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銀子と僕と自己肯定  作者: まきりょうま
第3話 誘拐
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第3話−1

 午後の授業の途中で、携帯に電話が入った。店長からだ。シフトに穴が開いたのかな?授業中は出れなかったので、終わってから店に電話をかけた。

「進。すぐ、店に来てくれ」取り乱した店長が、裏返った声で言った。

「今日は、シフトに入ってないっすよ」

「それでも来てくれ。警察が来てるんだ。みんな、事情聴取を受けてるんだ」

「警察?」

「早く、早く」そう言うと、店長は電話をガチャンと切った。

 真っ先に頭に浮かんだこと。それは、食中毒だった。店の料理で、お客さんが身体を壊したのかもしれない。食事を提供している以上、いつでもありうる話だ。でも食中毒で、警察って来るのかな?僕は疑問を抱えたまま、自転車をこいで店へ急いだ。


 店に着いて驚いた。店の前に、パトカーが何台も停まってるは、駐車場の中央を工事用のコーンが占領し、ロープで囲われて立ち入り禁止になっているは。制服警官が数人、その場にしゃがんで地面を睨んでいた。これは事件だ。絶対に、食中毒問題ではなかった。

「進!」従業員用のドアから入ると、温子あつこさんが駆け寄ってきた。

「おはようございます」

「銀子が、銀子が・・・」

「えっ!?」何で今、銀子の名が出るんだろう?

 従業員用のドアを開けると、例の冷凍庫と冷蔵庫が並ぶ通路だ。僕から少し離れたところに、片野さんが腕を組んで立っていた。片野さんも、呼び出されて取調べ待ちらしい。うつむいて、表情は明らかに沈んでいた。

 通路の一番奥を曲がると、そこはレジになる。店長と、スーツ姿の男が二人、真剣な表情で話していた。店長はこの事態に顔が強張っていた。店長は、まだ三十才。大学卒業後、このファミレスに就職してこの店で働いていた。身長も体つきも普通なのに、お腹だけ見事なビール腹だった。

「いったい、何があったんですか?」僕は、温子さんにたずねた。

「銀子がね、銀子が・・・」温子さんは、もう涙目だった。彼女はいつも優しい人だった。温子さんは、短大の一年生。地味な人で、アニメオタクだった。顔は十人並だが、誰も一目置く人格者だった。黒髪のロングヘアーに、無地の茶のセーター、下はジーンズ。僕は密かに、温子さんを尊敬していた。

「銀子が、誘拐されたんだ」そう、片野さんが教えてくれた。

「えっ?」予想外の話に、僕は呼吸が止まった。「誘拐って・・・?」

「昨日の深夜、この店の駐車場で、黒くて大きな車に連れ込まれたんだそうだ」と、片野さんが続けた。

「・・・」

 僕は、よくわからないショックを受けた。頭が全然回らず、言葉が何も出て来なかった。僕は意味もなく、自分の足元を見た。履き古した自分のスニーカーと、擦り傷だらけの店の床を見つめた。

 このとき僕は、ぼんやりと気づいた。自分にとって、銀子の存在が小さくないことを。彼女に会えないことが、自分の大切な部分を傷つけることを。でも、それがなぜなのか、このときの僕にはわからなかった。

 範子さん、続いて大竹さんが店に到着した。二人は事情を聞いたらしく、最初から険しい表情だった。二人とも、何も言わなかった。姉御キャラの範子さんは、しくしく泣いている温子さんをそっと抱きしめた。


 店内の客席が、事情聴取に使われた。銀子が誘拐されたのは、今日の深夜2時。勤務していたのは、レジが片野さん、厨房が大竹さんだった。そして僕は、冷蔵庫の椅子でゲームをしていた。僕も現場にいたのだ。だから僕は、大竹さん、片野さんの次に警察に呼ばれた。

 事情聴取を担当したのは、二人の刑事だった。最初に名刺をくれたので、刑事だとわかった。僕が席につくと、正面は坊主頭のイカツイ刑事だった。警察官らしく、剣道か柔道で身体を鍛えているタイプだ。年齢は、四十ぐらい。眼光は鋭く、嘘をついてもすぐ見破りそうだった。

