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銀子と僕と自己肯定  作者: まきりょうま
第5話 後部ライト
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第5話-4

 下田さんは、カバンからノートPCを出した。それを、店のカウンターの上に置いた。ケーブルも取り出し、広告用の大型モニターとノートPCを繋いだ。みんなは、冷蔵庫の前から店内に移動した。大型モニターを囲んで、好きな場所に座った。お客さんはゼロなので、気にすることはなかった。

 みんなで、画面に集中した。下田さんの会社名が書かれた、ログイン画面が表示されていた。

「ヘェ〜」

「なんか、すごい・・・」温子さんが、ため息混じりに言った。

「正確に言うとね。俺は、ログインIDを持ってないんだ」と、下田さんはいたずらを白状するように言った。下田さんは、次々に現れるログイン画面に、淡々とIDとパスワードを入力して突破して行った。スマホも、チラチラと見ていた。ワンタイム・パスワードを使っているようだ。

「俺が使ってるのは、先輩のID。後で『真夜中にログインしていた』って、始末書書かされるよ」下田さんは、泣きそうな声を出した。「先輩にも、迷惑をかけちゃうな」

「こらっ!男が、小さいことを気にするな!」すかさず、範子さんが怒鳴った。「人の命が、かかってるんだよ?」

「事件解決のためだって、堂々としてればいいじゃない!」珍しく温子さんまで、少し怒っていた。

「ヒエー(涙)」下田さんは、首をかけて協力してくれた。

「しかし、進」と、斉藤さんは冷静に言った。「データから、車輌がエデンと特定できても・・・」

「はい」と、僕は返事をした。

「データ自体は、時間と位置情報を表した『点』に過ぎない。そんなものを、一か月分も集めてどうするつもりだ」

「データが膨大過ぎて、素人じゃ集計できないですね」と、片野さんが続いた。

「・・・そうなの・・・?」範子さんが言った。彼女はすぐに、手話で郁美さんに伝えた。すると郁美さんも、明らかに落胆した顔になった。郁美さんが元気をなくすと、みんなもつられて暗い気持ちになった。

