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銀子と僕と自己肯定  作者: まきりょうま
第2話 姉
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第2話 姉−2

 青天の霹靂だった。それは、中学三年のことだ。驚いたことに、父と母がよりを戻したのだ。母が姉を連れて来て、この家で一緒に住むことになった。父と母は、法律上は籍を入れたままだった。別居しているだけだった。だから、この家への帰還は表向きはスマートだった。二人は、元の鞘におさまったわけだ。

 おそらく母と父は、姉の世間体を気にしたのだと思う。また母は、姉の教育費を心配したのだと思う。母一人では、支払えなかったのだろう。僕の知る限り、父と母が親しげに話すことはなかった。二人は子供のため、姉のために、仮面夫婦を演じた。

 僕にとって、これは大変な出来事だった。母も姉も、記憶は一切なかった。だから、赤の他人と急に生活するようなものだった。家を独り占めしてきた僕は、自分の部屋に押し込められた。この居心地の悪さと不自由さは、想像以上のストレスだった。

 母は父より年上で、かなり下品だった。派手でセンスのない服を好み、とても大きな声でしゃべり、よく笑った。母が「進」と僕を呼ぶたび、胃液が喉に逆流するような苦さを感じた。

 つまり、銀子と同じだ。僕は、母を受け入れられなかった。多分この人が、自分の実の母なのだろう。でも幼い日々の欠落は、いかんともし難かった。血が繋がっていても、見ず知らずの母親と上手くやれるほど、僕は大人ではなかった。


 さらに困ったのは、姉の存在だ。姉は、(みどり)という名だった。高校二年生の姉は、飛び上がるほど可愛いかった。この父と母から彼女が生まれたのかと、目を疑うほどだった。大きくはないが、キラキラ光る瞳。姉の瞳には、いつも潤いがあった。瞳の中心に池があって、それが陽の光を受けて光るのだ。細い眉毛。細くて高い鼻筋。少し濡れたような唇。締まった顎。どれも、素晴らしかった。

 姉の髪は、栗毛色だった。中学からテニスをしているそうで、陽に焼けているのだろう。背中まで伸びた髪を、姉はしょっちゅう後ろで結んでいた。その髪型も、彼女によく似合った。つまり、困ったことに、これは初恋だった。僕は、血は繋がっているけれど、赤の他人同然の姉に恋したのだ。

 これは困った。本当に困った。僕は自然と、母と姉を避けるようになった。四人そろっての夕食は、数日しかもたなかった。僕は自分の部屋に隠れ、姉は僕の隣の部屋にこもった。

 姉の部屋からは、夜中までバラエティ番組の音が聞こえた。部屋で漫画を描いている僕にとっては、隣の物音がテレビにかき消されて助かった。もしも、衣ずれの音が聞こえたら?ファスナーを下ろす音が聞こえたら?僕は、何も集中出来なかっただろう。

ある日、真夜中に目が覚めて、トイレに行ったとき。僕はふと思いついて、浴室に入った。電気をつけ、洗濯機の蓋を開けた。その中にある、汚れた衣類をかき分けた。そして見つけた。姉のショーツを。それは、ストッキングに絡まっていた。姉が、いっぺんに脱いだことがわかる。

 それはブルーで、縁に白いラインが入った、スポーツ用のショーツだった。母のものではない。姉のものだ。僕は洗濯機から、ストッキングに絡まったショーツを取り出した。床に腰を下ろし、両手でそれを握った。顔を近づけ、細部までチェックした。

 それは、素晴らしい瞬間だった。僕は経験したことのない、心地よい満足感に包まれた。姉のショーツに見惚れて、僕はしばらく洗濯機の前で恍惚とした。しかし、すぐに我に帰った。こんなところを、家族の誰かに見られたら。身の破滅だった。名残惜しいけれど、ショーツを洗濯機に戻した。

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