 その隣は、ほっそりして背の高い、温和な五十代の男だった。見かけが対照的な二人だったが、険しい表情は同じだった。

「君は事件発生時、この店にいたんだね」と、坊主の刑事が言った。

「はい」

 坊主の刑事は、事件の発生状況をざっと説明した。それから、質問を始めた。

「高校生なのに、その時間まで働いていたのか?」

「いいえ、違います。仕事は24時で上がって、裏(冷凍庫と冷蔵庫の通路のこと)でゲームをしていたんです」

「君は、高校生だろう?」坊主の刑事は、蔑むような目で僕を見た。

「はい」

 坊主の刑事は、それ以上何も言わなかった。事件に関わりのないことは、詮索しないようだ。背の高い刑事も、何も言わなかった。というより、彼は僕のことも見ていなかった。

「被害者の少女は、よく知っているね」

「はい。常連客でした」

 坊主の刑事は、テーブルに大学ノートを広げていた。小さな字をボールペンで、ノートにビッシリと書き込んでいた。それが、彼の仕事の流儀らしかった。

「昨夜の深夜2時、君はこの店のどこにいた?」と、坊主の刑事が聞いた。

「厨房裏の、冷蔵庫の前です」

「被害者が、店を出るところを見たかい?」

「いいえ」

「店内に、不審な人物を見たかい?」

「いいえ」

 背の高い刑事が、ふと外に目をやった。3月の午後は、まだ寒いけれど日差しは心強かった。陽を浴びたUbarEats の自転車が、店の前を通り過ぎた。配達員は珍しく、若い女性だった。背の高い刑事が注視したのは、彼女に違いなかった。UbarEats の自転車が通り過ぎると、その刑事は、店内に視線を戻した。彼は、少し怒っていた。もしかしたら、事件発生に怒っているのかもしれない。


 僕のあとは、範子さん、温子さん。まもなく、斉藤さんがやってきた。郁美いくみさんも現れた。

 郁美さんについては、少し説明を要する。彼女は範子さんと同じ二十歳で、四年制大学の二年生だった。少年のようなショート・カットで、服装はいつもボーイッシュだった。彼女は、この店で一番の美少女だった。整った顔立ちに、大きな目、長いまつ毛、厚めの柔らかい唇。バスト、ウェスト、ヒップ、太ももと、彫刻みたいに整った体型だった。彼女は、一昔前のアイドルみたいだった。

 郁美さんは、可哀想に難聴だった。相手の声は聞こえるのだが、いつもノイズが混じっていて聞き取りづらいのだそうだ。彼女は積極的に発言したが、彼女の言葉は僕たちには聞き取れなかった。たとえば、「あ」と言っているのか、「わ」と言っているのか、区別がつかなかった。

 普通のお店なら、郁美さんにファミレスの接客業は難しい。そこで店長は、郁美さんを厨房で雇った。彼女がかわいいから、というのがもっぱらの噂だ。だが店長は、自信があったのだと思う。大竹さんや斉藤さんなら、彼女に優しくするだろう。女性たちも、郁美さんを温かく迎えるだろう。

 かくして、郁美さんとの会話は、iPad miniを通じて行われた。僕たちの言葉を画面に表示して、彼女に読んでもらうのだ。厨房では彼女が一番下っ端なので、みんなは彼女に指示を出せばよかった。そのうちに、言葉を交わさずとも、僕たちは郁美さんの意思がわかるようになった。とても不思議だけど。

 郁美さんの事情聴取には、店長が付き添った。こうして全員の取り調べが終わった。けれど、得るものは何もなかった。なぜならば、誰も事件現場を見ていなかったから。警察から事情を聞くまで、事件発生を誰も知らなかったのだ。むしろ僕たちが、警察から昨夜の出来事を教えてもらったようなものだ。

 昨夜、午前2時。銀子と友達二人が店を出た。会計は、片野さんが担当している。銀子は友達に会計を任せて、先に店を出た。友達二人は、店が発行した期限切れのクーポンを出して、使えないかと片野さんに頼み込んだ。銀子はそんな二人に構わず、店を出たそうだ。

 片野さんが期限切れクーポンを断り、諦めた銀子の友達が店を出た。その時ちょうど、銀子が黒い大きな車に連れ込まれた。銀子の友達は、その瞬間を目撃した。車に乗っていたのは、多分男。でも、よくわからなかったそうだ。銀子を乗せた車は、腹を立てたようにアクセルを踏んで、けたたましい音を立てて走り去った。

 話がややこしくなったのは、銀子の友達が誘拐だと思わなかったことだ。二人は、銀子と黒い大きな車の運転手との会話を聞いていない。ただ、車に連れ込まれる銀子だけを見た。二人は、銀子の親が迎えに来たと勘違いした。銀子の親が怒っている。そう考えて、二人は疑念を抱かなかった。

 翌朝になって、継母が銀子が帰っていないことに気づいた。継母は、銀子が友達に家に泊まったと解釈した。午後になり、しびれを切らした継母が、銀子の友達に電話した。こうしてようやく、銀子が犯罪に巻き込まれたと気づいた。

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