どうやら様子がおかしいようです
「なあ師匠。こっちの世界に来てまた強くなってるよな。」
「何のことですかね。さっぱりわかりません。」
「あっちにいた頃より動きがすげえよくなっただろ。自覚あるって顔してんぞ。」
「動きですか。…そもそも何の動きですか?急に動きとか言われても何がなんやら。」
「…めんどくせえな。まあいいや。手っ取り早く一回手合わせしてくれよ。」
「ええ?…私忙しいんですけど。まだミヨさん見つかってないから探さないといけないですし。今すぐに出来上がった食事をみんなに配らないといけないですし。」
「別に今すぐじゃなくてもいいよ。そっちが忙しいなら手伝うからさ。」
「…ロクスケさんが強くなったってことで結論が出たじゃないですか。」
「出てねえよそんな結論は。昨日だって圧勝だったじゃねえか。」
「あれは…魔法を使ったからですよ。魔法を知らないようだったので不意打ちできただけです。」
「そもそもブランは…あの女めちゃくちゃ強ええぞ?刀持ってなかったとはいえ俺相手に何もさせずに圧倒できる奴なんて見たことねえし電撃食らったところでかなり動けてただろあいつ。」
「へえ。あの人ブランさんって言うんですか。私がいない間にお二人は仲良くなったんですね。ああ。もしかして私お邪魔でしたか?」
「話をそらすなよ。ああいや。まずこっちが礼を言うのが筋か。…助けてくれてありがとうな。」
「どういたしまして。…それじゃ焼きあがったパンとスープを牢獄の人達に配ってきてください。」
「…ああ。早くに済ませたら手合わせしてくれよ。一回でいいからさ。」
「…考えておきます。」
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まったくあの戦闘狂は…。
ただまあ…多少自覚はある…。
この世界に来てから、ではなく拠点を作って城攻めを始めてから。
身体の調子がどんどん良くなっていく。
最初は走り出すのにちょっと調子がいいかなってくらいの感覚だったのだが段々と気のせいでは済まないくらいに身体能力が上がっていったのだ。
…これも『開拓者』の効果…じゃないだろうなあ。
嫌だなあ。
まあでも考えてても仕方ないか。
とりあえずあの二人の分の食事は私が持っていくとしよう。
まずはスカラさんの方の食事を見つからないように…よし気付かれずに置けた。
しかし去り際にどうやら気付いたようで何かを訴えかけているようだったが特には気にせず次へと向かう。
スカラさんの隣には昨日建てたブランさんの牢獄がある。
ブランさんを拘束するには結構丈夫な牢獄を作らなければいけないと思ったので頑丈に作ってある。
ブランさんに食事を持っていくとブランさんは監獄の中からこちらを見つけて嬉しそうに立ち上がった。
「やあ。そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
「おはようございます。朝食を持ってきました。」
「ふふふ。いいにおいがするね。美味しそうな料理だ。」
「私の手作りです。精一杯作りましたのでできれば残さず食べてくださいね。」
「ああ。お気遣い感謝するよ。ところで聞きたいのだが。」
「…何でしょう?」
「拘束はこの程度でいいのかい?手足に枷ははめられているが鎖は長い。まあ頑強に作ってあるからすぐには脱出は出来ないがかなり自由に過ごせてしまうよ?」
「まあ手足をある程度拘束するくらいでいいかなと。それ以上は流石に窮屈になっちゃうと思いましたので…。」
「ああ。優しいんだね。いや、批判をしているわけじゃあないよ?」
「はあ。」
「私もいろいろと体験してきているからね。優しさが身に染みるのさ。」
「そういうものですか…。」
なんだろう。こちらを見る視線が妙にねっとりとしている気がする。
この人よくわからないけどちょっと怖いんだよなあ。
「ええっと、冷めてしまう前に朝ごはんどうぞ食べてください。」
「ありがとう。そうだね。それではさっそくいただくとするよ。」
ブランさんは配膳された食事を手に取ると私のほうへと近寄りじっとこちらを見つめながら口を開いた。
「…え?なんですか?」
「おや?食べさせてくれるものかと思ったが違うのかい?ふふふ。私は手足を拘束されているからね。食べさせてもらわないと飢えて死んでしまうかもしれないね。」
…ええ。食べられないほどひどい拘束はしてないんですけど…。
「えっと。食事の時だけは拘束を外しましょうか?」
「いやいや。そんな図々しい要求はしないさ。この拘束もある意味では絆の証ともとれるしね。」
かなり図々しい要求はすでにしているし拘束に絆を見出す意味も分からない。
この人もしかしてかなり頭おかしい人なのかもしれない。
「…お口に合わないようでしたら残しても大丈夫ですので…。えっとどうしても食べられないようでしたらロクスケさんにお願いしておきましょうか?」
…めんどくさいのでロクスケさんに押し付けてしまおう。
「ロクスケか。あれもまあ野暮な男だね。強いには強いみたいだが…」
「それじゃ失礼します。」
長くなりそうなので逃げることにした。
