英雄願望
シンクンの仕事は広域の偵察だと朝食を食べる時に本人が言っていた。
センゴクのダイミョウ達と3人で向かい見回りをし、対処できそうな問題にはそのまま3人で対応し、危険を感じれば即座に3人ともが転送で逃げるという取り決めをしていたらしい。
シンクンの能力は貴重であり。尚且つシンクンはまだ小さな子供だ。
センゴクのダイミョウ達からシンクンはとても大切にされていた。
シンクンの両親はシンクンがまだ小さな頃に亡くなりシンクンは一人で生きていた。
センゴクの民に戦えぬ者はいない。
それは幼いシンクンも例外ではなく当時まだ3歳だったシンクンは大人が数人かかってやっと倒せる魔物を一人で倒してその魔物を大人に買い取ってもらって生活をしていた。
シンクンは3歳にして六道を使いこなしていた。
本来六道は10歳を超えたあたりから習い始めそれから10年以上をかけて習得する技術だ。
しかしシンクンは大人たちが扱う六道をみて見様見真似で習得を済ませ魔物と正面から戦い。勝利できるほど六道の扱いを習熟していた。
3歳の子供が大人顔負けの六道を、転送能力も含めて使いこなしていたという噂はすぐにダイミョウ達の耳に届いた。
そしてダイミョウが数人がかりで何とか説得と保護に成功した。
なんでもこちらの言っていることをなかなか理解出来ずすぐに転送でどこかに行ってしまうので説得は困難を極めたらしい。
戦闘能力の高さも相まってダイミョウ達でも手を焼いたらしい。
ダイミョウの中ではとりわけヤシロヒメと仲が良かったと聞いている。
ヤシロヒメというのはダイミョウの中でも身体能力を強化する六道の扱いに長けた女性であり。
国をも持ち上げ傾けてしまうだろうという逸話から『傾国』と呼ばれていた。
私も会ったことがあるが素朴でおっとりとした女性で、容姿にコンプレックスを感じているらしく顔のほとんどを覆い隠すお面を付けていた。
シンクンはヤシロヒメの事が大好きで、よくヤシロヒメと遊んだ事について嬉しそうに話していた。
偵察にはシンクンとヤシロヒメと後もう1人アガツマというダイミョウの3人で向かっていた。
アガツマは体が大きく豪快な高齢男性で防御に長けた六道を使う人だったらしい。
その防御力はダイミョウだけでなくゲントクの全力の一振りでも傷ひとつなく耐えられる程に練り上げられており、『完全武装』と呼ばれていた。
この3人であればどんな危険な相手と遭遇しても返り討ちか最低でもシンクンの転送で逃げられるだろうと思われていた。
「…これは…シンクンとヤシロヒメとアガツマの3人だろうね。」
センゴクのはずれにある深い森の中。
そこには。原形がわからないほどにバラバラにされた3人の死体が打ち捨てられていた。
「死んでなおここまでバラバラにされていては僕でも治すことはできない…。」
治療の六道の使い手であり、医療に関する知識も豊富なリンドウさんはそう診断した。
「…いや。おかしいだろうが。わけわかんねえよ。どうしてこの3人がこうも一方的にやられるんだよ。」
この場には私とロクスケさんとリンドウさんの最低限の3人で足を運んでいる。
「戦いになってガンガンぶつかり合った後に結果として負けるんならわかる。だがこの場所にはそんな形跡は全くねえ。」
ロクスケさんは悔しそうに噛み締めるように話す。
「3人とも不意をつかれるような使い手でもねえ。遠距離からの狙撃だったとしても避けれるような奴らだった。」
私は。何も考えられない。
「いったい何があれば、どんな奴と戦えば、こんな風にこいつらを殺せるって言うんだよ。意味わかんねえよ。」
「ロクスケくん、ひとまず考えるのは後だ。まず周囲の警戒と…彼らを弔ってやることを考えよう。」
「警戒ならしてる。周囲のかなり広い範囲を探ってるが俺たち以外には魔物とかの気配しかねえ。」
