異世界転移は初めてですか?
転送される時の部屋は少し特殊な構造をしている。
部屋の中に透明な仕切りみたいなものがあってその中に一人分のイスが置いてある。
転送される人はその椅子に座り両手を目の前の石板のようなものに押し当ててその間にコトさんが外から端末を操作して移動が完了する。
今回の転送先に選ばれたのは人が近くに住んでいない場所にポツンとある洞窟の中らしい。
洞窟の中で他の二人の到着を待つ。そんなに広い洞窟でもないので待っている間に出入り口付近に向かって外の様子をうかがう。
「…外に人影は見当たらないし…特に人や動物の気配は感じませんね。時間は朝7時ってところですか。」
軽く偵察をしているうちに二人も転送を済ませてこちらに来た。
「この…転送っての…なんかすっげえ気持ちわりいな…」
「そうですかぁー?フワフワっとして楽しくないですかぁ?」
「嬢ちゃんはつええなあ。まあ俺ぁこん中じゃ一番の新参者だししゃあねえか。」
「ロクスケさんは転移苦手なんですね。外はひとまず安全みたいなのでまあある程度は警戒しつつ出て行きましょうか。」
「ああ。周囲の警戒はできる限りしてった方がいいわな。」
ちなみに今回私達が来ている服はこの現世の人達に合わせて『スーツ』というなんだかとってもオシャレな服を着ている。
ロクスケさんは眼帯が目立つからという理由で『サングラス』というアクセサリーで目を隠しているしわたしもよく似た『メガネ』というものを付けている。
「いやー!この三人で一緒にこれるなんてとっても楽しくなりそうですねぇ!」
「ふふふ。そうですね。私も今回はすっごく楽しみです。」
「んー。俺としては戦えねえってんならつまんねえからなんか問題起きて戦闘になってくれねえかなあって思ってるよ。」
「何言ってるんですか!何も起こらないのが一番ですよ!」
そう。何も起こらないのが一番であるが。やはりというべきか今回も一筋縄ではいかなかった。
誰かに見られてる。そう思ったときには遅かった。
「囲まれてんなぁ」
「…いつ気付きました?」
「今の今だな。何なんだこいつら。」
「うーん。そうですよねえ。どう考えても急に出てきた感じですよねえ。」
「やあ。こんにちは。初めまして。」
急に。
何の前触れもなくその黒い女性は現れた。
いや…?女性のようにもみえるが…もしかしたら男性なのかな…中性的な人だ。
「ああどうも。初めまして。ええっと。どちら様でしょうか?」
とりあえず挨拶はしておこう。
「うふふ。黒の街の代表者だよ。挨拶に来たんだ。」
黒の街…?えっとこの近くの街の…代表の人か…。
「あぁっと。町の偉い方ですか。わざわざ挨拶だなんて。ありがとうございます。」
「ああ。どうもどうもご丁寧に。礼儀をしっかりとわきまえている方で。何よりだとも。」
「すみません。我々は旅をしてきたものでして。このあたりにあまり詳しくないのですが…。何か用でしたか…?」
「用事?ふふ。用事かい?あるとも。ぜひ私に君たちを案内させてほしいんだよ。」
「…。」
ちらりとロクスケさんの方を窺うと…リラックスしているように見えてかなり警戒している様子ですね。
「あの…。すみませんが仲間と少し相談していただいてもよろしいですかね?」
「ああ。もちろん。ゆっくりと相談してくれたまえ。時間はたっぷりあるんだからね。」
「ええ?そのお話には私も混ぜてもらえるのかしら?わたしだって白の街の代表者だもの!あなた達を案内して差し上げたいわ!」
今度は突然白い少女が生えてきた。
「ええっと…。」
いや比喩でも何でもなく本当に地面からにょっきり生えてきた…ように見えたが…。
どうしたものかな…?
