第4話-2
翌日の16時。僕は、範子さんと温子さんと雑木林の前にいた。二人は、僕に付き合ってくれたのだ。
「ねえ、どうやって調べる?」と、温子さんが聞いた。
「この広い林を、どうするの?」と、範子さんが不安そうに言った。
「犯人の身になって、考えましょう」と、僕は二人に言った。「この雑木林のどっかに、人が埋まるくらい穴を掘る。相当、大きな穴になります。埋め戻したら、そこは深い場所の土の色になるはずです。地中の土は、表面よりずっと濃い色です。周りとは、はっきり違います」
「なるほどね」と、温子さん。
「そりゃあ、そうだ」と、範子さん。
「枯れ枝や落ち葉で、カモフラージュしているかもしれません。でもそんなことをすると、どこか不自然な枯れ枝や落ち葉になります。人の手が加わった不自然さです。よく見れば、きっとわかると思います」と、僕は言った。
範子さんと温子さんには、雨靴を用意してもらった。僕は、ハイカットのブーツだ。革靴やスニーカーだと、急な斜面は歩けない。雑木林の端に立って、靴を履き替えた。
「始めましょう」と、僕は言った。「3m間隔で横に並んで。左右1.5mが、自分の持ち場です。じっと見て、地面の様子と土の色を見ていきましょう」
「林をまっすぐ、向こう側の端まで行くの?」と、温子さんが聞いた。
「はい」
「ヒエー。500mくらいある?」と、範子さんが泣きそうな声を出した。
「向こう側の端まで着いたら、9m横にずれて戻ってきます。僕が木の枝に、目印のテープを巻いていきます。テープを頼りに、くまなく見ていきましょう」
「あなたさあ、将来こういう仕事したら?」と、範子さんが少し呆れて言った。
「警察ですか?」雑木林に分け入りながら、僕は答えた。
「うーん、そうじゃなくて。なんか、すごくコマイ仕事がいいと思う」と、温子さんが笑いながら言った。
三人並んで、慎重に雑木林を進んだ。あらためて、林の広さを思い知った。これは、今日で終わらないぞ。と、僕は覚悟した。それでも、いいさ。
「きゃっ!」
温子さんは、しょっちゅうよろけた。その度に彼女は、範子さんに抱きついた。範子さんは、たくましかった。性格に似て、身体も頑丈だった。
「落ち葉ってさ、こうやってじっと見ると結構綺麗だね」と、範子さんは言った。
「そうだね。それにさ、森の中って結構落ち着く」と、温子さん。
「夜は怖いのにね」
「森林浴だね」
「ホントだ、ホントだ」
そんなおしゃべりをしながら、僕たちは進んだ。しゃべっていないと、気が滅入ったはずだ。死体が埋まった穴を探しているんだから。見つけたくはなかった。でも、確かめなくてはならない。
雑木林を一往復して、スタート地点に戻った。そこに、斎藤さんが車で現れた。車の中には、片野さんと郁美さんが乗っていた。
「人手がいるだろ?」とだけ、斎藤さんは言った。
郁美さんは、自分の発言を相当気にしていたそうだ。だが耳の不自由な彼女が、土地勘のない場所に出かけるのは危険だ。そこで斎藤さんに、「車で送ってくれ」とLINEをした。そうしたら、郁美さんに惹かれて片野さんもついてきた。
三人に要領を説明して、六人で一列になった。六人いれば、一度に18m確認できる。大幅なスピードアップだった。ただ、後から来た三人は普通の靴だった。だから、歩くスピードが少し落ちた。
