恐怖で支配される街
「そうですか!朝ごはん美味しかったみたいでよかったです!えっと他の人達への食事も持っていかないといけないので失礼しますね!」
スカラさんは何か話したかった様子だが…何か嫌な予感がしたので話は聞かずに牢獄を出た。
何か協力したそうにしていたけど基本的には一人の方が動きやすいしなあ。
「仲間になります」って言ったら面白いなと思ってはいたものの
いざ付いてくるって言われたとしてもこちらとしては困るし「実は改心しました」みたいな空気を出されても私には嘘なのか本当なのか判断できない。
拠点の台所に行きパンとスープを鍋ごとと食器人数分を台車に乗せて残りの人達の寝床へ向かう。
みんな困惑しながらもこちらからの食事を受け取ってくれた。
大声を出したり怒鳴られたりするものかと思っていたが意外にみんな好意的な態度だった。
きっと私の優しさがみんなに伝わっているのだろう。
全員に食事を配り終えたので早速今日は街に偵察に出かけることにする。
昨日は大きな音を出した上に手当たり次第に住民を気絶させて連れ去ってしまったので大きな騒ぎになっているのかもしれない。
昨日は暗かったし目的地の塔…じゃなくてビルっていうんだっけ。ビル以外の街並みはほとんど見ていなかった。
一応今日は変装代わりに昨日とは違う服装で髪の毛も後ろで束ねて帽子をかぶっている。
ばれないとは思うがロクスケさんが言うには私はとても目立つらしいので人目につかない場所を選んで移動していく。
…いやばれないとは思うけど…念には念を入れるのだ。
そうして裏通りを歩いていたがどうやら表通りではなにか騒動があったようで色々な人が大騒ぎしている。
物陰に隠れながら近づいて話を聞いてみよう。
「…一体何がどうなってるんだ!」
「昨日夜中にすごい音が鳴っていただろ!斧を振り回して暴れていたらしい!」
「ビルの支柱を全部へし折ってビルをぶっ壊すつもりだって聞いたぞ!斧だけでビルが倒せるわけねえだろ!」
「支柱のうち一本はとても修復できないほどに粉々にされていたらしいぞ!とんでもない怪力の持ち主だ!」
…私が昨日忍び込んだことで大騒ぎしているらしい。
そんなに変なことしたかな…。
「斧を振り回すくらいだから大柄な男だろう?目立つだろうからすぐに捕まえろよ!警備隊は何をしてるんだ!」
「警備隊の人達もすぐに駆け付けたらしいが…全員連れ去られたらしい。ビルの警備をしていた人たちも合わせると10人以上行方不明になっているって聞いたぞ。」
「10人も連れ去ってるんだったらなおさら捕まえられるだろう!誰か目撃者はいないのか!」
「時間が時間だから見ていた人も少なかったらしいが…いるにはいる。だが…」
「だがじゃねえだろ!早く話せよ!」
「…ちゃんと見てはいたんだが…ほとんど見えなかったらしい暗かったのもあるがとんでもない速さ何か…黒い影が駆け抜けていって気付いたら警備隊は全員いなくなっていたと…」
「はあ?そんなわけがあるか!犯人は斧を振り回すような奴だし大男だろう?そんな奴が目立たないわけないだろう!」
「目撃者が口をそろえて言っていたんだ!そいつらが全員嘘ついてたっていうのかよ!」
「…それもそうか…いやでも…そんな化け物がどうしてこの街にいるんだよ…!」
「わからねえが…話を聞いた奴らはみんな噂してるよ…」
「魔王がこの街を滅ぼしに来たんだってな!」
「…魔王だと…そんな演劇にしか出てこないような存在が…有り得ねえだろ…。」
「ありえない?そうかもしれねえな!だが普通の人間がやれるような所業じゃねえよ!それこそありえねえ!」
…えええ?魔王なんているわけないじゃないですか。…ちゃんと言い返してあげてくださいよ。
まあ誰かに見られていただろうなとは思っていたが話が想像していたのとは違う方向にまずい流れになっている。
…どうしようかな…まあしばらくはこの方針で進めていくしかないしなあ…。
とりあえず顔や背格好などはばれていないようなので大丈夫だろう。
今日も夜にまた計画を進める…しかないよなあ…。
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一体なんだというのか。
魔王とはなんだ、あの女のことではないのか。
ロクスケを捕まえた時に一目散に投げ出して行った時には速いなとは思ったがそれだけだと判断した。
確実にあの3人の中で一番強いのはロクスケだったはずだ。
取るに足らない女一人逃がしたところでどうにもならないはずだった。
それともほかに協力者でもいるのか?