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「…ということがありまして。」
「そうか。」
「ブランさんってかなり変わった人なんですかねえ?昨日は私に対してかなり怒ってた様子だったんですが…。ああ。もしかして何かの作戦なんですかね。」
「どうなんだろうな。」
「もしよければ後で様子を見に行ってもらってみてもいいですか?私よりはロクスケさんのほうが付き合いは長いわけですし。」
「いや。まずはこっちに集中させてくれ。」
「そうですか。まあそれじゃ早めに済ませちゃいますか。」
こいつ…何度か打ち合いして自分のほうが強いとわかった途端にこれかよ…。
やっぱりこいつはめちゃくちゃ強くなってるな…。
…上がったのは身体能力だけのはずだが…。いや。反応速度も上がってんのか。
完全に自分が強いと判断したときの待ちの構えだ。
くっそ。こっちもそれなりに強くなってるはずなのに…。
前の現世で戦った時よりも強くなってるな…。
…いや。この状況は願ったり叶ったりじゃねえか。
せめて全力で持って打ち込もう。
こっちだって全力の一振りはまだ見せてねえ。
呼吸を整える。
目は全体を何となくで捉える。
体の力を可能な限り抜いていく。
速さに必要なのは脱力だ。
この一振りに全てを賭けよう。
この後どうなろうが関係ねえ。
ああ。一生届かねえと思っていた師匠が今こうして目の前で俺より強くなって立ちはだかってんだ。
最高じゃねえか。
「いざ、参る。」
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なんかかなりやばい雰囲気で切りかかってこようとしたので距離をとって石を投げたら木刀ではじかれた。
石を囮に死角へ回り込もうとしたがあちらも足さばきを駆使してこちらを真正面で捉え続けている。
…多分私のほうが強いとは思うけど…楽に勝たせてはくれなさそうだな…。
前はどうしたっけ…ああ。ヘル坊から弓を奪ってそれで勝ったんだっけか。
うーん。待ちの姿勢もまずい気がしてきたな。
まだ見せてない手札はいくつかあるけど…。
まあ今日は気持ちよく勝たせてもらうとしようかな。
ロクスケさんも魔法に関しては雷魔法以外は見せてないしほとんど知らないはずだ。
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…気が付いたら頭を後ろから殴られて、そのまましばらく気絶していたらしい。
目を覚ましたら師匠が腰に手を当てて杖を地面に突き立てながらこちらを見下ろし。
嬉しそうににやにやと笑っていた。
「うふふ。今日は勝たせてもらえましたね。どうやら私強くなったみたいです。」
「くっそ…。なんかインチキしたろ…。」
絶対に目を離していないはずだ。
それなのに気付いたら後ろから殴られていた。
なんかしたに違いねえ。
「インチキだなんて。まだロクスケさんに見せていない魔法を使っただけですよ。」
「…ああ。魔法か。いや魔法なんて前稽古したときには使ってなかっただろ。」
「まだ見せてない魔法がいくつかあるんですよ。まあ今日は私の勝ちということで…。」
なんかやたらと嬉しそうにしてんな…。
固有といい魔法といい小賢しいなという気もするが俺にも固有とやらはあるらしいし剣術を使っているので不公平だとは言えない。
「やっぱり『魔王』のおかげなんだろうな。そうじゃないと色々と辻褄が合わねえ。」
「…まあ。そう考えるしかない…ですよね…。」
「なんか俺がいねえ間に分かったことねえのかよ。」
「ああ…。そういえば…一応。」
なんか歯切れが悪いな…。
「えっと最初に捕まえた…スカラさんという方が私の『能力』についての仮説がどうとかなんとか言ってましたけど…。」
「へえ。なんだって?」
「怪しかったので聞かずに無視してたので良くわからないです。」
こいつ…
「あのさ。なんかずっと『魔王』の話が出るたびになんか嫌そうな顔してっけどさ。あったら便利なんだし別にいいじゃねえか。」
「ええ?でも…『魔王』ですよ?魔の王ですよ?いやじゃないですか?」
「なんで嫌なのかよくわかんねえけど…いやそもそも『魔王』って呼ばれてたのも師匠の態度やら発言やらにも原因があるんじゃねえの?」
「うぐぅ…」
「やたらつええし勝てるとなると手段を選ばねえし…ちょいちょい小声で『滅ぼしてやろうか』とか言ってんの聞こえてんだからな…。」
「え?いやいやいや!そんなこと言うわけないじゃないですか!」
「言ってんだよ!何回もこっち聞いてんだよ!無意識なんだったらそれこそ固有の影響とかなんじゃねえの?」
「ええ…。いや…そんなはずが…。」
「まあいいさ。それじゃ聞きに行こうぜ。」
「…何をですか?」
「師匠の固有についての仮説って奴をだよ。スカラってのはどこに捕まってんだ?」
こちらが提案すると師匠は死ぬほど嫌そうな顔をして黙り込んでしまった。
「…まあ…ミヨさんが捕まっている街についても聞かないといけないですしね…。」
「ああ。」
昨日の更新で1000PV行きました!
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