にゃにゃにゃ
「だって仕方がないだろう?私だって戻れるとは思っていなかったんだ。そもそも他人に身体を明け渡すという体験は初めてだったわけだしね。私も中から見ていたのだが…このまま砂になるのだろうと思った事は何度もあった。こうして戻れたのは本当に奇跡的というか…。いやあそれにしても自分が自分ではなくなるという感覚は不思議なものだね。」
「…ブランさん。おかえりなさい。」
「ん…。ああ。ただいま。」
「無事にまた会えて…本当にうれしいです。」
「ああ。私もメルナとまた会えてうれしいよ。」
「にゃはは!感動の再開ってやつだね!ああ!美しいねえ!」
「うわびっくりした。ええ。なんですかそれ?」
突然現れたそれは…小さなぬいぐるみ…猫のぬいぐるみ…?なんで?
「かわいらしいだろぉう?愛でてもいいよん!念のために作ってあったサブの身体をこんな風に使う時が来るだなんてね!」
「えっと…念のために確認ですが…ブライトさん…?ですよね…?」
「そうそう!みんな大好きブライトちゃんだよ!かわいいでしょ!えへへへへ!そんなに見つめちゃって!照れちゃうな!」
確かにかわいらしい見た目をしている。
中身を考えなければ大変愛くるしいと言える。
中身を考えなければだが。
「ああ。非常にかわいらしいが…。なんだろうなこの複雑な感情は…。」
「多分深く考えないほうがいい奴ですね…。そもそも私もこの人にどういう感情向けたらいいのかわからなくて困ってます…。」
「まあ。あんまり深く考えなくともいいか。今は再会を喜ぼう。」
「それじゃあ…ひとまず他のみんなも呼んできていいですか?」
「うん!いいよん!ひとまず『黒幕と魔王のドキドキ一騎打ち解決編!』をやりたかっただけだし!」
なんだそれは。
さっきは流したけど解決編ってなんだかよくわからないしそもそも私は魔王じゃない。
私が魔王っていう名前のよくわからない何かを持っているだけで私自身が魔王というわけでは決してないのだ。
決して。私は魔王じゃない。
「なんだよ。なんかあったのかよ。またあの変なのがなんか企んでんのか?」
「いやあ。もっと変な事態になってましてね。」
私はロクスケさんとスカラさんと…ノエルさんを連れて来た。
「あん?ブラ…イトと人形…?なんだこの人形?」
「にゃは!人形とは失礼な!この可愛らしくて愛くるしくてちょっぴり切ないこの私こそが!ブライトだよ!」
「はぁ?」
「そして私はブライトではなくブランだよ。私だってこのぬいぐるみほどではないが愛くるしいと思うがね。」
「んん?お前ブランなのか?ついさっき中身が変わってもう戻らねえって聞いてたのに戻れるんじゃねえか。それでこっちが?ブライト?意味わかんねえな。」
「ええ。混乱するばかりですが…察するにブランの身体からメルナさまがDr.ブライトの意識を取り出しそちらのぬいぐるみに移したのでしょう。さすがはメルナさま。」
「いや…私は何もしてないのですが…。」
スカラさんは私がなんでもできると思っている節がある。
流石にいくらなんでもそんなことできるわけない。
「にゃはは!惜しいけれど私がブランの身体を返してあげてこちらに移っただけだよん!」
「…そうですね。紛れもなく、このねこちゃんのぬいぐるみが…ブライトさんでこちらの身体はブランさん本人ですね。」
「…まあ嬢ちゃんが言うんなら間違いはねえか。それにしても意味わかんねえけどな。」
「おいおい。この私と念願の再開を果たしたって言うのにそんな連れない態度なのかい?」
「そもそも人格がそんなホイホイ入れ替わるってのに頭がおっついてねえだけだよ。お前ら本当に意味わかんねえからな。」
「メルナなんて私が元に戻れたと知った時には涙を流しながら抱きついて来たっていうのにさ!」
「抱きついてないです!適当言わないで下さい!」
「まあ。ブランが戻って来たことで多少賑やかにはなりましたね。それで?」
「はい?」
「ああ。いえ。いえ!メルナさま。何かお話ししたいことがあって我々を集めたのではないですか?ブランとの再会はまあ確かにほんの少しだけ喜ばしくないこともないですが。それだけではなく。何か相談したいことがあるのでしたら愚かなる不肖にお聞かせください。」
「相談したいことですか…。」
実際のところはただブランさんをみんなに合わせてあげたかっただけではあるが…相談したい事はある。
ただ…これを本人に直接聞くのは少しだけ勇気がいる。
どうやって切り出そうか…。
「にゃるほど!そこの少女の記憶についてだにゃ!彼女については健忘誘発剤を使っただけにゃからもうそろそろ記憶が戻ってもいい頃にゃはずだにゃ!もしまだ記憶が戻ってにゃいにゃらにゃにかてをうってあげてもいいにゃ!」
猫のぬいぐるみが思い付いたようににゃーにゃー言いながら言いにくいことをずばっと言ってくれた!
