超越
ロクスケさんは私が知る中で最も強い剣士だ。
戦うことしか能がない…わけではないが剣を使った戦闘にこだわり。色々な相手をその剣技で倒してきた。
生まれついての戦闘狂で戦っているときは本当にいつも楽しそうにしていた。
ロクスケさんの強みはその強靭な足腰からくる膂力や迷いの無い太刀筋や柔軟な思考。
そして相手の攻撃や行動を予測する『目のよさ』そして圧倒的な勝負勘。
相当に積み上げてきたであろうそれらの武器を駆使してどんな相手にも油断せず堅実に勝つ。
私は今までロクスケさんをそう評価していた。
しかし。今目の前で、センゴクの森の中で闘うロクスケさんは…。
「なあなァ!ロクスケくん!楽しいねえェ!どうしていつの間にそんなにバケモノじみた強さになっていたんだァい!始めて戦った時とはまるで雲泥の差じゃないかァ!」
「ゲントク!お前みてぇなバケモノを相手にするためだよ!相変わらず意味わかんねぇ強さだよなぁ!」
まるで意味が分からなかった。
一体敵のゲントクという男が何をしているのかもわからないしロクスケさんもどうしたらそんな動きができるのか全く分からない。
ゲントクという男はロクスケさんの動きをすべて捌き切りつつロクスケさんの急所へまっすぐと攻撃を打ち込んでいる。
そしてロクスケさんは急所への攻撃を全て躱している。
とにかくロクスケさんの動きが速い。
いや…速いという表現すら正確なのかどうかもわからない。
なにせ四方八方へと飛び回り…よく見たら空中で何か踏みつけて方向転換してないかなあれ?しかも多分高速移動だけじゃなくてワープとかもしている。
目で追っていても確実に見失う瞬間があるし…しばらく完全に消えている時もある。
「ハッ!ハッ!ハァッ!ホントにそうかァい?今の君ならボクの事を理解できるんじゃァないかと思うんだけどねェ!」
「別にお前の事を理解したくてこんなところまで来たわけでもねえよ!とっとと負けて俺たちの下につけやこのバケモンが!」
「ボクがバケモノだっていうんなら君だってもはや完全にバケモノさァ!」
…化け物が二人…いや最早『人』と数えていいものかどうかもわからない2つの影がひたすらにぶつかり合っていた。
ロクスケさんは高速移動を繰り返しながら剣だけでなく色々な武器を使った不思議な軌道の攻撃を続けている。
それに対してゲントクさんはセイリュウトウというらしい薙刀にこだわりただただ全身の力で以て振り回しているだけにも見える。がその攻撃は確実にロクスケさんの急所へと向かう。
武器での攻撃だけではなくその肘が膝が指先が足先がすべて攻撃となっている…のかな…。
何せ私にはよくわかっていない。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
「はぁぁああああああああああ!!!」
よくわからない化け物同士気が合うのだろう。
めちゃくちゃ楽しそうに戦い続けている。
その後しばらく二人の攻防は拮抗し続けていた。
そして、長きにわたる拮抗の末にその拮抗が崩れ、遂に決着の時はきた。
…と思うけど…どうなのかな?なんか二人の動きが止まったけど。
「まったく…ロクスケくんさ…どうしてそんなにずっと強くなり続けられるんだい?戦いが始まった時点ではまだボクのほうが強かったと思うんだけどなあ。」
「あっはっは。わりいな。これが俺の固有の強みって奴だよ。超えさせてもらったぜゲントク。半年以上もかかっちまったがなぁ。」
ゲントクは最後の力を振り絞ってロクスケさんに切りかかった。
そのひと振りはまさしく全身全霊といった感じで持てる全ての力を出し切っての一振りだった。
そしてロクスケさんはそれに真っ向から刀をぶつけゲントクの武器を粉々に砕きそのままゲントクの側頭部に刀の柄の先をぶつけて気を失わせた。
ゲントクが倒れた時には巨大な生物が倒れるとき特有の地響きを伴ったズシンという音がした。
「よし!勝ったぜ!さて!これでひとまずは目的達成だな!」
化け物の片割れを倒したもう一方の化け物は嬉しそうにニカッと笑ってこちらを見ていた。
…私はそれを見て正直ドン引きしていた。
