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第6話   黙秘

「まだ見つからんのか?」

「……えぇ、禁足地に入ったみたいで……」

「…………まぁええわ。とにかく、水卜やったか? 一人は捕まえたから今回は大丈夫やろ」

「あと何日?」

「えっとー……二日ですね」


 櫻子の家から微かに漏れ聞こえる、低く押し殺された声のやりとり。


 ――――千里はシガケンと共に、禁足地に身を潜めて陽が沈むのをじっと待ち、闇夜に紛れて村へと忍び帰ってきた。

 昼間に出たせいで懐中電灯を持っていなかったため、スマホの心許ないライトが頼みの綱であった。

 その帰路で、櫻子の家へ急ぎ足で向かう複数の大人たちの姿を偶然見かけ、胸騒ぎを覚えた二人は、静かに耳を澄ませ、様子を窺うことにしたのだ。

 断片的な会話が聞こえ、何やら村人たちが再び捜索を開始しようとしている雰囲気が出始めた。

 その緊張感を帯びた空気を察し、二人がその場を離れようとした、正にその時だった。


「一条さん! シガケンさん!」


 二人とも、肩と心臓を縮ませて振り返る。

 足音を立てず、背を丸めながら闇に消え行く二人に声をかけたのは、櫻子だった。


「櫻子……!」

「櫻子ちゃん!」


 柔らかな笑みを浮かべながら二人の元へ駆け寄った櫻子は、そのまま両手を伸ばし、そっと二人の手を包み込んだ。


「とにかく話はあとにしよ! こっちに来て!」


 言われるがまま、櫻子に引っ張られる千里。

 櫻子と手を繋いだのが余程嬉しかったらしく、間抜けなニヤケ面のシガケンは、浮き足立っている。

 何となく苛立ちを覚えた千里は、彼の横腹に容赦無く肘を捩じ込んでやった。



 ギィッバタンッ――――。

 廃れた扉が櫻子の手によって閉じられた。


「もう大丈夫。ここにはお父さんたちも来ないと思うから」


 櫻子に案内されたのは、村の者でさえ探せと言われれば容易に見つけられないであろう、木造の小屋だった。

 村人が稀に足を運ぶ休憩処だという。

 無造作に吊るされた豆電球が、部屋全体を柔らかい暖色に彩っている。

 簡素な木製のテーブルと四脚の椅子が並んでおり、そのどれもが手作りのような粗削りな仕上がりを見せていた。

 千里とシガケンは隣り合わせに腰を落とし、対面に櫻子が静かに座った。


「良かったー二人とも無事で」


 櫻子は胸を撫で下ろした。


「櫻子! この村どうなってんの!?」


 我慢ならず、千里が前のめりに問い質す。

 一方、シガケンはどういう訳か、どこか猜疑を含む眼差しを櫻子に向けていた。


「私も分からないの。ついさっき、村の人に捕まえられそうになって、私、逃げてきたの」


「え、櫻子も?」


 コクりと頷いた櫻子は、艶やかな黒髪を揺らした。


「ミトモモは? ミトモモの居場所は知らん?」


 今度は口角を下げ、首を横に振った。

 その時、二人のやり取りを黙って見定めていたシガケンが立ち上がり、扉に足を向けた。


「シガケンさん、どうかした?」


 櫻子が引き留めるように声をかけた。

 シガケンは足を止め、彼女を一瞥し、扉に手を添える。


「シガケンさん! 外には出ない方がいいよ!」


 聞き入れず、彼は扉を開けた。

 そして扉枠に手を掛け、上半身だけ外に乗り出す。

 数秒間、周囲の様子を窺った後、古びた扉を引き、閉ざした。


「櫻子ちゃん、結構、記憶戻ってきたんやな」


 何事も無かったかのように、シガケンは元の席へ。


「え、あ……うん。お陰さまでね」


 櫻子はバツが悪そうな面持ちを浮かべた。

 そんな彼女を尻目に腰を下ろしたシガケンは、テーブルに両肘をつき、顔の前で手を結った。


「こんなちっちゃい小屋までの道、よく思い出せたな」


「え? まぁ、うん……」


 不穏な空気が漂い始めたが、気にせず彼は続ける。


「希に使う程度だと、迷いそうな道のりやったけど、すんなり辿り着いたよな」


「…………」


「櫻子ちゃん――――」


 どこか覚悟を決めたように、シガケンは深く息を吸い込んだ。

 櫻子もまた、何かを察した様相で、両腿に双手を置き、俯く。


「さっき、ここには〝お父さん〟たちは来ないって言ったけど、あんたの父親は死んだんじゃなかったのか」


 この上なく居心地の悪い沈黙に包まれた。

 櫻子の声を待つしかない千里は、ふとシガケンの横顔に目をやる。

 ずいぶんと立派な髭が、頬に育ち始めていた。

 大阪を出て二日経っているのだ、仕方あるまい。

 そう納得しかけた時、洗面台に置かれていた剃刀が、千里の脳裏にちらついた。


「櫻子……! 正直に話して! 私らに何か隠してるん?」


 黙りこくったまま、櫻子は口を開かない。


「元から記憶は失ってなかったん? ねぇ櫻子! 答えて!」