昨日の事件の後に即あの女の背格好などの特徴を街全体に広げるように指示をした…。
しかし街の中は魔王の話で持ち切りだ。
身長3メートル越えで四本ある腕でそれぞれ斧や剣などを振り回しその目で睨まれたものは気を失い風よりも早く周囲の人間全員を連れ去ってしまうという話だ。
ありえないだろうが!
どう考えても全部あの女の仕業だ!
だというのに町の住民全員がなぜか腕が四本ある大男を探している!
全く愚かな事この上ない。
あれから数日たつが毎日毎日たくさんの住民が連れ去られている。
最初の内は目撃者もいたが目撃した人は連れ去られるという噂を恐れて最近では夜遅くになったら誰も出歩かないようになった。
ビルの支柱ももう半分くらいがへし折られている。
毎日毎日必死で補修作業をしているが毎日それぞれ違う支柱をへし折られてはもうこの建物も長くは持たないだろう。
…私自身が出るしかないのだろうか…?
いや…最悪の事態を考えたら私が出るわけにもいかない。
そもそもがビルに拘束しているロクスケが目的なのだから牢獄の前から私が離れるのもリスクが高すぎる。
それに…もしも戦って私が負けでもしたらこの街が落とされることになる。
ロクスケからはいまだに碌な情報は聞き出せていない。
女一人にこの場所が落とされることはまずないだろうと高をくくっていたがそろそろ手段を選んではいられない。
こちらから打って出ることも視野に入れなければならないか…。
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そろそろ向こうからこちらの拠点を攻めてくるころかな…。
毎日毎日頑張ってビルの支柱を破壊しているおかげで色んな人が集まってきてくれるので連れ去り大作戦は順調だ。
もう50人くらいに来てもらっているので一つの建物はいっぱいになった。
流石に50人分の食事を一人で作るのは『農場』も作ってあるのでなんとかなっているがとても大変だ。
しかしみんな私が出した料理を美味しい美味しいと言って食べてくれるのでこちらもつい毎日頑張ってしまう。
スカラさんは毎日私に話しかけてくるが基本的には聞き流している。
敵対心がトリガーだとかなんとか言っていたがよくわからないので最近は気付かれないように食事だけ置いて逃げ…急いで他の人たちの食事の準備に走るようにしている。
「よし。今日は作戦決行日にしよう。」
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そろそろいい加減助けに来てくれねえかな。
いや。師匠も頑張っているらしいことはわかる。
毎日毎日下のほうから何かをぶっ壊してるような音は聞こえてくるしその音が鳴るたびにブランは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
毎日毎日あの手この手でブランは俺から話を聞き出そうとしてくる。
鞭や棒で何度も打ち付けてきたり食事を抜いてみたり脅してみたり色仕掛けのようなことをしてきたり懇願してきたり毎日毎日「私達は友達だろう?」と熱を帯びた目で見てくる。
…耐えられねえわけじゃねえがかなり鬱陶しい。
なんでこいつはずっと俺の牢獄の前にいるんだろうか。
「一体あの女は何なんだ!どうして毎日ビルの支柱を破壊していくんだ!」
「いや…知らねえよ。このビルぶっ壊すつもりなんじゃねえのか…。」
「ロクスケがこのビルにいるのにか!ビルを壊してしまっては中にいる君も無事では済まないだろうが!」
「そうだよなあ。俺も殺すつもりなのかも知れねえな…。」
「ふざけるな!真面目に答えてくれないか!」
「…いや…おれにもわかんねえよ。なんなんだろうなあの女…。」
師匠が何考えてるかなんて俺にわかるわけねえだろ。
いつもわけわかんねえ理屈で動き回るし一回動き出したらわけわかんねえ速さで色んなことをやってくから思考にも行動にもついていけねえんだよな。
「くそ!本当にあの女は一体何なんだ!訳が分からない!」
本当にな。俺もそう思う。
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さて、今夜はロクスケさんを助けに行くことにしよう。
毎日目撃者が残らないようにしていたら夜はほとんどだれも出歩かなくなった。
もしかしたら私以外に『魔王』がいて人さらいなどをしているのかもしれない。
このビルの警備をしていた人達からビルの間取りやロクスケさんがどこにいそうかといった情報は聞き出してある。
まあぱっと行ってぱっと連れて帰るとしよう。