この人強くなりすぎでしょう…。
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「というわけで全員ロクスケ君に負けちゃったからボクを始めとしたセンゴクの民は君達の傘下に入ることになったよ!がはは!負けるのなんていつぶりだろうね!ああ楽しかった!」
「はっはっは!もう少しくらいはごねるかと思ったら潔いな!さすがはセンゴクの頭だな!」
「がはは!もう頭じゃないよ!頭は君かい?ボクは一兵隊としてただただ戦うことに決めたよ!国をまとめるのって大変だよね!常々ボクは向いてないって思ってたんだよ!ああ!戦ってればそれでいいって気楽でいいよねえ!」
「…えっと。残念ながらゲントクさんにはこれからもセンゴクをちゃんとまとめてもらうためにも頑張ってもらいますよ?」
「ええ!代わりに君たちがなんとかしてくれるんじゃあないのかい?ボク強い奴と戦えればそれでいいんだけど!」
「基本的にはヨハネさん、グィネヴィアさん、ゲントクさんの三名にはこれからも今まで通り集団の長としてまとめ役を頑張ってもらうことになります。」
「へえ?これまで通りに?それじゃ何のために君たちは戦ったんだい?僕らにいったい何をさせたいっていうんだい?」
「…一応以前にも話しましたが。これから皆さんには今後この星に攻めてくる『侵略者』と戦ってもらうために協力して戦闘を行う訓練をしてもらうことになります。」
「ああそうか!なんか言っていたね!がはは!まさか本気で言ってるとは思わなかったよ!」
「そのための第一歩としてはまず…この世界の食糧問題をすべて解決する必要があります。しかしその準備は最早完了していると言っていいです…そうですよねメルナさん。」
「はい!今やギルドの広範囲は農耕地として作物を潤沢に収穫できるようになりました!それらの作物を他の2国へ提供しつつその農耕地の規模をさらに増やし…全勢力が満足に食事ができるように私を始めとしたギルドのスペシャリストたちを派遣します!」
「はっ!君達さ!まさかあんな原始的な方法の農業を広めるつもりなのかい?全く君たちの愚かさには驚くばかりだね!」
「…ヨハネさん急に部屋に入ってきてどうかしたんですか?」
「やあマコト君!いやコト君だったか!ここ連日ギルドの農耕を見学させてもらったがね!確かに農作物の育ち方は何をしたのかわからないが圧倒的だ!だが!それ以外の種蒔きから肥料の散布から収穫からすべて手作業でやっているようでは全員の食事を賄うなっていうのは…いやまあできるんでしょうけどねハハ。いやあ、皆さん怖い顔しないで。僕が言いたいのはですね…。」
「その食糧問題の解決に連合国は全面的に協力させてもらいたいと。はい。そう思いましてですね。」
「ああ。そういえば連合国では農業にも力を入れていましたね。」
「そうなのだよコト君!それに作物の運搬のためにも物流や販売機関についても考えないといけないだろう?」
「そのあたりはあたしたちギルドもかませてもらったほうがよさそうだねえ。なにせいまギルドにある食料をタダで渡すってのもおかしな話だ。ギルドの連中が汗水たらして作った作物をいくらメルナ達の頼みとはいえ今後の事もあるしそのあたりはきっちりと話し合おうじゃないか。」
「がはは!うちも食料に困ってはいるが魔物の肉に関しては多少余っているからそのあたりと交換してもらうっていうのもいいかもね。なにせセンゴクはでかくてうまい魔物の宝庫だ。」
「うふふ。みなさん。盛り上がっているところに一つ私から提案なのですが…。まずは三国の住民を可能な限り集めて食事をふるまう食事会を開催しませんか?…もちろん食事は私が一生懸命美味しい料理を作りますので…」
「そうですね。ひとまずは戦争を終わってこれからはみんなで協力するということをこの世界の人達に知らせる必要もありますからね。」
「はっはっは!まあ戦った後にはうめえ飯っていうのはいつものパターンだよな!」
「決まりですね!それじゃあ頑張らないと!」
…私は魔王がいるという噂を払拭するためにも…全力でおいしい料理を作るのだ!