『無責任』という名の隣人 ~ルシファー、大罪たちとGについて語る~
ルシファーさん、場末のバーテンダーになる!
「やれやれ、またいつもの面子か。」
ルシファーは、紫煙が立ち込める場末のバー(のような空間)のカウンターで、琥珀色の液体が揺れるグラスを傾けながら呟いた。目の前では、血走った目で拳を握りしめる憤怒、指輪を弄びながら金の計算に余念のない強欲、そしてソファに沈み込み、今にも溶けて消えそうな怠惰が、いつものように下らない自慢話と愚痴を繰り返している。
「まったく、最近の人間どもはなってない! 俺様の怒りを買うような些事で右往左往しおって!」憤怒がテーブルを叩く。
「まったくだ。もっと上手くやれば、楽に儲かるというのに。効率が悪すぎる。」強欲が溜息をつく。
「どーでもいー…。そもそも動くのがめんどい…。」怠惰はもはや言葉を発するのも億劫そうだ。
ルシファーはグラスを置き、優雅に足を組み替えた。「ふん、お前たちの『活躍』も、所詮は俺の権能――『逸脱と変化』――の、いわば出来損ないか、せいぜい副産物だろうに。何を偉そうに語っているんだか。」
「なんだと、ルシファー! 俺たちの力を侮辱するか!」憤怒が立ち上がる。
「まあ待て、憤怒。ルシファーの言うことにも一理あるやもしれん。我々の『罪』が『変化』のきっかけとなることも、まあ、無くはない。」強欲がなだめるように言う。
ルシファーは鼻で笑った。「きっかけ、ね。確かに、お前たちの存在がなければ、人間は退屈で死んでしまうかもしれん。だがな、お前たちが本当に恐ろしく、そして厄介なのは、お前たち自身ではなく、お前たちをそうたらしめている『何か』――その本質への無自覚さ、つまりは『無責任さ』にあるんじゃないのか?」
「無責任、だと?」憤怒が訝しげに眉をひそめる。
「ああ。例えば、そこの憤怒。お前は正義感に燃えているつもりかもしれんが、本当に自分の怒りの源を見つめたことがあるか? 強欲、お前は豊かさを求めているだけかもしれんが、その欲が他者から何を奪うか考えたことがあるか? 怠惰に至っては…まあ、考えることすら放棄しているな。」
その時だった。部屋の隅、仄暗い影の中を、カサリ、と黒く艶やかな影が驚くべき速度で横切った。
「…んあ?」怠惰が僅かに反応するが、すぐに興味を失う。
「チッ、鬱陶しい!」憤怒が足で踏み潰そうとするが、影は素早く姿をくらました。
強欲は一瞬、何か利用価値はないかと考えたようだが、すぐに諦めた。
ルシファーはその様子を面白そうに眺めていた。「…見たかね? あれこそが、お前たちの真の『ご主人様』、あるいは最高の『触媒』かもしれんぞ。『無責任』という名の、どこにでも潜む厄介な隣人さ。一匹見たら? フフ、まあ、お察しの通りだ。」
「なんだ、あの黒い虫ケラが…Gが、俺たちのご主人様だと?」憤怒が吐き捨てる。
「直接的なボスという意味ではない。あれ自体に悪意はないだろう。だがな、あれは『淀み』を好む。心の淀み、社会の淀み、無自覚な欲望の食べ残し、そういうものが散らかった場所に、あれは勝手に湧いて出て、勝手に増える。そして、問題をややこしくする。お前たちの『罪』も、あのGがうろつくような、淀んだ精神環境でこそ、より歪んだ形で『活躍』できるだろう?」
「ならば、見つけ次第、叩き潰すまでだ!」
「無駄だ、無駄。叩けば隠れる。潰しても、見えないところにはまだ無数にいる。殺虫剤――安易な罰則や耳触りの良い道徳論――も一時しのぎにしかならん。奴らを根絶したければ、もっと根本的なアプローチが必要だ。そう、『掃除』さ。」
「掃除だと?」
ルシファーは悪戯っぽく微笑んだ。「ああ、大掃除だ。使うのは『公正さ』という名の最高級洗剤と、『知恵』という名のしなやかな箒だ。」
「…意味がわからん。」
「つまりこういうことだ」ルシファーは指を一本立てる。「『知恵』とは、単なる知識じゃない。『認識への認識』――自分が何を見て、何を感じ、何を欲しているのか、そして自分の認識がいかに不完全であるかを『自覚』することだ。ソクラテス風に言えば『無知の知』だな。そして『公正さ』とは、その自覚に基づいて、自己中心的な視点から離れ、物事を多角的に、公平に捉えようと努める姿勢だ。」
彼は続ける。「自分の心の隅々、社会の隅々まで、この『知恵』の箒で掃き清め、『公正さ』の洗剤で磨き上げる。そうやって、常に風通しの良い、清潔な状態――ホメオスタシスが保たれた状態――を維持する。そういう『清浄』な場所には、Gが好む餌、つまりは無自覚で歪んだ『欲』の食べ残しや、淀んだ感情のゴミが、そもそも存在しないのさ。」
「…餌がなければ、奴は来ない、と?」強欲が呟く。
「その通り。Gを無理に追い出したり、殺したりする必要はない。ただ、自分の場所を『公正』と『知恵』で清潔に保てばいい。そうすれば、Gは居心地が悪くて寄り付かない。餌がなくては生きていけないからな。勝手に出ていくか、そもそも寄り付かない。それだけのことだ。」
ルシファーは立ち上がり、グラスに残った液体を飲み干した。
「共存? まさか。関わらずに済む。それが一番スマートで、効果的なやり方だろう? ま、せいぜいお前たちも、Gに餌を与え続けるような真似はしないことだな。もっとも、それができれば、お前たちは『罪』ではなくなっているかもしれんがね。」
そう言い残し、ルシファーは蠱惑的な笑みを浮かべて、ふっと姿を消した。残された大罪たちは、顔を見合わせ、そして床の隅を気にしながら、居心地悪そうに身じろぎするのだった。
G!の天ぷら、から揚げ……ステーキ
すみません、要らないと思われるものでも有効活用に道はある、
なんて、強欲さんの考えを追ったりはしていません。
強欲+嫉妬=しつこさ?
罪の方程式?