「案内なんて必要ねえよ。俺達は俺達だけで街を見て回らせてもらう。」
ロクスケさんが無遠慮に。ぶっきらぼうに発した。
その一言に。二人が纏う空気が変わる。
その瞬間。
ロクスケさんは黒い女性に殴りかかりその拳はいとも容易く止められていた。
「逃げろ!嬢ちゃんつれて!」
黒い女性は受け止めた衝撃を流しながらロクスケさんを蹴りつける。
ロクスケさんも徒手空拳で受け止めるが黒い女性の蹴りはかなり重そうだ。
「ええ?どこに?」
まずい。
「自分で考えろ!そういうのお前の方が得意だろうが!」
「メルナさん!!」
わたしは呼ばれてミヨさんの方を振り返ったが。
ロクスケさん達に気を取られたのがまずかった。
ミヨさんはもうすでに白い少女に肩をつかまれてそのまま二人で地面に半分沈みこんでいた。
「これに!捕まって!」
まずいまずい。
わたしは杖を取り出してミヨさんに差し出した。
しかし。
「うふふ!じゃあね!」
完全に初動が出遅れたためミヨさんに杖が届くという時にはもうすでにミヨさんはいなくなっていた。
まずいまずいまずい。完全に後手に回っている。
「ロクスケさん!離脱します!また後で!」
「ああ!」
わたしは。一目散に逃げだした。
多分あの女性は今の私達じゃあ勝てない。
きっとあそこにとどまっていたら二人とも捕まっていただろう。
ただ。一人で残ったところで殺されることはないだろう。
そう判断しての撤退だった。
しかし私が走り出すのと同時に周囲を取り囲んでいたらしい黒い影と白い影が飛び出してきた。
「うわ。なんだこれ。」
白い影は魔物のように見えた。四足歩行で熊くらいの大きさの…見た事がない獣だ。
黒い影は人間のように見えた。しかし人ではありえないシルエットをしていて…その質感は金属の様だった。機械…なのだろうか…?
「あはは!命令だ!一斉に襲い掛かれ!」
黒い女性はどこか楽しそうに快活に叫んだ。
命令を受けた黒い影は一斉にこちらにまっすぐ向かってくる。
白い影はこちらに襲い掛かっては来ずに注意深くこちらを窺ってくる。
完全に囲まれていて。逃げ場はどこにもないように思えたが。
「杖を出しておいてよかった…」
私は杖を使えばある程度の立体機動はこなせるし振り回して強引に道を切り開いたりができる。
黒い影はまっすぐにこちらを狙ってくるので避けやすい。
そして白い影はタイミングを見計らって襲い掛かってくるため避けにくいが、白い影の方はどうやら動物であることは間違いないので頭に一撃当てれば動きを止められた。
それぞれ数は多いが白い影も黒い影もそれぞれ同一個体が沢山あるだけなので動きは読みやすい。
「よし。このまま行ければ…」
思っていたよりも私の包囲網は小規模であり。
わたしを囲っていた白と黒の影は抜けた。
「よし!追いついた!」
そして。目標を補足した。
そう。私はやみくもに逃げていたわけではない。
「うわあ。違います。僕はただの通りすがりの一般人でして。はい。ここへはたまたま通りすがっただけなんですよ。ええ。ええ。それはもう私は紛れもなく無関係の一般人で…。ええそうなんですよ。僕は白の街にも黒の街にも属さないいわゆる『中立市民』という大変に人畜無害な人物でして…。つまりは身分を明かすことはできませんがあなたの敵でないとそういう事は間違いない。ええ。そう言い切れるだけの人物でして。ああいや。僕。スカラ・ロウと申します。そのスカラ・ロウは一見怪しく見える要素も多分に存在するのだと思います。でもしかしですよ。僕があなたに害意をもって襲い掛かったとして。いやそれはあくまでも例えばの話でありまして絶対に僕があなたに襲い掛かるなどという事は絶対に有り得ないわけなのですがもしも不運に不運が重なりそういった事態になったとしても。あなたのようなとても偉大な方に僕ごときが何かできるのかと。いいえいいえ。何も絶対にできないだろうと。それくらいに僕はあなたにとって安全な人間でありまして。」
遠くに見えたこちらを見ていた怪しい人影をひとまず追いかけてみたが…。
どうやら私が望んだとおりの人物であるらしい。
「なるほどあなたの言いたいことはよくわかりました。」
「いいえいいえ。違うのです。あなたにとって僕は怪しく見えるかもしれません。確かにそうです。あなたにとってはわたしは初対面でありさらに言えばあなたがこちらを追いかけてきたという事実に私はとても驚いてしまいました。その結果あなたから逃げ出すという結果になりました。ええはい。結果だけを見ればそうなのかもしれません。ですがしかし。それは誤解であると。ええ。ええ。僕があなたに誤解を与える結果になったのは完全に僕の手落ちであって。あなたに原因があると責めることは絶対にありえないわけなんですけれども」
「つまりはあなたは私が困っているので助けてくれようと。そう思っている善意の市民なんですよね?」
「ああ確かにはい。僕は冷静に考えればどう考えても信用に値することはない………え?」
「はい!通りすがりの市民であるあなたは困っている私を助けてくれると。そういうわけですよね!」
ああよかった…!何とかこの世界の協力者になってくれそうな人を見つけることができた。
何はともあれこの人から情報収集をさせてもらうとしよう。
…どうやら最悪に近い状況ではありますが神様はまだ私を見捨ててはいなかったようです…。