…なんかすごい空気になったな…。
…誰も何も喋らない…私が何か言わないといけないかな…?
「えっと…。」
「…私はノエルです。」
「ああ!それもね!私が植えつけただけの話なんだ!悪い事をしたね!ごめんにゃさい!」
「…そうなんですか。…やっぱり…私は『ミヨさん』なんですか?」
ノエルさん…いやミヨさんは私に…縋るような目を向けた。
「はい…。あなたは…私の知るミヨさんで間違いないです…。」
「…ああ。…そうなんですね。やっぱり…嘘じゃないんですね…。」
「そうだね!私が全部話しちゃったからにゃ!いやあ!ミヨちゃんには苦労をかけたにゃあ!」
この猫ちょっと静かにしてもらえないかなぁ…。
「私の記憶は。少しずつ戻って来てはいるんです。」
「ミヨ…さん。」
「ええ。あなたが私に嘘を言っていないこともわかります。あなたは私の秘密にしていたことも知っていたし私を心から心配してくれたこともわかりました。」
「じゃあ…どうして…」
「でも。私がミヨだったとしたら…あの子は…あのミヨさんは…なんなんですか。」
「ああ!あれは私が作った…」
「私にとっては!あの子がミヨさんなんです!」
すごく大きな声だった。
それだけ…真剣な気持ちなのだろう。
「ミヨさんは優しくって…私のことを一生懸命に考えてくれて…自分のことなんて後回しで…私は彼女のことが大好きで…。」
「…。」
「そんな彼女から…ミヨさんであることを…私は…取りあげたりなんて出来ない…。」
「それは違うんじゃねえの?」
「えっ?」
何故かロクスケさんが話に割り込んで来た。
「嬢ちゃんがもともとミヨなんだろ。それでもう1人の嬢ちゃんはミヨじゃねえ。」
「でも…彼女はミヨさんで…。」
「だからって嬢ちゃんがミヨじゃなくなる必要はねえだろ。もし名前が紛らわしいってんなら新しく別の名前をつけてやりゃいいじゃねえか。」
「えっ…でも。」
「あっちの嬢ちゃんが優しくていい奴で大切にしてやりてえのもわかるが…俺やそこの師匠や…他にもミヨの嬢ちゃんを大切に思ってる奴といるんだ。」
「まあ。急に記憶をいじられて急に戻されるんだ。混乱もするだろ。ゆっくり考えな。」
「…はい。ありがとうございます。」
「あっはっは。師匠の顔見てやれよ。すげえ心配そうにしてんだろ。」
そして…ミヨさんはこちらを見て…何かを考え込むように俯いた。
…まあ。とりあえずあとは本人が納得する答えを出してくれればそれでいいか。
「話が済んだようでなにより!いやにゃにより!それてま最後に一応説明しておきたいことがあるんだけど!ああ!ちょうどいいタイミングだ!ちょっとそこの扉を開けて見てにゃ!」
…なんだろう。
嫌な予感しかしないけど…。
「念の為に用意しておいた最後の策が使えにゃかったけど成果だけ残っちゃったからにゃ!お披露目と…後始末をお願いしたいんだにゃ!」
トコトコと走る猫のぬいぐるみの後を全員でついていく。
なんかシュールだな…。
しかしすぐに目的地についたようでブライトさんは立ち止まった。
「これだにゃ!いざかつもくするにゃ!」
ブライトさんが指差したその先には。
すやすやと眠る人間の赤ん坊が眠っていた。