「できるよ」と、あっさり下田さんが言った。「うちの会社のシステムを使えば、ある車輌の行動を視覚化できる」

「すごい!」と、温子さんが手を叩いた。

「でも、こんな時間にアクセスして、不審なログインとシステムに判断されるかも・・・」下田さんさんは、まだグズっていた。

「人命第一!根性入れてよ!」と、怒鳴る範子さん。

 郁美さんが、PCを操作する下田さんを見つめた。そして彼の肩に、そっと優しく手を置いた。下田さんは、たまらず苦笑した。美少女は強い。

「過去一か月に、この付近を走ったエデンは57台だ」そう、下田さんが宣言した。

「意外に、少ないっすね」片野さんが、斉藤さんに顔を向けて言った。

「エデンは、あくまでファミリー・カーだからな」斉藤さんが言った。

「というより、若者のデート用の車だ」と、大竹さんが付け足した。

「そうですね、内装もお洒落ですし」と、片野さんが返した。

「そうだろ。若いだろ」店長は、自分の若さにこだわっていた。

「ねえ。結局、何がわかったの?」範子さんが、少しイライラして聞いた。

「犯人は、毎晩のようにこの前のコンビニに来ていた。その車の候補が、たった57台しかないんです」と、僕は範子さんに説明した。

「そういうことだよ」と、下田さんが言った。「57台なら、あっという間に終わる」

 大型モニターに、地図が映し出された。次に、車の走行データと思われる線が、虹色表示された。

「暖色が、今日から31日前。だんだん寒色に移って、昨日が黒で表示している。モニターに移っているのは、57台中の最初の一台だ」

「わかりやすいー」女性陣が、歓声を上げた。

「実はこの地図、google map を、そのまま使ってるんだ。うちの会社が google 社と提携しててね」

「ヘェ〜」感心するみんな。

「普段は一度に、 10万台、100万台くらいの走行データを分析してる。ビッグ・データだね。だから、一台ずつなんて初めてだよ」と、下田さんは続けた。

 記念すべき最初の一台は、この付近の狭い地域しか移動していなかった。また、この店にも、向かいのコンビニにも来ていなかった。

「こうやって、一台ずつ確認すればいいのね」と、温子さんが言った。

「そうだ。とにかく、やってみようぜ」と、下田さんが言った。

 下田さんがPCを操作し、モニターに一台ずつ走行データを映してくれた。

「チェック・ポイントを、確認しておきましょう」と、僕はみんなに言った。「ポイントの第一は、何か不自然というか不思議な走行データであることです。もし不審な点があったら、走行データがこの店の付近を通っていないか、確認しましょう」

「まず、この辺に来てるかチェックしたら?」と、斉藤さんが提案した。

「それでもいいと、思うけど」と、店長が言った。「毎日この店か、向かいのコンビニに寄ってるだけかもしれないぞ。つまり、普通のお客さんだ」

「銀子と友達がエデンに乗ってたら、間違いなく毎晩引っかかるな」と、大竹さんが言った。

「向かいのコンビニは、いつも繁盛してます。それでは、候補者が多くなります。何か目立つ、際立った特徴を見つけたい・・・」と、僕は言った。

「犯人の車にはそれがある。と、言いたいんだろ?」下田さんは苦笑いしながら、僕を見た。

「はい、次」

「次」

「その、次」

 下田さんは、モニターに次々と走行データを映してくれた。でもどの車も不審な点はなく、このそばも通っていなかった。

 十台、二十台、三十台、・・・。

「これ、意外と疲れるな」と、店長が泣き言を始めた。

「店存続の危機なんだよ!ほら、がんばって!」範子さんはみんなを叱り、それから励ました。

「ああっ!」三十数台目で、片野さんが大声を出した。みんなも、「おっ!」とか、「うっ!」とか、短く叫んだ。というのはその車が、県外を超えて大きく走り回っていたからだ。

「いや、これは釣り好きだよ」と、下田さんが言った。

 彼が画像をクローズ・アップすると、三浦半島、伊豆半島、房総半島の海辺近くになった。さらに拡大すると、海辺の駐車場が現れた、

「3月◯日。停車時間は、朝5時から11時。間違いない。釣りだよ」

「ねえ。なんで、わかるの?」と、温子さんが聞いた。

「魚が一番釣れるのは、早朝と夕方なんだ。だからこいつも、朝5時に現地に到着してるんだ」と、下田さんが説明した。

「うわー、こえー」と、大竹さんが悲鳴を上げた。「こんなの全部わかったら、俺は何もできないじゃん」大竹さんには、可愛い彼女がいた。でも彼のナンパ好きは、有名だった。

「ちょっと!やましいこと、してるからでしょ」範子が軽く一蹴した。

 毎週日曜日に箱根に行き、毎回ほぼ同じコースを通っているデータがあった。

「これ、何してるんだろ?」と、店長が聞いた。

「毎週違う女を、箱根に連れて行ってるんですよ」と、斉藤さんが答えた。「車から綺麗な景色を見せて、眺めのいい喫茶店でお茶。お洒落なお店で食事して、粋な土産物屋に寄る。それを、繰り返してるんでしょ」

