第6 話-3
捜索すべき、最初の1軒に到着した。僕らはさらに身を屈め、東西南北と一面ずつ調べて回った。もちろん物陰に隠れ、走って移動しながらだ。その1軒目は、完全な無人だった。雪どころか、枯れ葉や折れた枝が散乱し、伸び放題の背の高い雑草が枯れていた。もうずいぶん長い間、この家は使われていないようだった。
「次」と、範子さんが短く言った。
僕たちは、隣の家に移動した。だがこの家も、スカだった。3軒、4軒目も、スカ。その次に僕たちは、一番有望な「赤い倉庫の家」を調査した。しかし、これもハズレ。この家は、リビングルームの窓ガラスが割れているのにそのままだった。チームに、早くも疲れが見えた。だが郁美隊長は、溌剌としていた。マシンガンを持たせたら、ますます元気になりそうだった。
こうして、最初に目指した9軒はすべて、銀子どころか人が使った形跡も見つからなかった。でも作戦では、さらに外側の家を調べることになっている。僕たちは、いくぶん重くなった足を引きずって任務を続けた。
「あ・・・」と、郁美隊長が言った。13軒目の家だった。
「除雪してる!」と、範子さんがその家の庭を指差した。
彼女たちの指摘通り、この家は雪の残る北側まで綺麗に除雪していた。僕たちは、はやる気持ちを抑えて、その家の軒下に取り付いた。庭の土が露出した箇所には、真新しい足跡があった。大きくて、底の頑丈そうな靴の足跡だった。
「!!」
郁美さんが、目でGoサイン出した。みんなで、裏口のある北側の壁に並んだ。先頭の郁美さんが、家の西側に回った。西側の壁は、小さな窓しかなかった。おそらく壁の向こうは、バス、トイレ、キッチンなのだろう。
「最近、利用してる別荘があっただけさ・・・」
斉藤さんが小声で、自分に言い聞かせるように言った。けれど、みんなの緊張感と高揚感は抑えようがなかった。僕も、自分の鼓動がどんどん速くなるのを感じた。みんな、顔が紅潮していた。でも、目は真剣そのものだった。
郁美さんが、慎重に辺りを確認した。そして彼女がまず、ウッドデッキのある南側に走って回った。
「ああっ!!!」
冷静な郁美さんが、珍しく大声を出した。すかさず、二番目の範子さんが南側へ走った。そして彼女は、絞り出すように言った。
「銀子・・・!?」
もうみんな、落ち着いていられなかった。いっぺんに南側へ、駆けて回った。そしてデッキの奥の部屋に、銀子を見つけた。
「うあああ・・・!!!」
アメリカンさんが、ウッドデッキに飛び乗った。そして、窓ガラスに張り付いた。ガラスの向こう側で銀子が、四つん這いで彼女を迎えた。アメリカンさんは、泣き出した。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、・・・」
銀子も泣いていた。でも、明るい表情で。範子さんも温子さんも、もらい泣きした。郁美さんだけは、厳しい表情を崩さなかった。
「マジかあ・・・」大竹さんが、呆けたような声を出した。
「いや、これは・・・」いつもシニカルな斉藤さんも、言葉を失った。
「見つけちゃったよ・・・。信じらんねえ・・・」大竹さんが、戸惑うように言った。
銀子は、大きな窓の近くで両肘と両膝をついていた。彼女は、裸だった。顔や身体のあちこちに、アザや切り傷があった。ゾッとする姿だった。
さらに、銀子は窓際まで来れなかった。それは、彼女の右足首に巻かれた黒い足枷のせいだ。足枷には太い鎖がついていて、部屋の奥へと伸びていた。まさに、奴隷そのものだった。
「みんな、ちょっと落ち着こう!落ち着いて、作戦を立てよう」
範子さんが、みんなに言った。郁美さんがきっと、彼女にアドバイスしたのだ。
男性陣はウッドデッキを降り、女性陣は残った。男性陣は東側に回り、デッキの上の女性陣と話し合うことにした。というのは、裸の銀子を男が見ているのはまずい。でも、銀子の見えないところにみんなが行ったら彼女が可哀想だからだ。
「まずいことになりました」と、僕は言った。「予定では、銀子を見つけたらすぐ助けるつもりでした。でもあの足枷のせいで、それは不可能になりました」
