工場長
今日も朝早くに目覚め制服に身を包む。
朝食は支給されたパサパサの固形食糧を多量の水で流し込む。
大きなバスに乗って寮から工場へと向かう。
乗り合わせる人達の半分は知らない顔だ。
これでもできるだけたくさんの人と仲良くするために努力はしてきたんだけど。
それでもあまり仲良くなれたという実感はない。
みんな食料と給料の為に働いているだけという人たちであまり慣れ合うつもりはないらしい。
…きっと何年もいればそれなりに仲良くはなれるんだろうけど残念ながら僕にそんな時間はない。
「おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
今日も持ち場について作業を始める。
必死に作業を覚えていっている甲斐もあってどんどん新しいことを教えてもらってはいるけど今やっている作業で何を作っているのか全く分からない。
…このままでいいのかなと思ったりもするが雑念は作業に支障をきたすのでひとまず考えるのは後回しだ。
昼休憩になり食堂へと全員が吸い込まれていく。
今日の昼食は具がかなり少ないスープと色んな肉が混ぜられた肉団子と麦やらなんやらでかさ増しされたおにぎりだ。
…かなり質素に思えるがこれでもこの世界ではかなり裕福な食事らしくこの食事目当てで工場で働いている人も多数いるらしい。
なにせ。この世界は慢性的に食糧難を抱えている。
「マコトくん。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「ああはい。なんでしょうか。」
食事を終えて休憩をとっていると上司であるスコットさんから声がかかった。
マコトというのは一応偽名だ。
この現世である程度浮かない名前にしてある。
「すまないね。休憩中に。話っていうのは…今週末にある定例会についてなんだが。」
「はあ。定例会ですか。」
「ああ。君はこの工場でも飛びぬけて優秀だ。ぜひ本部からも出席してもらいたいとのことでね。」
「えっと…。それは構いませんが…。」
遂にチャンスが来た。
「僕は何をすれば…?」
「なぁに。こちらから君を紹介するからあとは聞かれた事に答えればいいだけさ。」
「はい。では参加させていただきます。」
「ああ。助かるよ。それじゃあ詳しい日時や注意事項なんかはまた後で連絡するから。休憩中に悪かったね。」
「いえ。ではまた連絡お待ちしてますね。」
この連合国というのはあまりにも規模が大きい。
工場や軍隊はたまた国の政治をも取り仕切るヨハネは多忙を極めており真っ向からアポイントメントを取るのは不可能に近かった。
しかし入念に調べた結果ヨハネに出会う唯一の手段とも取れる場所があった。
それがヨハネ直属の兵器工場で開かれる定例会だった。
とはいえその定例会もかなり狭き門であることは間違いなく今回参加できることになったのは奇跡に近い。
「なんとかここまで漕ぎ着けたなあ。」
「やあマコト。定例会に呼ばれたのか。良かったな。これで将来は安泰じゃないか。」
「…ああゾンダ。聞いてたんですか?」
「ははは。ああ。俺も一度でいいからヨハネ工場長に会ってみたいものだな。ずっとファンだったんだよ。」
「すごい人ですからね。ヨハネ工場長は。」
どうやら話を聞かれていたようだ。
…これからは独り言を言う時にも気を付けよう。
「ああ。今度会った時の感想を聞かせてくれよ。」
「もちろんいいですよ。…そろそろまた仕事なので用意しないと。」
「もうそんな時間か。俺も声をかけてもらえるようにマコトみたいに頑張って仕事をしないとな。」
「ええ。今日もお互い頑張りましょう。」
そうしてまた作業に戻る。
今日は仕事が終わったら今後の方針についてまた考えないといけないな。
…それにしても結構時間がかかってしまった。
メルナさんやロクスケさんはかなり早い段階でグィネヴィアやゲントクとの面会に成功していたらしい。
…比べても仕方ないとはいえあの2人の優秀さにはいつも感服するばかりだ。
