たとえば世界が滅んだとしても
「なあ。トリス。」
「うふふ。どうしました?ヘルメス。」
「いや…なんでもない。あとからにするよ。」
うふふ。おかしな人。
思えば昔から彼は思わせぶりな態度ばかりとって私を困らせていました。
私がまだ子供だった頃。
当時の里は今ほど発展しておらず里の大人たちは里に家を建てたり食べ物を取りに行ったりと忙しくしてて子供たちもそれを手伝って忙しくしているのが当たり前でした。
そんな中私は背は小さくて力も弱かったので一人で花を眺めていました。
花を眺めているとささくれだった心が少しはマシになるような気がして。
花を眺めているのかその周りを飛ぶ虫を眺めているのか。
「おい。おまえ。大人を手伝わないのかよ。」
「あら。こんにちは。私は花を眺めているんですよ。」
急に男の子が話しかけてきたので少しドキドキしながら返します。
「花なんて眺めてて楽しいのか?」
「さぁ?楽しいのかと聞かれると難しいです…でも私はきれいなので花を眺めているんです。」
「そうなのか…?まあたしかにきれいかもな。でも飽きねえか?」
「そうですね。少し飽きてきたころです。なのでわたしとお話をしてもらえませんか?」
驚いたように目をまんまるとしてこっちを見てきます。
「…もうお話はしてるんじゃねえのか?」
「ふふふ…そうですね。でもまだ私たちお互いの名前も知らないんですもの。あなたは何てお名前なの?」
「…ヘルメス。大人とかはヘル坊とかへー坊とかいうけど。ヘルメスって呼んで欲しいんだ…オレは。」
「そうなの。ヘルメスっていうのね。よろしくね。ヘルメス。」
「お前は…」
「私はお前なんて名前じゃないわ。私の名前はトリス。トリちゃんとかお姫様とか呼ばれてるけどなんて呼んでくれてもいい。」
「トリス。トリスか。それじゃあ…トリス。お話をしようか。」
「ええ。ヘルメス。それじゃあ私あなたの事を教えて欲しいかな。」
「オレの事か…何を話そうかな。」
それからヘルメスはいろんなお話をしてくれた。
好きな食べ物のお話。
嫌いな食べ物のお話。
ヘル坊って呼ばれるのが嫌なんだっていうお話。
一生懸命里の建物を作る大人を手伝っているらしい話。
昔いた旅のエルフさんをババアって呼んだら首根っこつかまれて気を失うまでビンタされた話。
最近毎日このあたりを歩いていたら私の事を見かけるのでずっと気になっていた話。
将来自分はこの里で一番偉いリーダーになるんだという話。
いつか大人になったら色んな場所に冒険に出かけて世界を見て回りたいんだという夢の話。
色んな事をお話していたらいつの間にか帰る時間になっちゃった。
「ヘルメス。いっぱいお話していたらもうこんな時間ね。遅くなっちゃうからまた今度にしましょう。」
「えっ。本当だ。もうこんな時間だ。」
「今日は楽しいお話をいっぱい聞かせてくれてありがとうね。ヘルメス。私とっても楽しかったわ。」
にこりと笑いながら答える。
嘘だけれども。
話す内容はなんだかありきたりで少し退屈だった。
でも私がこうやって笑って楽しかったと答えると男の子はみんな喜ぶから。
男の子が嬉しそうに楽しそうに舞い上がっている姿を見るのは楽しいから。
私はいつもみんなに「とっても楽しかったわ」というのだ。
ヘルメスも顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
「ふふふ。ヘルメス顔が真っ赤よ?どうかしたの?」
「ち。違うよ!夕焼けで赤く見えるだけだよ!」
「そうなの?じゃあそういう事にしておくわね。」
ふふふ。また普通で退屈な答えね。
まあどっちでもいいのだけれど。