「そんなもんですか?」と、片野さんが気のない返事をした。

「いや、そんなもんだよ。俺も、変わらないよ」と、大竹さんが答えた。

 少しずつ、みんなに疲労が見えてきた。57台のチェックは、なかなか骨の折れる仕事だった。しかも四十台を超えても、何の手がかりもなかった。

「もし全台とも、この付近に来ていなかったらどうする?」と。下田さんが僕に聞いた。

「仮説を、練り直します」と僕は答えた。「まず、エデンの前モデルの可能性がある」

「なるほど」と言って、下田さんは吹き出した。「こりゃ、徹夜だよ」

「徹夜だっていいじゃん!」と、範子さんが言った。「ねえ、たった今もお客さんゼロだよ。この調子じゃ、来月には閉店だよ」

「その通りだ」

 そう、店長が答えたところだった。

「あああああああーーーー!!!?」

 範子さん、郁美さん、温子さんが同時に叫んだ。モニターに映った車は、山梨県へ何本も走行データが伸びていた。いや、長野県まで届いていた。

「今度のやつは、スキー?」と、斉藤さんが聞いた。

 女性陣は、三人で輪になった。郁美さんと範子さんは、手話はで激しく会話した。温子さんの言葉を、範子さんが郁美さんに伝えた。小声で二分ほど話し合って、結論が出た。

「この車、怪しい」三人を代表して、範子さんが言った。

「どうして?」と、片野さんがすぐ聞いた。

「この車は、長野県の八ヶ岳まで行ってる。あそこは山の中腹に、広い別荘地帯があるの。でも今はブームが去って、閑散としてるの」

「だから?」

「人気がないから、銀子を隠すにはもってこいの場所でしょ?」

「あああー」みんな、びっくりだった。僕も驚いた。

「範子の言う通りだぞ」と、下田さんが行った。「この車は、銀子がいなくなった日以降、蓼○に通ってる。きっかり、毎土日に。」

「それで、まさか・・・」と、店長がおそるおそる言った。

「目の前のコンビニにも来てます。一ヶ月前から、銀子がいなくなった日まで。それ以降、来てないですね」と、下田さんは言った。

「ホントすか・・・」と、片野さんが言った。口をあんぐりと開けて、たまげていた。

「前のコンビニに来た時は、だいたい22時から3時くらいまでいる。コンビニ店員の証言とも一致するな」と、下田さん。

「ねえ、どうする?」と、焦ったように範子さんが言った。「警察行く?」

「相手にされないだろ」と、斉藤さんが言った。「素人の仮説を積み上げただけじゃん」

「確かにな」と、下田さんも同意した。「これだけじゃ逮捕できない。証拠がほとんどない」

「僕たちの目的は、犯人を捕まえることじゃないです。銀子を助けることです」と、僕は言った。「蓼○に行きましょう。今すぐにでも」と、僕は言った。

「よしっ。行こう。明日。蓼○に行こう!」と、範子さんが言った。

「明日ー?」大竹さんと斉藤さんが、同時に声を上げた。

「銀子が待ってる。行かなきゃ」温子さんが、噛み締めるように言った。

「ちょっと、待てよ」と、店長が言った。「下田、この車は土日しか蓼◯に行ってないんだろ?」

「そうですね」と、下田さんは答えた。

「月曜から金曜までの、銀子の食事はどうするんだ。猫じゃないんだから、キャット・フードを皿に山盛りでは済まないぜ」と、店長は言った。

「それは、確かに・・・」と、斉藤さんがうなった。

「あ・・・」郁美さんが、また発言を求めた。範子さんから、店長の考えを聞いたのだ。

「郁美ちゃん。なんだい?」と、大竹さんが優しく聞いた。

「郁美が、蓼◯に共犯がいるって。犯人の、協力者がいるんだって」範子さんが、郁美さんの考えを披露した。

「なるほどー」と、片野さんが言った。

「それなら、つじつまが合うね」と、温子さんも言った。

「だが、証拠はない」と、下田さんが言った。

「だが、有力な仮説じゃないか?」と、店長が言った。みんな、何も言わずにうなずいた。

「ねえ。明日、蓼◯に行こう。銀子を探そう。わからないことを突き止めよう!」温子さんが、珍しく興奮して言った。

「頼むぞ。この店のためにも」と、店長が続いた。

「決まりだね」と、範子さんが言って笑った。

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