今生の別れ 悲劇再び
アーノ姫は一歩も退くことなく己の運命に立ち向かおうとしている。
それは立派でその姿勢は見習うべきもの。
ただすべての事情を知っている私には複雑で胸が痛む。
どうしてこうなってしまったのか?
勇者の自分が悪いんじゃない。
転生した時に寝てしまったもう一人の男が悪いのだ。
止められなかった妖精も女神様だって共犯であり同罪だ。
そんな風に批判しても無駄だし空しいだけ。分かってるがそうせざるを得ない。
とても辛いところ。
結局勇者と姫は結ばれない運命なのか?
自覚しつつも最後まで粘るが…… さすがにもう時間がない。
諦めるしかないと分かっていながらどうしても諦めきれない自分がいる。
それにしても女神様も粋な演出をするよな。
一日だけ延ばしてくれたんだから。事情は少々入り組んでいるようだが。
本来だったら明日にでも消滅する予定だった。
でも女神様の祈りが通じて一日延びた。
そこで一人の人間の運命も変わることになる。
さあもうそろそろ親子の感動の再会も終えた頃だろう。
時間がないことだし早く済まして次に行こう。
それでも国王は姫を決して放そうとしない。
大変感動的でこちらまでもらい泣きするほどだがいい加減次に移ってくれよな。
先が詰まってるんだからさ。少しはこっちのことも考えて欲しい。
「お父様…… 」
「済まないなアーノ。よしここで一度離れるとしよう」
「お父様。どうぞお元気で」
「おいおい何を今生の別れのようなことを言うんだ?
お前は帰って来るんだろう? 用を済ませたら宮殿に戻って来るんだろう? 」
「はい…… 」
それ以上何も言わないアーノ姫。
すべてを察し己の運命に立ち向かうその勇気には驚かされるばかり。
いくら空気が読めない国王様でも姫が嫌がっていれば気づくもの。
それでも気づかないのはわざとであり振りなだけである。
だから国王も白旗を上げた。
強い思いをはねのける姫。
国王は何も言わずに諦めて去っていく。
「お父様…… 」
アーノ姫も辛いんだろう。私だってこの親子を別れさせるの辛くて見てられない。
さあサポートしますか。
国王と姫が十分に距離を取ったところで姿を見せる。
「国王様いかがでしたか? 」
「せっかく紹介しようとしたのに。遠慮しおって」
怒ってると言う訳でもなさそうだ。笑顔が見られる。
でもその笑顔は何だかとても悲しそう。
「お邪魔かと思い隠れておりました」
親子の再会に私の存在は不要。それくらいは弁えている。
だが国王はそれでも残念がってくれるのでありがたい。
馬車を呼びつけ国王を送るように命じる。
「では国王様。どうぞお気をつけて」
「何だお前も来ないのか? 連れない奴だな」
そう言って笑ってくださる。これも国王なりの気遣いなのだろう。
「申し訳ありません。後始末がありますので」
「そうか。では忠誠を尽くすがいい」
「ははあ! 」
本来もう終盤の終盤なのだから国王に時間を掛けたくない。
ただこれも私自身が考えたプランだからな。責任がある。
これで馬車が狙われない限り大丈夫。でもそれが心配なんだよな。
国王がどうなろうと私が姫を討たない限り国王にしろこの世界にしろ未来がない。
では急いで向かうとしよう。
最後の地・カンペ―キ洞窟。
何だかすごく緊張するな。何と言っても初めて会うんだからな。
もしこの物語と言うか異世界が狂わなかったらと思わないことはない。
イフの世界なら二人は力を合わせて魔王と戦っていたんだろうな。
そしてすべてが片付いた時には二人は永遠の愛を誓う。
私は幼馴染を捨て姫は他国の王子を捨てる。
ちょっと酷いがそれでさえも運命。
それが何を間違ったか一度も会うこともできずにようやく今日顔を合わせる。
姫は魔王に連れ去られたから私の認識は恐らくしてないはずだ。
私も姫をさっき見ただけ。
ついに二人は運命の出会いを果たす。
しかしそれも僅かに残された時間しかない。
最悪なことに私が彼女を手にかけなければならない。
それがこの狂った異世界を存続させる条件。
いつの間に書き換えられてしまったのだろう?
私が夢を見たばかりにすべてを失う羽目になる。
これは教訓としてこの異世界で語り継がれるだろう。
やはり異世界に来るべきではなかった。
強烈な後悔を胸についにアーノ姫の元へ。
これこそが悲劇。語り継がれるべき悲劇であろう。
紅心中伝説の一つとも言える。
紅心中の異世界版ともファンタジー版とも。
勇者・ノアとアーノ姫。決して結ばれることのない二人。
恐らく心では繋がっていたはずだ。
でもそれも昨日まで。
もはやアーノ姫が何を考え何を求めているのか分からない。
それは魔王様も同様。
ポツポツ
ポツポツ
こんな時に小雨が降ってきた。どうやらボクたちの間に立ち塞がるらしい。
そう言えばアーノ姫の姿が見当たらない。
国王と再会の時は確かにこの辺りにいたはずなのに。
運命を悟り最期の場所へと歩み出したのだろう。
まだボクたちは続けなければならないのか?
鬼のいない鬼ごっこを。追いかけっこを。
もう疲れたよ。もう充分じゃないか。
なあそうだろアーノ姫?
洞窟を探る。
魔王様としてカンペ―キに命じて作らせた新たな隠れ家。
そこを最後の場所としようと考えている。
だから三人を集結するように仕向けた。
さあアーノ姫の待つところへ。
アーノ姫は国王様と感動の再会を果たし今目的の場所へ向かっているはず。
昨日。最後の日にそう仕向けるように脳内をインプットした。
行くぞアーノ姫。もう逃れられない。どこにも行かせはしない。
こうしてついに洞窟内部へと入った。
もう引き返すことはないだろう。
続く