「あれは、厚い革か、硬いゴムか・・・」と、大竹さんが言った。
「あるいは、強化プラスチックかも。ただ、金属じゃないね」と、斉藤さんが続いた。
「なんとかならないの?」温子さんが、悲鳴のように言った。アメリカンさんも、祈るような目を見せた。
「かなり大型の、特殊なハサミがないと無理だろう」と、大竹さん。
「車に、何か積んでない?」と、範子さんが聞いた。
「おいおい、車に刃物は積んでないよ」と、斉藤さんが答えた。
「じゃあ、どうすんの!」範子さんは、ちょっとイライラした口調になった。仕方なかった。銀子が目の前にいるのに、何もできないのだから。
「あの足枷の鎖は、家の柱か壁に固定してるんだろう。家に押し入って、そっちを破壊する方が早いかもな」と、斉藤さんが言った。
「どうやって?」と、温子さんが聞いた。
「あれ、見つけた」と、斉藤さんが庭を指差した。そこには、薪割りのための斧が出しっぱなしになっていた。
「あ・・・」と、郁美さんが声を出した。
「郁美、なあに?うんうん・・・」範子さんが彼女の話を聞いた。話が終わるのを、僕たちはじっと待った。
「郁美がね、窓を破ると通報されるって。センサーがついてるって」
郁美さんが、窓の上部を指差した。そこには、有名な警備会社のシールが貼られていた。
「通報されたって、トロい警備員が見回りに来るだけだろ?」と、斉藤さんが言った。
「犯人にも、通知が行くかもしれません」と、僕は言った。
「そうだって。郁美は、警備員より先に、犯人の協力者が来るんじゃないかって」と、範子さんが言った。
「そうかー」そう言って、大竹さんが腕組みをして考え込んだ。
「そりゃ、まずい」と、斉藤さんも言った。
「あの、協力者が来たら、どうなっちゃいます?」と、アメリカンさんが聞いた。
「車の中で立てた作戦は、あくまで相手の意表をついて取り押さえるものでした。でも相手が僕たちが来ていると知ったら、それなりの用意をして来ると思います」と僕は言った。
「用意って?」と、温子さんが聞いた。
「刃物は、間違いねーだろーな」と、大竹さんが言った。「犯罪発覚、刑務所行きの瀬戸際だ。死ぬ気で来んだろ」
「あるいは、散弾銃かも」と、斉藤さんが物騒なことを言った。
「銃?!」と、アメリカンさんがたまらず叫んだ。
「ほら、猟師ならさ。銃持ってるじゃん。身元がしっかりしてれば、銃の免許が取れるんだよ」と、斉藤さんが説明した。
「何で、そんな詳しいの?」と、範子さん。
「俺、社会人になったら、銃の免許取るつもりだから」
「なんで?」
「ほら、オリンピックであるだろ。銃の競技って。あれが、やりたいんだよ」
「なるほど」と、大竹さんが言った。
「ねえ。警察に電話しようよ」と、温子さんが言った。「ここから先は、私たちの手に負えないよ」
「それも、いいと思います。ただ地元の警察は、動きが遅いと思います。都心で起きた事件ですし、被害者が見つかったと説明してもわからないかもしれません。あるいは、イタズラ電話扱いされるかも」と、僕は自分の考えを述べた。
「うーん。グダグダしてから、近くの交番勤めの若造が一人来る。そんなところか?」と、斉藤さんが焦った様子で言った。
「郁美が、警察が来る前に協力者が来るかもって」と、範子さんが言った。
「俺たちに、気がつかなくても?」と、大竹さんが聞いた。
「郁美さんの考えは、『何もなくても、日課でこの家に来る』ってことですね」と、僕は言った。
「そうかー。うーん」と、頭を抱える温子さん。
「どうする?どうする?ねえ、どうする?」と、パニックになったアメリカンさん。
「郁美さん。どうします?」と、僕は聞いた。彼女が、この場で一番冷静だと思ったからだ。
郁美さんと範子さんが、ボソボソと相談しあった。その結果を、範子さんが発表した。
「ここは、正攻法で行きましょう。警察に電話する。警察が来るまで、私たちはここを守る。そうしよう」
これで、結論が出た。




