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銀子と僕と自己肯定  作者: まきりょうま
第1話 銀子
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第1話 銀子 - 3

「みんな、大ニュースがあるんだよ」と、下田さんはニコニコしながら言った。

「何何!?どうしたの?」すぐ食いつくのが、いつもの範子さんである。

「銀子の素性が、少しわかったんだよ」下田さんは、さらに小声になって言った。

「ええっ!?」みんなも、小声で驚いた。

「うちの母親がさ、区の保護観察官の手伝いをしててさ」と、下田さん。

「うん」みんなを代表して、範子さんがうなずいた。

「母親が家庭訪問するリストに、銀子の名前が載ってるんだ」

「なんで、なんで?どうして?」

「銀子は、万引き常習者なんだそうだ。家庭裁判所で保護観察処分を受けている身らしい」

「銀子が?あの子が、悪いことすると思えなーい!」とショック気味の、範子さん。

「おい、声が大きいよ!」すかさず、斉藤さんが注意した。

「銀子はね、小さい頃に両親が離婚したんだって。ずっと、お父さんと二人暮らしてたんだけど、二年前にお父さんが再婚してね。銀子はその継母と、上手くいってないらしいんだ」

 僕は、巨大なハンマーで殴られた気分だった。自然に、呼吸が苦しくきた。心臓が激しく高鳴った。みんなに悟られまいと、僕は椅子を後ろに引いた。

「なんか、非行に走る典型的パターンに聞こえますね」と、大竹さんは下田さんに言った。

「そうなんだ」と、下田さんはうなずいた。「こっからさ、甲州街道を右に行くとさ、五階建の低所得層向けの団地があるだろ?」

「この店から、結構距離ありますね」と、斉藤さんは答えた。僕は、その場所を知らなかった。範子さんは知っていた。

「母親が俺にさ、『お前が働いてたファミリー・レストランに、真夜中若い子が来ているだろう。髪を、金髪に染めた子』って言うんだよ。『知ってるよ』って答えたら、『あれは、可哀想な子だよ』って言うんだ」

「何が、可哀想なの?」と、範子さんが聞いた。

「ウチの母親によるとさ。銀子と継母は、もう修復不可能な関係らしい。母親が、銀子と直接話して聞いたんだ。最初は銀子が、継母から逃げて回った。家に夜中まで帰らず、食事もお小遣いも拒否したらしい。すると継母も怒り出して、もう銀子と口を聞かなくなったんだって」

「父親は、どうしてるんですか?」と、斉藤さん。

「お父さんは、その継母に頭が上がらないそうだ。銀子が万引きで捕まっても、継母の言いなりだったらしい」

「それじゃ、出口ないじゃん!」範子さんは、また大きな声を出した。

「お父さんは、長距離トラックの運転手。お母さんは、○友の生鮮売り場で働いているそうだ。銀子は、継母のいない昼間だけ家にいる。そして、継母が帰る前にこの店に来るわけだ」

 僕はずっと下を向いていた。床を見つめ、ギリギリと歯ぎしりしていた。銀子の話を聞いているのはつらかった。でも、聞かずにはいられなかった。僕は心に痛みを覚えつつも、真実を知りたいと思った。

「それで、次が極め付け」と、下田さんが言った。

「何ですか?」今度は、大竹さんが口を出した。

「銀子は、まだ中学二年生なんだ」

「ええっ・・・?!!!」

 言葉を失うとは、このことだ。誰もが、銀子はもっと年上だと思っていたのだ。長い沈黙が、あたりを包んだ。

「銀子の本名は、山根樹里。〇〇中学校の生徒だけど、一年の終わりから、ほとんど学校に行ってないって」

 全部言い終えると、下田さんもしばらく黙り込んだ。みんなも、しばらく言葉がなかった。僕たちは、みんな銀子に親しみを覚えていた。だから、下田さんの話はつらかった。

「気の毒だけど」斉藤さんが、醒めた調子でみんなの沈黙を破った。「銀子と似た境遇の人は、この世にゴマンといるでしょう」

 服はまた、頭をぶん殴られた気持ちになった。僕は誰にも、自分の身の上を明かしていなかった。

「それは、そうだ」と、下田さんが同意した。

「同じ境遇で、コケるもコケないも自分次第か」と、大竹さんがつぶやくように言った。

「私はヤダよ。そんな、見捨てるような言い方!」範子さんは、少し怒っていた。

「銀子と一緒にいる友達だけど、やっぱりキャバクラの店員だって。高校出て、二人とも水商売に入ったそうだ」と、下田さんが付け加えた。

「その二人が、今の銀子の親友なのね」

 範子さんはそう言って、アルコール・コーナーに戻った。そこから、銀子が見えた。彼女の席に、いつもの友達がいた。気づかないうちに、お客さんが入店してたのだ。僕は急いで、オーダーを取りに行った。

 友達と一緒のとき、銀子はとても楽しそうに笑った。まるで、一日分の喜びをここで全部味わおうと言うように。明日が来ることを、笑いで否定するかのように。


「範子。もう、24時近いぞ。そろそろ帰れよ」と、下田さんが言った。

「そうだね。でも、今夜は寝れないよ」彼女は、必死に携帯をいじっていた。多分この店で働く、郁美さんと温子さんに連絡しているのだ。銀子の新事実を。

「おはようございまーす」

「おはよう」

 深夜勤務の片野さんと、店長が入って来た。今夜はこの二人で朝までだ。片野さんは、浪人生。二浪している。小柄で、どこか影のある人だ。バイトをするか、この店の仲間と遊びまわるかで、さっぱり勉強している気配がなかった。

 範子さんは、更衣室に向かった。厨房では四人の男が、業務の引き継ぎをした。でも店内は、銀子と友だちたちだけだ。引き継ぐ事なんて何もなかった。

「進。帰んないの?」着替えを終えた、範子さんが僕に聞いた。彼女はいつもの、ブルー・ジーンズ姿だ。上は、ニットの薄手のセーター。Vネック。嫌でも、胸が目に入る。

「いや、もう少し・・・」

「あなたも、登校拒否にならないでよ」と、範子さんは諭すように言った。

「はい」

 僕は小さく返事をした。でも、このままじゃ家に帰れなかった。もう少し、ここに隠れていたかった。冷凍庫と冷蔵庫が並ぶ、この通路に。

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