たったひとつの冴えたやりかた
「シロクロさん。あの。私ずっと気になっているんですけど…。」
「んんん?どしたのんミヨちん?気になることかぁ!私もいっぱいあるよ!悩みがあるって楽しいよねぇ!その悩みは大切にしてあげてね!かくいうわたしも今たっくさんの悩みを抱えててね!うふふ!すっごく楽しい!ミヨちんに今でも全然勝てないことも悩みの一つなんだけどね!」
この人は喋り始めると止まらない。
質問をしたかっただけなのに気が付けば話のペースを持っていかれてしまう。
愉快な人だし悪意はないしただただ楽しくて仕方がないだけということは理解できるので嫌ではないんだけど…。
「今回の現世は…科学があまり発展していないですよね。」
シロクロさんの視線がぎゅんとこちらに向かって固定される。
彼女は普段どこを見ているのかよくわからないことが多い。
常に色々なことを考えているからなのか視線がいつも彷徨っているのかなと私は思っている。
「私が確認した限りだとセンゴクやギルドもそうなんですけど…連合国も…シロクロさんがいた世界と比べて…えぇ?」
シロクロさんは気が付くとぼろぼろと大粒の涙を流し泣いていた。
「うえぇええん!そうなんだよぉおおお!わたしもさぁあああ!本当はさぁあああ!もっとさぁああああ!すっごいわたしが見たこともないようなさぁああああ!」
うわぁ、わんわんと泣き出してしまった。
先程までは楽しそうにころころと笑っていたというのに。
こ…これは私が悪いのか??
「えっとあの…泣かないで…。私が言いたいのは…なんだろ…シロクロさんを責めたりしたいわけじゃなくって…あの連合国の機械は何で動いてるのかなって気になって…」
「え!ああ!あれね!あれはね!蒸気機関で動いてるんだよ!」
うわあ急に元気になった。
「蒸気機関…えっと汽車とか蒸気船で使われてたような…。」
「お!話がわかるね!あれは結局の所は熱エネルギーを運動エネルギーに変換してね…」
まだ涙が渇いてもいないのに蒸気機関の解説を楽しそうに始めてしまった。
…この人は、感情が豊かなのだけれどその感情表現はとてもまともであるとは言えない。
純粋ではあるし単純とも言える。
だけど、感情の『深さ』も『速さ』も異常だ。
ブレーキもアクセルもハンドリングも全てが高水準のレースカーのようだ。
一見暴走しているように見える。
というかどう見ても暴走しているようにしか見えない。
でも気が付けばちゃんと目的地には付いている。
何もかもがピーキーすぎるよなあ。
…少なくとも私のような普通の感性ではまともについていくことすら困難だ。
これも『狂想』の影響になるのかな。
狂想かぁ。
『鑑定』で見てもこの固有はよく意味が分からない。
一応書いてあることを理解はできるんだけど…それがどうなったらこうなるのか…。
「ああそうだそうだ!聞いて聞いてミヨちん!遂にそろそろ出来上がりそうなんだよ!パンダナイト!」
「えっ?ぱんだないと?」
いつの間に?というかパンダナイトって何?
