一握りの敵意
まさかスカラさんが本当に敵だとは思わなかったな…。
怪しいから拘束させてもらいましたと言ったけどそれ以上に私のこれからの行動を見られるのがまずいと思ったからまあなんとなくで拘束に踏み切ることにしたんだけど。
しかし拘束したらなんだかすごく動揺した様子だったのでカマをかけたらあれだけ饒舌だったのが全然話さなくなったので多分何かやましい事でもあったんだろうなと判断した。
これまではスカラさんが近くで見張っていたから創造端末を隠れながら使わなければいけなかったけど今はしっかりと拘束したのでこれで心置きなく使える。
城攻めに必要なものは…まあ一通りそろえたのでこれで行けるだろう。
とはいえ1日2日でどうにかなるとは思えないので長期で計画を立てていかなければならない。
割と近くにあるという事で歩いて近くまで来たけど…これは城というより…塔になるのかな?
四角くてガラスの窓が沢山付いてるし高さはかなり高い。
私が飛び降りた時の塔と同じくらいの高さはありそうだ。
もう深夜ではあるがある程度は中に人がいる様子だ。
きっとロクスケさんもここにいると思うけど…。
いなかったらどうしようかな。
…まあいなかったらその時また考えることにしよう。
街を相手にするわけだしなりふり構ってはいられない。
なにせ私もこんな大きな建物を陥落させるのは初めてなのだ。
さて。覚悟を決めるとしよう。
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今日からはしっかりと警備をしてくれと言われたけど何かあったのだろうか。
いや。
前々からこの日に向けて何か準備をしている様子だったし朝に社長が大柄の男性を連れて帰ってきたので何かはあったのだろう。
ただ警備員である自分には碌な情報も与えられていないので言われた通りに厳重に警備をするだけだ。
私はこのビルの警備をしだしてから5年になる。
ビルの構造はもうすべて把握しているし不審者がどこを通っていくかどこに隠れるかなどもある程度は決まっていてその場所は頭に入っている。
頻繁ではないが夜間にこのビルに侵入しようという輩は結構いる。
その時には私もそれなりに頑張って捕まえたりもする。
とはいっても複数人で一人を取り囲んで捕まえるというだけなので私自身が取り立てて優秀というわけではない。
「今日は何かあったんですかね?」
「いやあ。何かあったんだろうけど我々には知らされはしないだろうね。」
「ですねえ。何にしても頑張って警備をするだけですもんねえ。」
「まあとはいえずっと緊張していてもいざという時に動けないからほどほどにしておいた方がいいよ。」
「そうですね。それじゃあ自分見回り行ってきますー。」
後輩は見回りに出かけたので待機の私は少しリラックスしながら椅子に腰かける。
今日はこれから朝まで仕事をすることになるのである程度の緊張感は保ちつつしばらくはリラックスしながら待機するとしよう。
ぼんやりと時計を眺めていた。
そろそろ12時になりそうなのでじっと注目する。
あと5秒…3…2…1…。
ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!ごぉぉぉおおおおおん!
うわぁ!なんだ!なんなんだ!
日付が変わると同時にとんでもない轟音が下から鳴り響いてきた。
後輩が見回りに行っているはずだが急いで私も様子を見に行こう。
途中他の警備員も慌てて飛び出してきたので合流しながら下に降りていく。
ビル自体はかなり広いが警備に残っていたのは8人程度で降りてきたのは3人ほどだった。
「何の音だこれ。」
「わからん。でもすごい音だな。」
「これかなりやばいんじゃない?他の人も呼ぶ?」
「いや。下ばっかりに集まって他の場所狙われたりしてもまずいだろ。」
「とにかく急ごう。かなりまずいことになってる可能性もあるし覚悟はしておこう。」
降りていく最中にも音は鳴りやまない。
たまに静かになったかと思ったらまたしばらくしたら断続的に音が聞こえてくるので下に着いたら犯人は見つかると思う…がこんなに轟音を鳴らしながら目立つであろう作業を続けているのはどういう事なのだろうか。
一階についたので相手に気付かれないように隠れながら様子をうかがう…。
しかし…なんだこれは…?
え?
本当になんなのこれ?どういう事?
