魔王が生まれた日 ~前編~
この大陸で一番高い山の頂上に壮大な城が立っている。
その城は魔王城と呼ばれこの世界を支配する魔王が住んでいると言われている。
悪名高いその魔王を討伐するために4人組が魔王城の前で集まっている。
どうやら城の中の構造を知らないらしく城をどう攻略するかを話し合っているらしい。
種族も性格もバラバラな4人組ではあり語気も強く話し合いというよりはもはや怒鳴りあいであり一見喧嘩をしているようにも見える。
しかし長い旅路を超えてきた間柄なのだろう。
言葉の端々からお互いを信頼しているのであろう事も感じ取られた。
しばらく相談していたが済んだのかリーダー格らしいヒューマン族の男が立ち上がり話をまとめた。
エルフが先行しドワーフがいつでもエルフを守れる位置で待機ヒューマンとコボルトが後方で周囲の警戒をするようだ。
そしてようやく城の中に入ることになり覚悟を決めて神に祈った後城の中に突入してきた。
城の中は暗く奥まで見通すことはできない。
まずエルフが先行して安全を確保したのか後続の三人もそれに続いた。
全員が城に入った所で周りが急に明るくなる。
城の中の灯りに一斉に火がついて周囲の景色が不気味に浮かび上がる。
そこに強烈な威圧感を放つ存在がいた。
「魔王だ!魔王がいるぞ!」
「何故だ!魔王がなぜこんな入り口近くにいるんだ!」
赤と金色を基調とした控えめの装飾が施された謁見の間の奥の玉座に魔王が鷹揚と腰かけ4人組と相対する。
「こんばんは。いい夜ですね。こんな夜に皆さんお城へ何か御用ですか?」
左手には果実酒をゆらし足を組みじっと4人組を見ている。
長い青い髪をしたエルフ族の女性。
そう…残念ながら私である。
魔王メルナと呼ばれ恐れられているらしい。
「全員落ち着きなぁ!戦闘陣形を取れ!大将首がいきなり目の前にあるんだぁ!血祭りにあげてやれぇ!」
半ばパニックに陥っていた面々をヒューマンが叱咤し陣形を立て直し表情も落ち着き臨戦態勢に見える。
「そう興奮しないで…落ち着いたらどうです?まずは話し合いませんか?そうだ美味しい食事にお酒もたくさん用意しますよ?」
「話し合うことなど何もない!」
「そうだそうだ!貴様がどれだけ多くの民を苦しめていると思っているんだ!」
「話し合いをしたいというのなら貴様の魔法が村を襲い大量に死んだ仲間を返せ!」
「貴様の呪いで死んだ先代の王のかたきを取らせてもらう!」
どうやら私は大量の民を虐殺し呪いを操り王様を殺してしまったらしい。
困ったことに全く心当たりがない。
「と、こいつら全員引く気はないようだぜぇ…こいつら全員酒よりも貴様の血をすすりたくて仕方ないようだなぁ!諦めてこの絶刀葛丸の錆になりなぁ!」
「なるほど…話し合うつもりはないと…私に勝てるとお思いですか?」
「勝ち目が薄いことは承知の上よ!竜の鱗を剥ぎとるにはまずは小刀からってなぁ!」
なんかヒューマン族の男だけキャラ濃くない?髪の色派手だし眼帯とかつけてるし。
「よろしい…ならばかかってくるがよい!命乞いをすれば命くらいは助けてやろう!」
「上等ぉ!野郎どもぉ命を捨てろぉ!!」
命は大事にしたほうがいいよ…。
なんでこんなことになっちゃったんだろうね…こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。
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「さてメルナさんがここにきて一週間がたつわけですが」
「はい」
「そろそろ働いてもらおうと思うのですが」
「はい」
「…食事を気に入ってもらえてとてもよかったです」
「はい」
生返事をしながらさっきからずっと食事をする手は止まらない。
今日の食事はバターロールにハムエッグと簡単なサラダにコンソメスープだ。
こちらのエルフさんはここにきて食事が大層気に入ったらしく毎日毎日大変幸せそうに食事をしている。
食事の時間以外も食品生成設備である『農場』を見て回っているらしく忙しそうだ。
ひとまず食べ終わってからまた話しかけよう。
「あぁ…美味しかった…なんで美味しい食べ物って食べたらなくなっちゃうんですかね…」
「そうですよねぇ…不思議ですよねぇ…」
「ミヨさんもそう思います?うふふ。ミヨさんにもわからない事ってあるんですね…。」
「大創造神ミヨさんも万能ではない…そういうことですよねぇ…ケプっ」
この二人は何故か妙に仲良くなっている。会話が成立しているようなのでそろそろ声をかけよう。
「さてメルナさん」
「はいなんでしょうコトさん」
「メルナさんがここにきて一週間がたつわけですが」
「そうなんですねえ。楽しいとあっという間に時間がたってしまいますねえ。」
「そろそろ前にお話ししたお仕事をお願いしようとおもうのですがどうでしょう?」
「…えっと」
「新しい世界の神様になって世界を創ってもらいたいという件です」
「具体的にはどうすればいいのでしょうか?…私世界を創ったことってなくて。」
「それはまあ…そうですよね。では順を追って説明していきます」
「おねがいします。」
「…そうだ、説明している間にミヨさんに準備をお願いしたいんですけどいいですか?」
「はいはいですよー。大創造神ミヨさんにお任せあれー。」
どうやら大創造神という肩書が気に入ったらしい。トテトテと部屋を出て行ったミヨさんを見送った。
「ではでは説明していきます。」
やっと話し始められる。一週間かけて頭の中で組み立てていた説明を順に始めていく。
「まず世界を創るとは言っても実は星や自然はもうあります」