「そうか。今の君はミドウさんと同じくらいに周りがよく視えるんだったね。」
「…それにしても趣味がわりいな。殺すだけじゃなくてどうしてこんな…わざわざバラバラにすんだよ…。」
「いやはやいやはや。趣味が悪いにもほどがある。いやマッタク。こんなばらばらにするだなんて…勿体ない。」
それは。
あまりにも唐突に。
それでいて当然のようにそこに立っていた。
全身甲冑を身に着けた…猫背で…それでもロクスケさんよりも遥かに大きい男が…顎のあたりをポリポリと掻きながら立っていた。
「これはきっとラクネあたりの仕業であるな。…彼らはきっと優秀な戦士だったのだろう。」
私たち三人は突如現れた甲冑の男から急いで距離をとる。
「お前…。なにもんだ。さっきまで近くに誰もいなかったはずだが。」
「ああ。これは失礼。名乗らせていただこう。我が名はハガネ。『英雄願望のハガネ』と。ワガハイ達の故郷では呼ばれていた。」
「へえ。そうかい。ハガネさんね。…それで?俺たちに何か用かい?」
ロクスケさんは全身全霊で警戒をしている。
この…ハガネと名乗る男…なんだろう。全く強そうには見えない。
しかし、近付いてはいけないと本能が警戒を促している。
「ああ。用があってワガハイはこの場所に来たのだ。はっはっは。そう警戒をなさるな。ワガハイは貴殿らにお願いがあるのだよ。」
「お願い…ねえ?なんだい?話し合いでもしようっていうのか?」
「いやはや。話し合いなら今もう既にしているであろう。ワガハイはだな。」
不意に。ハガネと名乗る大男は背筋をピンと伸ばし、私達に向き直った。
「英雄になりたいのだ。」
気付けば両手を伸ばした状態でハガネを名乗る大男はすぐ目の前まで迫っていた。
「そうかよ悪いな。お断りだ。」
ロクスケさんは一歩前に踏み込み。刀を振りぬいた。
大男の両腕は肘のあたりからいとも簡単に切り落とされ、くるくると回りながら明後日の方向へと飛んでいった。
両手を失った大男は一瞬きょとんと不意を突かれた様子だったが。
その後状況を把握して。
「ははっ!はっはっは!ふはははははははははははははははぁ!」
笑った。
「いいないいな!最高だ!ああ最高だ!貴殿たち!ああ素晴らしい!」
そしてそのまま切り落とされた両腕をこちらに向けながらまっすぐに突っ込んできた。
「…まずいな。いったん引いとこう。」
その瞬間。風景が切り替わる。
何度か風景が切り替わり元居た場所から少し離れた場所に3人で立っていた。
どうやらロクスケさんが転移を使ったらしい。
今のロクスケさんはシンクンのように長距離を一度に移動はできないが今のように短い距離を何度かに分けて移動することである程度離れた場所に転移することができる。
「あの人…。両腕切り落としたっていうのにまったく気にした素振りがなかったですね…。」
「ああ。あれが俺より強いとは思わねえが…あいつ…自信をもって俺たち三人に突っ込んできやがった。」
「君たちが言っていた敵がついに攻めてきたってことなんだろうけど…あれはいったいなんだ?」
「わかんねえよ。なんにしても向こうが何してくんのかわかんねえ状態でやりあって俺たち全員が負けちまってたら多分もうその時点でこの戦争終わる。」
「まける?この三人が?あのよくわからないでかいだけの男に?」
「実際シンクンとヤシロヒメとアガツマがやられてんだ。まずは情報を持ち帰って相談しておいたほうがいいだろ。」
「…たしかにそれもそうか。強そうには見えなかったが…確かに不気味ではあった。」
「それじゃあまたリンドウさんは私が担ぎますね。ひとまずは近くの村へ戻りましょう。」
そしてリンドウさんを担ぎロクスケさんと二人で急いで近くの村へと急いだ私たち三人だったが。
私達がついた時には村はもう既に炎に包まれ戦禍の中にあった。