七星の勇者と偽りの勇者
彼らが戦い始めてもうかなりの時間が経った。
私はこれまでこんなレベルの戦いを見たことはなかった。
この二人は剣で戦うという点に関しては共通しているがそれ以外があまりにも正反対だ。
柔軟に様々な技術を使いどんな姿勢からでも刀を力尽くで振り抜くロクスケさん。
まるで一本筋が入っているかのように背筋をピンと伸ばし美しい軌道で細剣を振るう自称勇者。
お互いに一定の間合いを保ちながら剣を振り回し致命傷をぎりぎりで避けながら時には剣をぶつけ合う真っ向勝負だ。
ずっと勝負がつかないのを見ると…自称勇者はとんでもなく強いようだ。
ロクスケさんは手合わせという事だからか六道を使っている様子はなかったとはいえロクスケさんの単純な強さはこの世界でもかなりの物だろう。
自称勇者も何か特別な技能を使うでもなく剣の腕前だけでロクスケさんと同等かあるいはそれ以上の剣裁きを見せている。
…勇者かぁ。
そういえばロクスケさんも勇者と呼ばれていたな。
…私という『魔王』を討伐するための勇者。
ただ、ロクスケさんは厳密に考えれば勇者というわけではない…んじゃないかな。
そもそも私が『魔王』であるかどうかという是非は置いておくとしても…私は別に世界を滅ぼそうとしたことはない。
世界を滅ぼす者を倒したものが勇者だというのなら私という平和主義者を討伐していないロクスケさんは勇者だとはとても言えない。
だったら…この自称勇者はどうなんだろう。
なぜこの人は『勇者』と呼ばれる存在なのだろうか。
頭のおかしい異常者が勇者を自称しているのかもしれないが…。
「人は僕の事を『勇者』と。そう呼ぶよ。」
と彼は言っていた。
つまり彼には『勇者』と呼ばれるだけの何かがあるという事だ。
…多分。
さて。
お互い異質な『勇者』である二人だが、長い戦いが続いている。
見ているだけで惚れ惚れするような剣でのやり取りをしていたが少し前に二人の剣はおれてしまったようで素手での戦いへと移行していた。
素手での戦いもお互い見事なものでほぼ互角、ロクスケさんが多少優勢に攻めてはいるが自称勇者もすべての攻撃を見事にさばききっている。
武器が壊れたのだから中断すればいいのにお互いそれをまったくしない。
それどころか二人とも拳が当たるほどの至近距離から一歩も離れようとしない。
そして1時間ほどが経過した。
二人の勇者はというと…。
「お前ふざけんなよ。なぁーにが勇者だ勇者だったら負けたらちゃんと「僕の負けですごめんなさい許してくださぁーい」って言えよお前どう考えてもお前の負けだろうが。」
「はあ?君こそいい加減に負けを認めたまえよ。この勝負どう考えても僕の勝ちだろう。君が惨めにも負けを認めないから終わっていないというだけのことだ。君の方こそ潔く負けを認めて跪いて許しを乞いたまえよ。」
…罵り合いながら取っ組み合いの喧嘩をしていた。
ロクスケさんは自称勇者の髪の毛を引っ張り自称勇者はロクスケさんの足にひたすら蹴りを入れている。
それはあまりにも程度の低い戦いだった。
─────────────────────────────
細身の剣を片手に持った自称勇者の赤い人が私の方へとつかつかと歩いてくるのでロクスケさんがずいと目の前に立ちはだかる。
「ふむ。まずは君が相手をしてくれるというのかい?」
「勇者のポルクか。…見ねえ顔だな。手合わせしてくれるってならまあ俺が相手してやるが…」
「ポルクとは呼ばないでもらいたいな。ステラと呼んでくれたまえよ。眼帯くん。」
「遮るなよ。オレが話してんだろうが。気に入らねえな。お前オレを無視してあっち行こうとしただろう。」
「ふむ。悪かったね。確かに無礼だったかもしれないな。詫びよう。しかし悪いが、僕は強者と戦いたいのだよ。」
「ますます気に入らねえな。確かにこいつは強えが…俺は戦う価値もねえってか?」
「うん?いやいや待ちたまえよ。気持ちはわかるが…なぜ君が僕と戦うんだい?」
「何言ってんだ。お前がいきなり挑んできたんだろ。あいつと戦いたいって言うんだったらまず俺を通せってそういう話だ。」
「いや。そうではなく」
「君は弱いだろう?」
「いや弱いと言ってしまうと語弊があるかもしれないな。君は…なんというかあまりにも凡庸だ。」
「普通の人と比べてしまえばまあ喧嘩はそれなりに強かったりするんだろう。」
「だが…限界値というか君が至れる高みというのは…あまりにも低い。」
「わかるのだよ。素質というか。纏う気配というべきか。君はどうにも低いレベルで完成してしまっている。」
「あとはそうだな…いやまあやめておこう。どうしてもというのなら。」
「遊んでやろう。」
自称勇者は一通り言いたいことを言った後でロクスケさんに向き直り剣を構えた。
「…………はぁ???」
ロクスケさんはというと…今まで見たことないくらいぶちギレていた。
いや顔は…怒りすぎているからなのか口元は薄っすらと笑っているが…目は全く笑っていない。
「あっはっは。おもしれえこと言うなぁ。流石にそこまで言ったんだ。負けた時の言い訳は考えておけよ。」
「ははは。生憎そんなことは万に一つも有り得ない。」
「そうかよ。それじゃ師匠。合図頼むわ。」