「大地や山や川や海に植物動物。これらは最初にある程度完成した状態の新世界にメルナさんに移り住んでもらって始めてもらう形になります。」
「もちろん地形をいじったり海を増やしたり減らしたり植物動物を作ってもらうこともできます。」
「けどまあ最初はそこはあまりいじらずに住みやすいところを軽く整えて人類を作ってもらう所からですね」
「そう。人類は神が作ります。」
「まあ知的生命体なら本当は何でもいいんですがひとまずは人間を作ってもらいます。」
「そして人間達に生活を続けてもらって最終的な目標として永続的に続く人間社会を作ってもらいたいんです。」
「そう。永続的にです。1000年でも1万年でもなくずっと続く人間社会を」
「僕たち誰か一人でも作れればいいのでそのお手伝いをメルナさんにお願いしたいと思っています。」
「報酬は…そうですね…美味しい食事と刺激的な人生…なんてどうでしょうか?」
「それは…大変魅力的ですね…えっと…そうですね…整理させてください…」
メルナさんは口では結構混乱しているようではあるが冷静にこちらが言ったことをかみ砕いて理解しているように見える。
頭の回転は速く取り乱すこともない強い心を持っている。
「…いくつか質問をさせてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです。答えられる範囲で何でも答えますよ。」
「まあ人類の作り方はその都度聞いていくとしてまずはどうして人間が必要なんですか?世界はもうあるんですよね?そこに人間が必要な理由がよくわからなくって。」
「なるほどいい着眼点ですね。ただそれに関してはちゃんと理由があります。」
一個目の質問がこれか…。どこまで説明したものかな…。
「メルナさんは魔力というものを知っていますか?」
「魔力…人間が魔法を使うために体内で生成されるエネルギーで世界のあらゆるものに少しずつ含まれている…と昔に習ったような…。」
「そうですね…その認識で大丈夫です。少し補足するなら」
「魔力はあらゆるものの材料であり。それは人間の知的活動によって多く生み出されるものになります。」
「なるほど…そういうことですか…」
「つまりは魔力が大量に必要だから人間をたくさん育てて魔力を集めたいってことでよかったですか?」
「とりさんをたくさん育てて卵を集めるみたいに」
「うしさんをたくさん育ててミルクを集めるみたいに」
多分もうおおよそ理解しているし納得しているからこんなところかな。
「そういうことです。納得していただけましたか?」
「この部屋とかも魔力で出来ているんですか?」
「はい。この部屋も『農場』もそこにある食べ物も魔力を材料に作られています。」
「もし魔力がなくなっちゃったら…。」
「食べるものもなくなっちゃいますね。」
「それは…とても困りますね…。」
「わかってもらえてよかったです。」
しっかりと納得してもらえたようだ。納得は全てにおいて優先される。
「では次の質問なんですが、新世界に移住すると言いましたけど私の世界にコトさんもミヨさんもいなかったと思うんですけどどこかにいたんですか?」
「いや。メルナさんが生まれた時にはもう僕もミヨさんもいなかったですね。」
「ただ最初は僕もミヨさんもその世界にいてある程度世界を創ってからこちらに戻ってきた形です。」
「なるほど。行き来は自由にできるんですか?」
「…詳しい説明は難しいんですけど自由に行き来できるわけではないと思ってもらえましたら…。」
「なるほどなるほど。さっくりと理解しました。」
深くは追及してこないのは助かるなあ。話しやすい。
「では最後の質問なのですが…どうして私なんですか?」
「それは…」
どう答えようかな…。
「メルナさんが…優秀な人だと思ったから…ですかね…?」
「………ふぉっ???」
お。なんか顔が赤くなったな。
「一人になってから1000年生きる人って実はほとんどいないんですよ。」
「ほ…ほほぉ!そう…なんですかぁ!」
なんか結構チョロい感じだな…このまま押し切れそうだ。
「提案があったのはミヨさんからなんですが僕からみてもメルナさんはすごい人でしてね…僕らにできなかったことをメルナさんならできるんじゃないかと思って…」
「ほうほぅ…!いやいや!そんなことはないですよ!いやいやいやいや!」
「いやいや!メルナさんは色んな事が出来ますしきっと世界を立派に運営することもできるんじゃないかなってそうミヨさんと二人で思ったんですよ…。」
嘘は言ってない。
「ええぇ!そうなんですかぁ…!いやぁ…!そうなんですかぁ…!」
「ということでミヨさんに世界をお任せして素晴らしい世界を創ってもらおうかなと思ったわけなんですよ…!」
耳まで真っ赤になっている。きっと褒められ慣れていないのだろう。
「ははぁなるほどぉ…!わかりましたよぉ!全部わかりましたよぉ!」
メルナさんが全部わかったところでタイミングよくミヨさんが戻ってきた。
「準備が出来ましたよー!メルナさん!こちらへどうぞ!」
「はい!行きましょうかミヨさん!私は準備万端です!何でもやってやりますとも!」
部屋を移動しながらメルナさんは張り切っている。
「おぉ!メルナさんやる気満々ですね!」
「えぇえぇ!やってやりますとも!」
やる気になってもらったようで何よりだ。このまま行ってもらうことにしよう。
「ではつきましたのでこちらに手を当ててもらっていいですか?」
「はい!お任せください!こうですかね!」
「ありがとうございます。では」
端末を操作してメルナさんを新世界へと転送する。
…がんばってくださいね…。