シロクロちゃん
少年少女。子供。赤ん坊。
この現世では一度も見てなかったものだ。
しばらくはその違和感に気付かなかった。
しかし事情を知りこの世界の事を知った今。
今目の前に赤ん坊がいることがどれだけ異常なことなのかが分かる。
すやすやと。
赤ん坊が眠っている。
生まれて間もないのだろう髪も薄く皮膚も薄く全てが小さく頼りない。
だが間違いなく生きている。
呼吸をしている。顔が赤い。目元がぴくぴくしている。
なるほど全身の皮膚が薄いから顔が赤くてきっと赤ん坊っていうんだろうな。
穏やかな表情をしている。
この世につらいことなど何もないかのように。
「さあ!虎の子の私の最終兵器だにゃ!いやあ本当は生まれたら成長促進と栄養を大量にぶち込んである程度大きくしてから私の意識を入れる!いやむしろ私そのものにするはずだったんだけどにゃ!今やそれをやる意味もないもんだから君たちで処分しちゃってにゃ!」
「処分…できるわけないでしょうがあぁぁぁぁあああ!!」
私は怒鳴った!
「えっ?ええ?…ああごめんね!やりたくないことをさせようってわけじゃないからそれじゃ私のほうで…」
「そういうことじゃないでしょうが!!ちょっとそこに座ってください!」
「えっ!ああはい。」
「いやあまりにもひどすぎない?こんな生まれたばかりの年端も行かない赤ん坊をですよ?よりにもよって処分するなんてあり得ないでしょうが!こんなに小さいんですよ?こんなに可愛いのにですよ?」
「えっと」
「そもそも処分ってこんな小さな子供に使っていい言葉じゃないでしょう!いえ大人だからいいと言うわけでもないですが!」
「ちょっと落ち着けよ師匠。」
「落ち着いていられますか!こんなに小さいんですよ!」
「いや言いてえことはわかるし俺もおんなじ意見だけどさ。こいつら見ろよ。」
ハッとしてスカラさんやブランさんに目を向けると。
私が何故怒っているのかまるでわからないと言った表情で私を見ていた。
「俺や師匠が今の話を聞いて怒るのはまあ当然なんだろうけどさ。こいつらにとっては違うんだよ。それはまあ価値観の違いとしてしょうがねえんじゃねえの?」
「…なるほど。」
冷静に考えてみれば。この世界には赤ん坊はいないのだ。
ブランさんも昔に資料で見たことがあるだけだと言っていたしスカラさんもきっと似たようなものなのだろう。
存在しないものにどのような感情を向けたらいいのかわからない。
それは、私もこの現世では何度も体験して来た。
それぞれの世界の人が大切にしている物を私が軽々に処分して突然怒られたとしても意味がわからないだろう。
教えてもらわなければわからない事はある。
「突然怒り出して…すみませんでした。私の配慮が足りなかったですね。」
「い、いや!大丈夫だにゃ!ちょっとびっくりしただけだにゃ!」
「ただ…その子を処分すると言うのは…やめてもらえませんか…?」
「えっと…それじゃあ成長促進を…」
「それもなしで。子供に無理な成長を促すと精神的にも肉体的にも悪影響がありそうです。もちろん人格を移すのもやめてください。」
「あいや!わかったにゃ!やめるにゃ!そもそもやる意味ももうないからメルナちゃんがいやにゃら無理にやることはにゃいにゃ!…ただそれだとこの赤ん坊は死んじゃうにゃ…。」
「は?」
「いあいあ!違うんだにゃ!この赤ん坊を処分したいとかではにゃくて!単純に放っておいたらその子は死んじゃうんだにゃ!」
「それはどういう?この子も寿命が設定されてるんですか?」
「お願いだからその怖い目をやめるにゃ!そうじゃにゃくて!旧人類の子供を育てられる人間がこの世界にいにゃいのにゃ!」
ああ。そう言うことか。
子供を育てるのは大変だ。
私は子供を産んだ事はないが、ロクスケさん達の現世で色んな人達の子育てを手伝ったのでよくわかる。
赤ん坊というのは。本当に1人では生きられない。
1人で食事をすることもできないしトイレにも行けない。
お風呂も他人の手でなければ入れないし寝る時にも寄り添わなければいけない。
助けが必要。ではなくて本当に何もかもが1人ではできないのだ。
たとえば産まれてすぐの赤ん坊をそこらに放置していたら驚くほど何もできずにすぐに死んでしまうだろう。
そしてその世話をすると言うのは…とても大変なことなのだろう。
少し手伝っただけでも目が回るほど大変だったのにそれをずっとなのだ。
疲れたからと言って放置することもできない。
いまやぬいぐるみのブライトさんは勿論。経験のないブランさんやスカラさん。その他の住民でもきっとこの子を育てる事はできないだろう。
「だったら。」
それはきっと重大な決断だったのだろう。
でも私にとってその言葉は驚く程自然に口から飛び出していた。
「私が育てます!それでいいでしょう!」
「…いあいあ。私はいいけど…それで本当にいいのかにゃ?」
「ええ!もう決定しました!その子は私の子供として育てます!」
「いいのか?そんな決断誰にも相談しないで決めちまって。」
「ええ!決めましたので!もし反対するのであればロクスケさんでも容赦はしませんよ!」
「あっはっは。反対なんてしねえよ。するわけねえ。」
「じゃあ決まりですね!」
「だったら。名前をつけてやったらどうだ?いつまでも赤ん坊呼びじゃ可哀想だし名前は親がつけてやるもんだ。」
「名前ですか。…そうですねえ。」
どんな名前にしよう。
そう考えて私は赤ん坊をじっと見る。
髪は…白い部分と黒い部分がある。
まばらに混ざっているのではなく場所によってはっきりと決まっているようだ。
「いあいあ!そういえば言ってなかったがその子は女の子だよ!名前をつけるなら大切だよね!」
女の子か。なるほど。
それじゃあ可愛い名前をつけてあげないといけない。
「そうですね…では。シロクロちゃんで!」
いい名前だ!すぐに考えたにしては我ながら会心の出来だと思う。
自らのネーミングセンスに惚れ惚れしながら周りを見ると。
なんだか微妙な表情をしていた。
「あの…いいんですか?」
「えっ?いい名前じゃないですか?ミヨさん…?」
「ああいえ。名前の事ではなくって…。」
ミヨさんは何か言いにくそうにちょいちょいと手招きをしている。なんだろう。
部屋の隅にお呼ばれしたのでついていく。
「えっと…なんでしょう。」
「あの子なんですけど…えっと。メルナさんは『魔王』で『開拓者』じゃないですか。」
「…そうですね。」
「それであのロクスケさん…は『超越』ですよね。」
ああ。固有の事か。
「はい。そうですね。」
「あの…ぬいぐるみの人は『狂想』なんですけど…。」
ぬいぐるみの人というのはブライトさんだろう。
やっぱり固有を待っていたんだ。
「あの赤ん坊…シロクロちゃんにも…同じ『狂想』が見えてるんですけど…本当にあの子を育ててしまっても大丈夫なんでしょうか?」