設定であり何もなければ進んでいたエンディング場面。
もう勢いに任せて抱きしめて愛を確かめるシーンのはず。
そしてアーノ姫は感動して大粒の涙を流し泣き笑いながら応える。
でもここはそんな甘くて感動的な世界ではない。
「私には多少の記憶があるんです。三体の一人として異世界消滅阻止へ」
そうもうアーノ姫は私が思うような純粋な姫ではない。
私が二回目に乗り移った三体の一人。
少し前まで自分だった体を操る者。
「なぜこんな信じられないような記憶があるの? 私はどうすればいいの? 」
思い悩むアーノ姫。何て苦悩に満ち溢れてるのか?
何て寂しそうで悲しい瞳を向けるのか?
私を困らせたいのか? 単純に苦しいのか?
まさか私がアーノ姫として暴れた日々の記憶が蓄積されているなんて。
お互いを想い想われる関係ではなかった。
魔王様を含めて決して出会ってはいけない三人だった。
苦しい苦しい胸の内を曝け出してくれたがどうすればいいかまったく分からない。
これは想定外のこと。本当に自分にはどうすることもできない。
「とにかく今二人でやれることをしよう」
それはもう一つしかない。
この手でアーノ姫を葬り去ること。
でもその前に肝心の魔王様がどこにも見当たらない。
魔王様を魔剣で倒さなければまったくの無駄死になってしまう。
そんな不確定な状況でアーノ姫を葬り去ることはできない。
続く




