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銀子と僕と自己肯定  作者: まきりょうま
第7話 和解
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第7話-1

 ようやく、警察が本気を出した。夜の別荘地に、次々とパトカーが到着した。警官と刑事だけで、大変な人数になった。めざといマスコミもやって来て、せっせと写真を撮っていた。僕たちは、店のみんなに「銀子を見つけた」と電話をかけた。陽が沈んで、寒さはさらに厳しくなった。でも僕たちは、みんな明るかった。

「俺の情報提供、なんて言い訳すればいいかな?」

 下田さんだけ、とても動揺していた。プローブ情報を独断で開示したので、会社に叱られることを恐れていた。

「堂々としてればいいじゃん。正しいことに、使いましたって」範子さんが電話を代わり、ちょっと怒って言い返した。

「記者会見は、大竹さんと斉藤さんでお願いしますね」と、僕は言った。

「ええー!?」斉藤さんは、思い切り嫌な顔をした。大竹さんは、別に構わない風だった。激しい格闘をして、度胸が座ったらしい。

「ここまでやっちゃったから、知らんぷりして帰るわけにはいかないね」と、温子さんが言った。

 話し合いの結果、大竹さんと範子さんがマスコミ対応担当になった。


 銀子は病院に直行、即入院となった。アメリカンさんが付き添い、仕事を休んで病院に泊まることになった。明日、ブルさんもこっちへ来るそうだ。銀子の家族も、怒っているおじさんも明日来る。

 それから僕たちは、地元警察署で一人ずつ事情聴取。続いて、警察、僕たちの順で記者会見。全部終わったのは、22時だった。もちろん、みんな疲れていた。でも、疲れなんて忘れていた。目が冴えて、頭も冴えていた。

「ねえ、やったね。私たち」と、帰りの車で範子さんが言った。

「やったな」と、大竹さん。

「やった。すごい」と温子さん。

「やりましたね」と、僕。

「いや、すげえよ。朝の時点じゃ、予想できなかったよ」と、斉藤さん。

「郁美がね」と、また範子さんが代弁した。「人生で、一番成功した日だって」

「そうだよな。みんな、そうなんじゃない?」と、大竹さんが言った。

「賛成でーす!」「同感!」みんなで、大声を出した。

「でもさ、犯人が現れたときは、怖かったー」と、温子さんがしみじみ言った。「だって、見るからに強そうなんだもん」

「怖かったです」と、僕は正直に答えた。

「大竹さんは目が回ってるし、進は死を覚悟した顔してるし。今なら、笑い話だよねー」と、温子さんが言った。

「俺は、飛び膝蹴りのイメージ練習をしてたんだよ」と、大竹さんが言い訳した。

「ホント、申し訳ない。大事なときにいなくて。まったく範子がさ、『洋服は駅前で売ってる』って聞かないからさ。駅前に行ったって、観光地じゃ土産物屋しかないんだよ。あれで時間をロスした」と、斉藤さん。

「自分だって、勝手にホームセンターにばっか車停めて。ホームセンターはね。作業着は売ってるけど、女の子の服があるわけないじゃん!」と、怒り心頭の範子さん。

「まあまあ、いいじゃない。銀子の服は間に合ったんだから」

「まあねー」

 このままこの車で、ずっと走っていたいと思った。みんな、素晴らしい人たちだ。みんな、心から信頼できる。でも、みんな家に帰る。僕も家に帰る。厳しい現実に、戻らなくちゃならない。


 真犯人は、翌日捕まった。◯◯子に住む、二十代の会社員だった。別荘は高齢のおじさんのもので、好きに使っていいと言われていたそうだ。僕たちの誰も、犯人の顔に見覚えがなかった。というか、一度見てもすぐに忘れそうな、とても平凡で普通の人だった。とても、犯罪者には見えなかった。そんなものなのだろう。

 僕らは地元警察で、表彰された。表彰式には、下田さんと大竹さんに出てもらった。下田さんはデータの無断使用でひどく怒られたらしく、警察の表彰で挽回しようという僕たちの作戦だった。

 店に、お客さんが戻ってきた。というより、店は観光名所になってしまった。一番名を上げたのが店長だ。「誘拐事件を解決に導いた、若き辣腕指導者」という、ありがたい肩書きが店長についた。地元の各行事でスピーチを頼まれる、マラソン大会のスターターになる、野球大会の始球式を務める、運動会の審査員になる(何を審査するんだ?)。もう時の人だった。

 最年少の僕は、変わらぬ日々を過ごした。年上のみなさんに隠れていればよかった。事件の大騒ぎから、僕は一歩離れていられた。


 ある日の夕方、僕はバイトに行こうと部屋を出た。すると、同時に向かいの部屋の扉が開いた。そして、姉が出てきた。

 びっくりした。本当に、心臓が止まるかと思った。姉の顔を見るのは、あの日以来だった。

「進」と、姉は僕に声をかけた。とても親しげだった。

「うん」

 僕は、やっと答えた。でも、姉をまともに見れなかった。自分の罪が、まだ僕を包んでいた。僕は真下の床を見た。姉の履いた靴下が見えた。ピンク地に白いうさぎのマークが入った、可愛らしいデザインだった。

「範子さんって人と話したよ」

「え?」驚いて、僕は顔を上げた。姉と、目が合ってしまった。恐ろしくなって、また目を伏せた。

「範子さんってね。道ですれ違う人みんなに、あの誘拐事件の話をしてるよ」

「ああ・・・」うつむいたまま、僕は苦笑した。まあ、範子さんらしいけど。

「樹里さんを救出するのは、ものすごく大変だったって。めちゃくちゃ頭使って考えたんだってね」

「まあ・・・」

「範子さんはね。進、あなたが一番活躍したって。あなたが一番えらかったって」

「えっ!?」

 僕はまた、顔を上げてしまった。姉の両目は、まっすぐに僕を見ていた。瞳の奥には、泉のような煌めきがあった。僕はその煌めきを、一年ぶりに目にした。目の前に美しい顔があり、美しい髪があり、魅力あふれる身体があった。今の僕には、刺激が強すぎた。

「私、嬉しいよ。誇らしい」

「・・・ありがとう・・・。バイト、行ってくる」目をそらして、それだけ僕は言った。

「うん。行ってらっしゃい」と、姉は言った。

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