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『キツネとヤギと速記の沼』

作者: 成城速記部

 キツネが井戸に落ちました。多分、深層心理で、井戸に落ちたいと思っていたのでしょう。

 さて。どうやって上がるかです。

 できれば、早くこの場を離れたいものです。移動したいというか。

 井戸は、キツネの体には、少し広いようです。前足後ろ足を突っ張っても、井戸の直径に足りません。そうして少し深いようです。跳んで何とかなるものではありません。ただおいしい水だけはたくさんあります。そんなに深くないのが救いでした。これで深かったら、そんなに長いことなかったでしょう。

 とにかく、誰かに発見してもらわなければなりませんが、助けを求めるのは、キツネの望むところではないのです。借りをつくりたくありませんし、日ごろの自分の行いを考えますと、助けてもらえるかあやしいところです。

 そういうようなことで、キツネは、朗読を始めました。キツネは、記憶力には優れていますので、暗唱できる速記問題文は、幾つもあります。

 二十ばかり読んだところでしょうか、一頭のヤギが、井戸の中をのぞき込んできました。

 キツネ君、全体そこで何をしているんだね。

 おや、これはヤギ君。お聞きのとおり、速記の問題文を朗読しているのさ。

 いや、それはわかるよ。どうしてこんな井戸の中で朗読をしているのかってことさ。

 井戸の中はね、湿度が高いから、のどにいいんだよ。何時間朗読したって、のどを痛めない。あとね、朗読をしていると、体がほてってくるけれど、それを井戸の水で冷やせる、と、こういうわけさ。

 なるほど、それで井戸の中かい。僕も朗読をしていて、のどを痛めることがあってね。今度、試してみることにするよ。

 ちょっと待った、ヤギ君。僕はもうしたたか朗読したところだから、君にこの井戸をお譲りするよ。

 いや、それは悪いよ。僕も、きょうは用事があるし。

 そうかい。この井戸はね、予約制になっていて、来年までいっぱいなんだよ。きょうだって、半年以上前に出たキャンセルを僕がやっとのことで押さえたんだ。さっき君が、興味ありそうなことを言ったから、僕も勧めているわけだけど、用事があるなら仕方ないね。

 こういう言い方をされますと、急に惜しくなってきます。

 キツネ君、もし嫌じゃなかったら、僕にも試させてもらえるかい。

 もちろんだとも。さ、一思いにどぼんと来るがいい。

 ヤギ、一思いにいきました。

 ヤギはめいめい朗読しました。キツネはわざとらしく咳をしました。

 ヤギ君、僕はさすがにのどが疲れたから、あとは存分にやってくれたまえ。

 言うが早いか、キツネはヤギの背中に乗り、井戸の外へひらりと飛び出ました。

 ありがとう、キツネ君。僕は、ヤギ界一番の朗読者を目指すよ。

 だまされたことも知らず、ヤギは、気持ちよく朗読を続けるのでした。



 教訓:何日か後にキツネが様子を見に行ったところ、ヤギは無事だったという。ゴートのゴーストになんかなっていなかったというような意味において。

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