なんで私が。
と言おうと思ったがとんでもない威圧感のある笑顔でこちらを見ているので断ることはできなかった。
「それじゃあお互いに準備はいいですか…?」
「こちらはいつでも問題はないよ。なんなら背を向けて目をつぶろうか。好きなタイミングで殴りかかってくるといいよ。」
「フゥーーーーーー。…はやく始めろ。」
挑発を受けたロクスケさんは爆発寸前だ。このままでは自称勇者が背中を向けるまでもなく殴りかかってしまうだろう。
その前に開始の号令をしなくては…。
「えっとそれじゃあ…はじめ。」
─────────────────────────────
長く激しくそして後半は大変にひたすらに見苦しい争いはまだ続いている。
「どちらかが倒れたらその時点で終わりですからね。」
と私がどこかのタイミングで言ったのが悪かったのかなんかお互い絶対倒れまいと相手を絶対に倒してやると醜い引っ張り合いが始まってしまった。
それなりに長いことやりあっていたので城の中で作業をしていたコトさんヨハネさんメリダさんタイムさんスコットさんはなんだなんだと出てきてこの醜い争いを観戦している。
最初は緊迫した表情で観戦していたが途中からは飽きてきたのか「ねえねえコト君あの戦い止めてよ私達も一応忙しい身なんだからさあこんなわけわかんない喧嘩をなんでずっと見てないといけないのねえコト君さあ」と言いたげな表情でヨハネさんはコトさんをじっと見ていた。
そしてコトさんは「メルナさんいい加減止めたらどうですか?というかなんなんですかこの戦い。」と言いたげな目でわたしのことをじっと見ている。
…はぁ。しょうがないなあ。
「あの。そろそろ終わりにしたらどうですか。引き分けでいいじゃないですか。」
「はぁ??引き分けだぁ!?どうみても俺が圧倒してんだろうがぁ!もうちょいで倒すから待ってろ!」
「戦況もまともに理解できないとはつくづく…馬鹿な奴だ!僕がもうすぐにこいつを倒してその口から「参った」と言わせるから待ちたまえ!くそっ髪を引っ張るな!」
ああ。めんどくさくなってきたな。もういいだろう。
私は杖を取り出し絡み合ってる二人の足元をブンと振り薙いだ。
「うぉっ」
「うわぁっ」
足元がガクガクとしていた二人はいとも簡単に足元を掬われてそのままばたりと倒れた。
「今日の所は引き分けで!終わりです!ガタガタいうなら今から私が相手になります!言っておきますが手加減しませんよ!」
「あっはっは!なんだよ!やってくれるってんなら!」
ゴンッ
私は杖でロクスケさんの側頭部を振り抜いた。
ロクスケさんは白目を剥きそのまま動かなくなった。
「…そちらのあなたは?」
呆然とした表情でこちらを見ていた自称勇者は私に目を向けると…そのまま立ち上がった。
うわぁ本当に戦うつもりなのかなと思っていたら
「…はぁ。やめておこう。」
と汚れた服を払い服装を正しながら立ち上がった。
…とはいえ服は砂埃で汚れきっているし所々よれよれだ。
「全く今日という日は自分がどれほど矮小で思い上がった存在かという事を思い知らされたよ。」
それでも勇者を自称するだけあって彼は精一杯背筋を伸ばし表情を引き締め何事もなかったかのようにふるまっている。
よく見ると手足は小刻みに震え顔は泥だらけで笑顔は少しひきつっている。
「目を覚ましたらその男に伝えておいてくれ。楽しかった。また次回に決着をつけよう。と…次こそはお互いに全力で戦おうとね。」
自称勇者はこちらに背を向け楽しそうに歩き出した。
「ははは。まさかこの僕ともあろうものが相手の強さをはかりそこなうとは。いやあ。愉快愉快!」
その足取りは少しふらついていたが…まあ帰ることはできるだろう。
「ああそうだ!あらためて名乗っておこう!僕の名前はステラ・シリウス・ポラスター・サン・サーカディアン・カステル・ポルク。七星のステラだ!覚えておきたまえ!美しきエルフの少女よ!」
色々言いたいことを言って七星のステラ…?は去っていった。
「えっと…ロクスケさん白目向いちゃってるけど大丈夫ですか?」
気が付いたらコトさんが隣に立ってロクスケさんを心配そうに見ていた。
「うぉう。ああ。大丈夫ですよ。ただ脳を揺らして気絶させただけなので…。」
「そうですか…ところで…あの人だれだったんですか?」
「…さぁ。ロクスケさんと互角に戦ってたから多分ただ者ではないんでしょうけど…。」
コトさんはじっと考え込んでいる。
「ああそうだ。勇者と呼ばれていると。そう言ってましたねそして名前が…。」
えっとなんだっけ…。ステラなんとかとか言ってたけど…。
「ステラなんとかかんとか…ああ、七星のステラって言ってましたね。よくわかんないです。」
「七星…あの人…ああそうだ何かに似てると思ったら…。ナナホシ…ナナホシテントウに似てるんだ。」
コトさんはすっきりしたという表情になり嬉しそうだ。
言われてみれば…何かに似ているとは思っていた。
赤色を基調に黒い斑点がいくつかあったし…彼はテントウムシによく似ている。
「なるほど…いいですねそれじゃあこれからは彼の事をナナホシさんと呼びましょう。」
こうして激闘の末に自称勇者はナナホシと呼ばれることになった。