一応コトさんに言われてるから何をやっているのかはある程度把握してるつもりなんだけど…。
「うふふふふ!これでわたしも楽しく遊べるぞぅ!あとは最終調整だけ!やってやるぞ!やっちゃるぞぉ!」
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「なるほどさっきの獣の魔法とは違う魔法に切り替えてきたか。手札の豊富さも魔法の利点になるか。」
ふっくらとした鳥が複数でこちらに飛んでくる。
手ではじくとバンバンと耳をつんざくような音を出しながら爆発する。
すぐに破壊されると咄嗟に判断して破壊されることを前提とした魔法をぶつけてくるようになった。
これならば消耗も少なく手数を稼げると考えてぶつけてきているのだろう。
あの雑魚共を蹂躙したときには格下相手の魔法を使いこちらには格上に対する牽制を行ってきているのは好感が持てる。
無数の鳥が曲線的な軌道で飛んでくるのは全てを回避するのは難しいだろう。
流石にすべてを捌き切ることはできないので最低限を破裂させて間を抜けて前に進んでいく。
魔力切れを待ってもいいが…折角の機会なのだから最大限楽しもう。
この世界の魔法というのは存外楽しめるようだ。
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やばいやばいやばいやばい。
アイツは一体何なんだ。
フェンリルが一撃で破裂した。
しかも武器を持っている様子もない。
破裂前提の梟をぶつけて何とか足止めを狙おうとしてるが前に進む足が止まらない。
最低限の動きで避けつつ避けられない梟を素手で破壊される。
素手で破壊というか爆風は直撃しているはずなのに全くダメージを受けている様子もない。
普通なら手足が吹き飛んでもおかしくないくらいの威力は出ているはずなんだが…。
考えろ考えろ考えろ考えろ。
頭を動かせ。
この敵はあたしが生きてきたなかでも段違いに1番強い敵だ。
勝つことは考えるな。
死なない事だけを考えろ。
このまま続けば全員が死ぬ。
あいつ1人であたし達を全員殺せる。
あれは…殺す事しか考えていない。
「大魔女グィネヴィア。任せてもいい?」
「イゾルデ。頼む、一緒に考えてくれ。」
「了解。勝率は?」
「0だな。時間を稼ぐのと被害を減らすことだけ考えてくれ。」
「あらあら。久しぶりじゃない。たまにはいいわね。そういうのもさ。」
イゾルデも軽口を叩いてはいるが最悪の状況だというのは理解しているようで敵から目を離そうとはしない。
「降参してみる?案外命はたすけてくれるかも。」
「ないな。アイツからは殺す気しか感じない。それに奴らの最終目標は全員を殺すことだ。思い通りにならないあたしらを生かしとく理由もない。」
「全員で散り散りに逃げるってのはどう?」
「今は寝てる英雄の奴らもすぐに起きて追いかけるだろ。そうなれば捕まるのは子供達だ。」
「…子供達を囮にして生き延びるくらいなら死んだ方がましよねえ。」
「それじゃあ…」
本題を切り出すように。
あくまでも口調は軽く。
朝食何食べるかを訊ねるようにイゾルデは提案をした。
「誰か1人が犠牲になって時間を稼いで他のみんなを逃すっていうのはどう?」
「…だめだ。」
「私なら」
誰かと言いながら自分がやる事は決定事項のようだ。
「時間も稼げる。グィネヴィア、その間にあなたならみんなを逃がしてあげられるでしょう。」
「あたしはだめだって言ったんだ。」
「英雄の馬鹿どもは寝てる。片割れの女はぼんやりしてる。それに私は奥の手をまだ見せていない。」
「イゾルデ。冷静になってくれ。頼むから他の手段を考えてくれ。」
無数の爆発をぶつけてもぶつけてもまるでそよ風の中にいるかのように歩みを止めずこちらへ近づいてくる。
どうすればいい。
誰か。
お願いだから。
ああ。
もうほとんど時間も残されてない。
いやだ。
いやだいやだ。
諦めないでくれ。
置いていかないでくれ。
あたしは。
もう大切な人を失いたくない。
眼の奥から涙が溢れそうになるのを必死で堪えながらイゾルデを一生懸命に睨み付ける。
イゾルデは。
どこかすっきりとした表情をしていた。
こちらを見て優しく目を細め微笑むと。
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような口調で。
私に言い聞かせた。
「いやね」
「私はとても冷静に考えたのよ」
「こんな事態になったのは私のせいでしょ」
「私があなたの言うことを聞いて現状の維持に努めてればあいつが動き出す事はなかった」
「だから私が責任をとるってだけ」
「今までどれだけ沢山の人達が死んでるか考えたら」
「私1人の犠牲が増えたからってどうって事はないじゃない」
「ただ長く生きたエルフが仲間を守って死んだだけ」
「ふふ」
「とても名誉なことだわ」
「あなたが代わりに?ダメよグィネヴィア」
「あなたは絶対に生き残らなきゃダメ」
「気付いてる?あなた私の提案にダメとは言ったけど無理だとは言わなかった」
「本当にあなたは優秀」
「きっと上手くいく」
「これからの世界にもあなたは必要なのだから」
「あなた達を逃がせれば私たちの勝利」
「だから」
「せめて笑顔で送り出して頂戴」
「おねがいよ」
「大魔女グィネヴィア」
あたしは止められず。
イゾルデは1人で走り出していた。