僕のような固有を与えられただけの凡人とはやはり違うのだろう。
そして定例会当日となった。
基本的に定例会というのは多忙であるヨハネが工場について把握しその上で動向を指導する場とされている。
その為各工場から一斉に人が集まる事になり規模もかなり大きい。
ざっと会場を見渡してみても数百人はいる。
そしてまだヨハネはこの場にいない様子だった。
「マコトくん緊張してるかい?まあ無理もない。なにせこれだけの人が集まる会でヨハネ工場長と話をしようって言うんだからね。」
「はは。そうですね。今日は朝から緊張しっぱなしでした。」
しばらくしてヨハネ不在で定例会は始まった。
ありきたりな挨拶や社訓の唱和や工場全体での成績の推移などの報告が続いていく。
僕も一応は優等生だと言う事でこの場にいるので真面目な顔をして話を聞いておく。
そして他二つの勢力は野蛮な言葉の通じない生き物でありそれを正義の我等が工場の兵器か打ち倒すというアニメーションが流れたあたりで会場が暗くなった。
…どうやらヨハネが到着したらしい。
会場に大音量でアップテンポなBGMが流れ出す。
ズンズンズンと流れるその曲が最高潮に盛り上がったあたりでわぁああ!と歓声が会場に響き渡る。
ヨハネが。ヨハネ本人が颯爽と歩きながら登場した。
…扱いがまるでスターのようだ。
まあ…本人の異形やハリウッドスターのように整った見た目のことを考えればこのような扱いも妥当なのだろう。
「みなさんこんにちは。今日も皆さんとお会いできてとても嬉しく思います。」
会場が割れんばかりの拍手喝采に包まれる。
「あはは。歓迎してもらってありがとう。それじゃあ今日もみんなのことをワタシに報告してもらおう。」
それからは完全にヨハネが主役でありそれ以外の人は明確に脇役だった。
会場の全員がヨハネを中心に動いていた。
圧倒的なカリスマ性とでも言うのだろう。
そして優秀者を相手にヨハネが一対一で面談をする時間になった。
流石に長時間行われていたので会場の熱気も多少は落ち着きヨハネの面談もいつものことなのだろう事もあり面談をしている人以外は落ち着いているように見えた。
僕の順番はどうやら最後のようなのでのんびりと待つ事にしよう。
今日はヨハネを近くで見て会話をしヨハネという人物がどのような人物であるかを確認するための物なので特に緊張はない。
面談をしている人達はいろいろなことを聞かれてそれに対して一喜一憂しているように見える。
今日の面談を終えたら正直なところこの工場での目的は果たされたとも言えるのでその後のことについても考えなくてはならない。
…あまり気は進まないけれど軍隊へ志望する事も視野に入れないといけないかな…。
などと考えているうちに僕の出番がきた。
呼び出されてそのままあれよあれよと壇上へと上がる。
流れ作業のようにそのまま席へとつき司会の人に紹介される。
ぺこりと会釈をしてそのまま軽く自己紹介をする。
そしてそれに対していくつかコメントをもらい。
いよいよヨハネから質問をされる事になった。
「やあ。君は…マコトというのか。よろしくね。…どうやらこの工場に入ってまだそんなに時間も経たないみたいだけれどここにいると言う事は優秀なんだろうね。」
「いえいえ。そんな事はありませんが…精一杯頑張ってます。」
「はは。謙虚なんだね。そうだな…君はなにか…ワタシに聞きたい事はあるかい?」
それは、急に訪れた質問の機会だった。
特に考えていなかったのがよくなかったのだろう。
ついつい僕は聞いてしまった。
「では…もし宇宙から侵略者が攻めて来たとしたら…勝てると思いますか?」
会場は静寂に包まれた。
何を聞いているんだこいつはという空気でいっぱいだった。
…しまったやらかした。
しかしそう考えている僕に対するヨハネの返答は僕の想像を遥かに超えるものであった。
「現状だと難しいだろうね。あっはっは。…君…面白い人だね。決めた。君さ。僕の直属の部下になりなよ。」