 眉間に皺を寄せる櫻子に、千里が訴えかける。


「もし何か困ってるなら、話して! 都市探メンバーになったからには、絶対に私らが力になるから! だから話して!」


「私は……」


 ザザッ――――。

 屋外で何かが蠢く音が鳴り渡った。

 直後、シガケンが立ち上がる。


「千里、時間切れや。出るぞ……!」


「出るって、どこ行くん!?」


「それは後で考える! たぶんこの場所バレてんねん!」


 櫻子は下を向いたまま、先ほど零しかけた言葉を飲み込んだ。


「櫻子! これで最後、ミトモモはどこ!?」


 シガケンに倣い、千里も腰を上げ、櫻子の肩を揺すった。

 しかし彼女の口のチャックは閉まったまま。


「千里! 急げ!」


 悔しさを押し殺し、千里はシガケンと共に小屋を飛び出した。

 外には四、五本の光線がしきりに蠢いており、足音がこちらへと迫ってきている。

 やけにシガケンが外を警戒していた理由はこれだったらしい。


「いたぞ!」

「おい! 追えっ!」


 男らの声が響いた。

 即座に草むらに飛び込み、千里とシガケンは駆ける。

 テナシに追われた時とは異なる毛色の恐怖を感じながら、とにかく足の回転率を上げた。

 会話する余裕も無く、無我夢中で地面を蹴り続けた。



「ふぅ……いよいよやばいことになってきてんね……」


 若さを武器に、追手を巻いた二人は、大木の幹に身を預け、息を整える。


「千里……お前意外と体力あるよな……はぁ……はぁ……」


 シガケンは小刻みに酸素を取り入れながら、千里を褒め称えた。


「まぁね……筋肉無いけど案外動くんよ、この体」


「そりゃええな…………はぁ……くそっ。櫻子ちゃんもグルやったんか」


 シガケンは大木の根元を叩いて苛立ちを逃がす。

 ずいぶん好いていたということもあり、彼にとっては精神的ダメージが大きいのだろう。


「とにかくミトモモを探し出して、村を出るしかないよ」


「だな。警察もこんなとこにおれへんし」


「櫻子は……?」


 千里は、ダメ元で聞いてみた。

 するとシガケンは即答する。


「連れて帰る」


「シガケン。やっぱ好きだわ」


「馬鹿か。そういうときは〝うちのねきによってーな〟っつーんだよ」


 鼻で笑いながらも、シガケンは頬をほんのりと赤らめた。

 ちなみに〝うちのねきによってーな〟とは、滋賀県の方言で〝私の傍に来て〟という意味。

 彼の出自は大阪だ。

 どうやら、与えられた名の宿命から逃げず、滋賀県の方言くらいは知識として持ち合わせているらしい。


「なんそれ意味分からん。ダサい」


 千里は冷酷な目で吐き捨てた。

 誤解してはならないのは、滋賀県の方言を貶したわけではなく、思いのほか恥じらう彼の反応と服装を揶揄したという点である。


「うるせ。とにかくミトモモや。俺な、一個アテがあんねん」


 滴る汗を拭った彼は、辺りに誰もいないことを確認し、声を抑えた。


「櫻子ちゃんの家で、妙な部屋を見かけてん。そん時は真由美さんに注意されて、中は見れてへんけど、何か臭うねんな。さっき村の人らが集まってたのも櫻子ちゃんの家やし」


「え、まさか櫻子の家に戻る気……?」


 眉根を寄せる千里に対し、白い歯をちらつかせたシガケンは、グイッとサムズアップした。


「やばくない……家で見つかったら逃げ場無いで?」


「確かにそうやけど、他の家にいるとは思えへん」


「なんで?」


「だってさ、俺らがずっとおったんやで? まず疑わんくない?」


「た、確かに……一番怪しいのは笹岡さんの家やけど、もう調べたもんね……」


「ミトモモに何かあってからやと遅い。今すぐ行くぞ」


「今!? その辺に村の人がうろうろしてるのに!?」


「だからこそやん! 追いかけられてる奴らがのこのこ家に帰ってくるとは思わんやろ? 俺らを探し回ってる奴が村に戻る前にミトモモを探し出すべきや!」


「なんかずいぶん頭回ってんなシガケン……まさかあんたも村とグルじゃないよね……!?」


 シガケンは千里の冗談混じりの問いかけに、ハッと口を開いて立ち上がった。

 そしてゆっくりと向き直り、不敵な笑みを浮かべる。


「さぁな」


「ちょっと……なに…………なんそれ!?」


 この状況下で、よくもそんな冗談を言えるな、と千里は焦燥を隠しきれなかった。

 そんな彼女の動揺に歩幅を合わせることなく、シガケンは淡々と歩みを進める。


「行くぞ」


 千里の胸に不安がのしかかったが、頼り甲斐のある背中と、そのダサいファッションのマリアージュを目にした瞬間、一瞬でも彼を疑ってしまった自分がいかに愚かであったかを思い知った。

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