「ああっ!」片野さんが、林に入ってすぐ叫んだ。「この穴、穴」
「これは、自然な窪みだよ。それに、この大きさで人が入るわけないじゃん!」と、ご立腹の範子さん。
「ホントだよ。びっくりさせないでよ」温子さんも、珍しく不機嫌になった。それは緊張のせいかもしれなかった。郁美さんだけが、優しく笑っていた。
「こ、この、枯葉!不自然じゃね!?」
斎藤さんが、かなり動揺した様子で言った。怯えたような顔は、彼らしくなかった、指差す先を見ると、確かに枯葉が人為的に盛り上げた気配があった。でも、そのすぐ脇に小さな穴があった。見上げると、雑木林の中に竹が数本生えていた。
「タケノコ掘りですね」と、僕は穴を指差して説明した。
「なるほどー」と、斉藤さんはホッとした様子でうなずいた。
「てことは、この林も、たまに人が入ってるんだね」と、片野さんが言った。
「でも誰も、人を埋めた穴は探してないでしょう」と、範子さん。
「そんなことするの、私たちだけだ」と、温子さんが笑った。
1時間かけて、砂利道の上半分が終わった。しかし道の下半分は、さらに急斜面だった。そんな不便なところに、人を埋めるか?という気もした。
「やろうよ。ここまで、来たら」と、範子さんが力強く言った。彼女が言うと、誰も何も言えなかった。
幸い、三月の陽は伸びていた。とはいえ、夕方になるにつれ、雑木林の中は一気に暗くなった。穴探しは、当然スピードダウンした。仕事が終わったのは、18時半だった。
「つれーっ(つらい)」雑木林の外に出たとき、斉藤さんが叫んだ。
「スニーカーじゃ、大変でしたよね」と、僕が言った。
「捻挫しそうだったよ」と、片野さんが言った。疲労困憊の様子だった。
「でも、よかったよ」と、斉藤さんは言ってくれた。
「うん。よかった!」温子さんも、嬉しそうだった。
「郁美は?」と、範子さんが彼女に聞いた。
郁美さんは、コックリと大きくうなずいた。彼女は満面の笑みを見せた。誰よりもホッとしたのだろう。自分の不気味な予感が、思い過ごしだとわかったのだから。郁美さんは、範子さんの言葉を聞き取れる。多分、読唇術だと思う。
反省会をすることになり、僕たちは店に集合した。今夜は、お客としてだ。六人掛けに、男女に分かれて座った。というのは、女性席は範子さんが真ん中と決まっているからだ。片側に、範子さんの妹分の温子さん。もう片側に、親友の郁美さん。郁美さんの発言は、範子さんがすぐ補ってくれる。iPadは不要だった。
「カンパーイ!!!」
僕たちは、まずジュースで乾杯した。バカみたいだけど、達成感があった。遺体を埋めた穴は、見つからなかった。だから、銀子の死体は見つかっていない。僕たちは、か細い糸にしがみついていた。銀子の命に。
「まったく。斉藤君と片野君が悲鳴上げるからさ、心臓に悪かったよ」と、範子さんが文句を言った。
「悲鳴は出してないぞ」斎藤さんと片野さんが、同時に言った。斉藤さんはムッとして反論したが、片野さんの顔は赤かった。本当に怖かったのだろう。
「まあ、いいけど」と、範子さん。
「よくないよ」まだムッとしている、斉藤さん。
僕は考えた。銀子がさらわれて、もう二週間だ。警察も、大した手がかりをつかんでいないようだ。風が吹けば砂が飛ぶように、時間が経つほど証拠は少なくなっていく。では、どうすればいい?