「…スーツを着た少女が…斧を振り回して支柱をへし折ろうとしてますけど…なんですかこれ?」
この光景の意味が分かるものはこの場に誰もいなかった。
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うーむ。
10人ほど確保したので今日はこれくらいにしておきますか。
街の様子もなんだか騒がしくなってきたしここらが潮時だろう。
あらかじめ近くに隠してあった台車に運び込んだ人達をお互いに苦しくないように載せていく。
落ちないように縄と金具で固定したら台車を引っ張り「えい」と頑張って走り出す。
できる限り揺れないように道を選択しながら走っていく。
道はあらかじめ決めてあったので迷うこともない。
何とか連れてきた人たちを起こすことなく拠点まで戻ってこれた。
拠点にはいくつか新しく建物を作ってある。
この人達に住んでもらうことになる住居だ。
…拘束することになるとはいえ快適に過ごしてもらいたいので創造端末を使って割とちゃんとした建物を作ってある。
いくつかあるうちの一つの建物に台車ごと運び込む。
角にある部屋まで運び込んで縄をほどき口にまいてある布も外し備え付けてあるベッドへそれぞれ寝かせていく。
全員をベッドへ寝かせられたので外へ出る。
「ああ。さすがにここへ来た痕跡は消しておかないといけないですね。見つからないように気を付けながら行ってきますか。」
他にも色々と必要なことをこなしていたら私の部屋に戻るころにはもう午前2時になっていた。
「ふぁ…さすがに眠いですね。まああとは明日にしますか。」
私は手早く着替えて布団に潜り込みぼんやりと明日やるべきことについて考えていたが気が付いたら意識を手放していた。
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ああ。まずいまずいまずいまずい。
あのメルナという女、何かあるとは思って最大限の注意をしていたが…。
やはりあの感情が引き金になっていたか。
だめだ。まずい。正気が保てない。
もうどこまでが自分の意思で保持している感情でどこまでが塗り潰された感情なのかもわからなくなってきている。
まずは落ち着いて呼吸を整えよう。
何も考えない。
何も考えない。
僕は…彼女の味方であるべきだ…いや違う…いや…これでいいのか?
意志の混濁はどんどん進み段々と染まり澄んでいく。
いや…これでいいのか?
僕の目的を果たすためには…どうすればいいんだっけ…?
今すぐこの甘美な意志に染まっていったほうがいい気もするしそうでもない気もする。
ああ。だめだだめだだめだ。
落ち着こう息を整えよう。
息を吸って…吐いて…吸って…吐いて…
何も考え…られなくなってきた…。
考えないようにしようとすればするほど意志はねじ曲がり混濁していくし意識をそらそうと努力したところで最終的には彼女のことを考えている。
日が暮れるまではここをどうやって脱出しようかを考えていたが今はもう脱出しようという気が全く持てなくなっている。
正常に戻せなくなっている。
今の僕にはこの場所を出るという選択肢はなくなっている。
この場所に留まりその上で何を選択するかという考えで固定されている。
僕は朝になるまでこの一握りの敵意を持ち続けることができるのだろうか。
あっ。
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朝になったので全員分の食事を用意して持っていかなければならない。
とはいっても大量のパンを焼いて具だくさんのスープとセットで持っていけば十分だろう。
昨日の魔物の肉も味見してみたが美味しいお肉だったのでスープにたくさん入れておこう。
パンがいくつか焼けたのでまずは一人で最初に作った牢獄に入っているスカラさんにご飯を持って行ってあげよう。
んー昨日出かける前にあった時は敵意を持った目でこちらを見ていたから少し不安だなあ。
まあ憎まれても仕方ないとは思うし仲良く…できればしたいけどなあ…。
もしかしたら今日ご飯を持って行ったらすごく喜んで「美味しいご飯をありがとう!メルナさんの仲間になります!」ってなるかもしれないし。
流石にありえないか。とりあえず食事をもってスカラさんのいる場所に入る。
スカラさんはもう起きていたようでベッドに座り私を見つけるとこちらを見た。
「おはようございます。朝ごはんですよ。頑張って作りましたがお口に合わないようでしたらいつでも言ってくださいね。」
「ああ。ああ。どうもありがとうございます。いえまずは挨拶からでしたね。おはようございます。今日メルナさまにお会いできることを待ち望み楽しみにしておりました。僕の為にそんなにも美味しそうな料理を用意してもらえたのですね…うれしい。はい。とってもうれしいです。すごくいい匂いがしますしパンもこんがりと焼けていますしスープもとてもおいしそうです。ああ。そうだ。極上の食事を持ってきていただけたことで忘れてしまうところでした。お話したいことがあるのです。ああ。そうですね。まずは冷める前にぜひいただきます。もぐもぐ。ああ。なんてふわふわとしたパンでしょう。表面はカリカリとしていますし中はとろけるようにふわふわです。こんなにもおいしいパンを食べるのは初めてです。ああ。ごめんなさい食べながら話してしまってよろしいでしょうか。ありがとうございます。もぐもぐもぐもぐ。えっとまずはですね。僕にはもう敵対する意思はありません。そうですね。昨日まではメルナさまを何とか出し抜こうと画策しておりました。しかしですね。今の僕にはもうそれは不可能なのですよ。ええ。はい。実はですね。もぐもぐもぐ。ずずずっ。ああスープもとっても美味しい。お肉のうまみが完璧に引き出された…少しスパイシーな味付けですね。ああ。毎日こんなにもおいしいものが食べられるなら僕はとても幸せです。ああそうでした。話を続けさせていただきますとですね。これはきっとメルナさまが持つ『能力』が原因なのだと思われますが。ええ。はい。そうです。メルナ様が持つ『能力』です。ふふふ。ご謙遜を…。では今から愚かなる不肖がメルナさまが持つ『能力』についての仮説を披露させていただくことにしますね。」