序曲
「なあ。大魔女グィネヴィア。いつになったらこの戦争は終わるんだい?」
「…あたしにそれを聞くのか。」
「いやいや。すまない悪かった。この世界の戦争を誰よりも終わらせたいのはほかでもない君だったな。」
「そう思うんだったらしゃべっていないでちゃんと手を動かして…ください。先代。」
「はは。先代か。そうだったね。いつも通りに君に話しかけていたものだからついうっかり私が上のような立ち振る舞いをしてしまった。」
からからと笑う。
この人はあたしに色々なことを教えてくれた人だ。
ついつい。意地が悪く厳しい言葉を言ってしまう。
「上も下もありません。あたしがギルドの責任者となったのは貴方に偉そうな振る舞いをするためではありません。」
「そうだね。君はそういう事には全く興味はなかった。だからこそ私も心置きなく君に任せることができる。」
「…はぁ。あたしは優先して戦場の最前線に立ちます。あたしがいなくなった時に貴方はいつでも元の立場でこのギルドをまとめることが出来るよう準備をしておくように。」
「最前線に?それはこの国の人達は喜ぶだろうねえ。なにせ君はこのギルドの最大戦力だ。君ほどに強い魔法使いというのは果たしてこのギルドの歴史の中で誰かいるんだろうかね。」
「お世辞は結構です。つまりあたしが言いたいのは…」
「私の仕事は君の影武者だろう。…まさか最高権力者となったにもかかわらずそれを公表するなと言われるとは思わなかったよ。」
「あたしは…まだ若いから。人の上に立ったとして周りがいう事を聞いてくれるとは思いません。」
「はは。そういう事にしておこうか。いやさ。またしても不敬な物言いになってしまったね。失礼いたしました。」
「…貴方にはまだまだ頑張って働いてもらわないといけなません。あたしは…貴方のように立派にギルドを引っ張っていく自信はないから…。」
「何を言うんだい。そんなにも…強い君が自信なさげにしているのは。不思議だね。」
「だって…あたしにギルド全部を背負えるとは到底思えません。」
譜面台を出てから10年が経った。
あたしはずっと戦場で戦い続けていた。
より大変な仕事を。より危険な場所へ。
そんな日々を続けて運よく生き残り続けたあたしは。
気が付いたらギルドの英雄としてこの国の最高責任者へと任命されていた。
「ガレス。ねえ貴方ほどの優秀な人がどうしてあたしなんかに後続を任せようと思ったんですか。」
「優秀ねえ。君に言われてはいそうですねと喜べる人はそうはいないだろう。」
「…あたし別にそんなつもりじゃあ。」
「ん?ああ。ごめんね。私は喜んでいるんだよ。なにせこのギルドで君ほどではないにせよ優秀である自覚はあるからね。」
「…。」
「はは。君が言う通り私は優秀だよ。だが…もう疲れてしまったのさ。」
「そんなことで…。」
「もう。この戦争はずっとずっと続いている。私が生まれるずっとずぅっと前からね。」
「…。」
「私がこの立場に立って戦争の音頭を取るようになってもうすぐ500年が経つ。」
「500年…ですか。」
「そう。君はまだ25歳だったかな。その君の年齢のだいたい20倍だ。それだけの間。私はずっと戦争を続けてきた。」
「…。」
「私達エルフは。長い時を生きる。きっとこのままずっと続けることもできるんだろう。でもね。ずっとずっと戦い続けられるわけじゃあないんだよ。」
「…。」
「体が衰えるわけではない。今だって前線に行って指示を出しながらセンゴクの総大将とだってきっと戦えるさ。」
「…。」
「でもね。私の周りの人達はどんどん死んでいくんだ。私の大切な仲間はみんな死んだ。たくさんの。すごくたくさんの人が私を置いて死んでしまうんだ。」
「でもそれは…。」
「ああ。仕方のないことだ。それに彼らだって無駄に死んだわけではない。このギルドの為に精一杯できることをやってくれた。彼らが不幸だったとはとても思わないし彼らがいるから今のこの国はある。」
「…。」
「でもね。私は弱いから。耐えられないんだ。私の大切な人達が私が出した指示でどんどん死んで行く事にね。」
「…。」
「私がこの地位を退いたとしても戦争はずっと続く。でも。その責任からは解放される。私のことを弱いやつだと、無責任だと思うかい?そうだよ。その通りだ。」
「でも…。もうすぐに…この戦争は終わるって。」
「はは。君はよく勉強しているんだね。先生から教わったのかい?」
「…はい。長い歴史を経て計画は順調に進みもうすぐにギルドの勝利でこの戦争は終わると。そう教わりました。」
「そうか。私もね。そう思っていたよ。500年ほど前くらいまでは。」
「…。」
「私の更に前任者はどうやら本気で思っていたらしいよ。もうすぐ勝って。もうすぐ戦争が終わるってね。」