「今日は、これでよかったと思います」と、僕は言った。「で、次はどうしましょう?」
「次?」と、斉藤さんがびっくりしたように言った。みんなは、いっせいに真剣な表情に変わった。
「事件は、この店で起きました。この店を知っているのは、僕たちです。銀子をよく知っているのも僕たちです。何か、『手がかり』を見つけられるはずです」
「そうだよ、確かに。私たちが、一番事情を知ってるんだよ」と、範子さんが言った。するとすかさず、郁美さんがモゴモゴと範子さんに言った。「郁美もね、私たちしか気づけないことがあるって」
「気づいたことは、全部刑事に話したつもりだけど・・・」と、片野さんが肩を落とした。彼は、自分が責められていると思ったようだ。事件現場の、一番近くにいたのは片野さんだから。
「じゃあさ。最初にはっきり言うぞ」と、斉藤さんがちょっと怖い顔をして言った。「犯罪を犯すってのは、人生台無しにするってことだ。それを承知で、犯人は銀子をさらった。人生台無しにしても、犯罪やるバカの目的は一つ。性欲だよ。ヤりたいだけだよ」
斉藤さんの言葉が、僕の胸に刺さった。とても深く。斉藤さんと、僕の意見は一緒だった。
「だから、何なの?」と、範子さんが言い返した。
「だからさ。レイプできればいいわけだよ。終われば、相手は用なし。むしろじゃまだ。そんなもんだと思うよ」と、斉藤さんは言った。
「多分、その通りだと思います」と、僕は言った。
「進。あなたまで、そんなこと言う?」温子さんが、とてもびっくりして言った。温子さんに怒られたみたいで、僕は下を向いて小さくなった。
「ちょっとちょっと。大事なのはここからだ」と、斉藤さんが僕と温子さんの間に入った。「大事なのは、犯人は性欲以外何も考えてないってこと。後のことは考えてないんだよ」
「だから何!?」と、範子さん。彼女も、少し感情的になってきた。
「何にも考えてないヤツは、予想できないことをするんだよ。レイプして、被害者が死んだ。そのときになってやっと、後のことを考える。山の中にいたら、山に埋める。海にいたら、海に捨てる。山の中にいて、海に捨てるヤツもいるだろう」
「もういい。わかったよ」範子さんは言い返したが、さっきまでの元気はなかった。
「犯人のすることは、行き当たりばったりなんだよ。理屈ではわからないことをするんだ。それをよくわかっておかないと、いくら調べたって何も見つからないぞ」
「あのですね」と、僕は場を取り繕うように切り出した。「もう一度、最初に戻りましょう」
「また、俺の話?」と、片野さんは嫌な顔をした。
「いえいえ」と、僕は首を振った。「あの夜、犯人は銀子をさらった。でも、銀子の友達は犯人を見ていない」
「そうなんだよね」と、温子さんがあいづちを打った。「公開捜査になったのに、犯人の似顔絵は公表されてないもんね」
「それはさ」と、範子さん。「友達は、銀子のご家族が迎えに来たと思い込んでたんでしょ」
「そうだった」と、片野さん。
「ご家族だと思い込んだら、相手の顔をじっくり見ないよ。と、郁美が言ってる」と、範子さんが代弁した。郁美さんが、大きくうなずいた。
「それにね」と、片野さんが言った。「例の期限切れクーポンを使わせろって、銀子の友達はだいぶ粘ったんだ。俺がはっきり断って、友達は諦めた。そのとき、銀子はさっさと帰ってたんだ」
「つまり、銀子と犯人を見る時間は、ほとんどなかったかもしれない」と、僕は言った。
「そうかもしれないが、銀子の友達に聞かないと本当のことはわからないだろう」と、斉藤さんが指摘した。
「ねえ、私が気になるのはさ」と、温子さんが言った。「銀子の友達は、家族だと思ったんでしょ?それくらい、銀子は自然に車に乗ったんじゃない?」
「すると、銀子の顔見知りが犯人?」と、片野さん。
「あるいは車だけ見て、『銀子の家族が迎えに来た』と、思い込んだ。かな?」と、斉藤さんが独り言のように言った。
「二人で、同じ思い込みするとさ、信じちゃうよね」と、温子さんが言った。
「一人だと、『本当かな?』と疑う気持ちが生まれる。でも二人だと、疑えなくなる」と、僕も温子さんに賛成した。
「ねえ、郁美がさ」と、範子さんがさらに真剣な目で言った。「真実はやっぱり、銀子の友達しかわからないって」
「では、会いませんか?友達に」と、僕は言った。
「銀子の友達って、どこにいるんだよ?」と斉藤さん。
「私、知ってるよ」と、範子さんがあっさり答えた。