「あたしは…戦争を終わらせたくって。」
「ああ。ぜひ頑張ってくれ。私にできる事ならばなんだってしよう。大魔女ガレスは協力を惜しまない。」
「あなたは。とても優秀な人です。経験も豊富で。魔法も私よりずっと…。」
「はは。長いこと戦場で生きているからね。魔法に関しては…君ほどの才覚はないにしても経験値で何とか君よりもほんの少しだけ優秀だってだけの話さ。」
「あたしは。…あなたのようになりたくって。」
「よしなよ。私のようになってはいけない。私では終わらせられなかった。私は。無力な私は。…命令とあらば命を賭して君の盾となるくらいしかできないさ。はは。」
そんなやり取りをした5年後に大魔女ガレスは戦場で判断を誤ったあたしをかばって死んだ。
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「まさかギルドやセンゴクの奴らと一緒に戦うことになるとは思わなかったよねえ。」
「…ねえ。戦争は終わったはずなのにどうして私達『英雄連合』はギルドと戦わないといけないの?」
「またそれかぁ。何度も言われただろう。これは戦争を終わらせるための最後の戦いなんだって。」
「でもさ。向こうから何かしてきたわけでもないのにどうしてギルドの人達を殺さないといけないの。」
「それも何度も聞いたろ。俺達が殺されないようにだよ。ギルドの大魔女グィネヴィアは俺達『英雄連合』と完全に意見を違えた。このままだと俺達に少なくない被害が出ることになる。」
「でも…まだ何もしていないんでしょう?意見が違うだけなら話し合えばいいだけじゃあ…。」
「話し合いで解決できないから戦いになるんだろう。そこは俺達が考える事じゃあない。」
「そうかもしれないけど…。でも『英雄連合』にはわたしみたいにギルドの人もいるのに…。」
「迷うなよ。生き残るためには迷いは要らない。今はラクネ様とアスラ様のいう事を聞いてればいいんだ。」
「わたしには…グィネヴィア様が戦いを望んでるとは思えないんだ。」
「おい。やめろ。大魔女グィネヴィアを様付けで呼ぶなんて。他の誰かに聞かれたら…。」
「…そうだね。今は敵なんだもんね。…ごめん。多分私が間違ってるんだと思う。」
「…あんまり思い詰めるなよ。元々味方だった相手と戦うんだ。思う所があるのは当然だよ。」
「ありがとう。…ラクネ様とアスラ様が言うんだから正しい事だって言うのはわかるんだけど…。」
「もし戦い辛いって言うんだったら今回の戦闘は休んでいたらどうだ…?俺からも一緒に進言しようか。」
「いや…。流石にそういうわけにはいかないよ。…それにわたしには『英雄連合』の仲間も大切だから…わたしのわがままでみんなに迷惑はかけられないよ。」
「わがままとも思わないよ。それに元々は敵同士だった俺達がこうやって仲良くできているんだ。立場が違うからと言って絶対に分かり合えないとも俺は思わない。もしかしたら大魔女グィネヴィアとも分かり合える可能性だってあるのかもしれない。」
「…うん。」
「でも今の俺達の頭はラクネ様とアスラ様なんだ。手足となって働くと決めた俺達が下手なことを言って他の手足の動きを妨げちゃあいけないだろう?」
「……うん。そうだね。」
「深く考えちゃあだめなんだ。きっと。俺達全員が考えて動いたら…だめなんだよ。」
「…そうだね。考えすぎちゃっていたんだろうね。ラクネ様がいう事に間違いなんてあるわけがないんだから。」
「ああ。そうだよ。ラクネ様の手足になるために俺達はいるんだ。ラクネ様のために死ねるならそれがきっと一番幸せなことだって。わかるだろ?」
「そうだよね。ああ。ラクネ様。ラクネ様。わたしラクネ様の事を考えている時が今一番充実しているんだ。」
「ははは。俺もそうだよ。ああそうだ。難しいことを考える前にラクネ様の為になるかどうかだけを考えれば解決するんじゃないか。」
「そうね。ああ。ありがとうね。話をしたらとてもすっきりした。やっぱり思い悩んでてもダメだね。」
「すっきりしたようでよかったよ。それじゃあ。今日も頑張ろうか。」
「ああ。どうして皆愚かなんでしょうか。」
「ああ。ああ。どうして愚かなのに考えようとするのでしょうか。」
「愚かなその頭で何を考えたとしても無駄だというのに。」
「手足にある脳なんてただただ邪魔で醜くて穢らわしいだけなのに。」
「貴方達がそうして無駄に考えるからわたくしがこうやってぷちぷちと脳を潰してやらないといけなくなる。」
「そんな惨めな脳ならば最初から全部ない方がいいんじゃないかしらって、そうは思いませんこと?アスラ様。」
「それが上に立つ者の義務だ。貴様こそ無駄口をたたかずにその権能を組織の為に使い潰せ。ラクネ。」