それからしばらくはヘルメスとは色々なところで会うようになった。
とは言ってもすれ違う程度なのでこちらから手を振ると照れ臭そうに手を振り返してくる程度のものだ。
たまに退屈なときは呼び止めてお話を聞かせてもらう。
色んなお話をするけれども大抵は退屈な将来の夢のお話。
それでも私はニコニコと笑いながら聞くのだ。
退屈を退屈で紛らわせるだなんてとってもおかしい。
ヘルメスの他にも仲良くしている男の子は何人もいた。
彼らはそれぞれに退屈なお話をしてくれた。
ありがとう。面白かった。と言ってあげると一様にみんな赤くなって喜ぶのでそれを見るのは楽しかった。
少し大人になった私はある日突然ヘルメスに呼び出された。
「どうしたの?ヘルメス。今日はお話はしないの?」
私を呼び出したヘルメスはずっと難しい顔をして黙っている。
「いや…悪いな。こちらから呼び出して。」
「ふふふ。いいのよ。やっとしゃべってくれた。今日は何か大事なお話でもあるの?」
「あ。ああ。そうだ。大事な話があるんだ。」
「大事な話?私に大事な話があるの?是非聞きたいわ?」
「ああ。少し待ってくれ。」
「ええ。ヘルメスのペースでゆっくり話してくれればいいから。」
私は少しだけ愉快な気持ちになって彼の言葉の続きを待つ。
「大人たちが。そろそろみんな別の場所に集落を移すらしい。」
「そうみたいね。うちの両親も別の場所に移動するって言ってるから私の兄や姉も驚いてるの。」
「ああ。それで大人たちがみんなこの場所からいなくなるから…今度オレたちの中で里の代表を決めようっていう話になって…。」
「あらまあそうなの?ヘルメスはこの里のリーダーになるの?」
「いや。まだ決まってはいないが…。オレも立候補することにしたんだ。」
「へえそうなの?すごいじゃない!ヘルメスが里のリーダーになるだなんて!」
「いやあ…オレに務まるかどうか…トリスは…オレがリーダーになったら嬉しいか?」
「ふふふ。そうなったら私…とっても嬉しいわ!ヘルメスはきっと素敵なリーダーになるもの!」
「そうか…じゃあ…もしオレがリーダーになったら…その時はトリス…オレと…結婚してくれないか?」
「え?ヘルメスは…私と結婚がしたいの?」
「い。いやあ。里のリーダーになるのに結婚相手の一人もいないってんじゃ…格好付かないだろう?」
「へーっ。そうなんだー。ヘルメスは私と結婚したいんじゃなくって格好つけたいからだけなんだ。」
「…いや…すまん。そうじゃないな…オレは…トリスの事が好きで…トリスの為にリーダーになりたいって…そう思ったから…オレと結婚してほしいんだ…」
「ふふふ。それじゃあ…リーダーになったら結婚してあげる…その方がヘルメスもやる気でるでしょ…?」
「あぁ!…ああ!そうだな!オレ…頑張ってリーダーになるよ…それでトリスの事を絶対に迎えにくる!」
…ああ。あの頃のヘルメスはとっても素直で可愛かったのにな。
昔のことを思い出しながら今やることを考える。
まずは掃除だ。この場所をきれいにしないと。
結構汚れがひどいので布で拭いてもすぐに布が汚れてしまう。
「水洗いと…石鹸も必要になりそうね…。」
ごみの処分にも布を使ったし今回の掃除で布はダメになってしまうだろうしたくさん布が必要だ。
またヘルメスが出かけたときに買ってきてもらわないといけない。
先日まで会議の為に遠出していたからその時に頼んでおけばよかったなと考えるがその時にはまだこんな掃除が必要になるだなんて考えもしなかった。
まあまた今後も忙しくなるだろうし布はまだ備蓄は足りている。
そうだ今度は久しぶりに二人で遠出して一緒に買い物をしても良いかもしれない。
そうだそうだそれがいいと少しだけ楽しい気持ちになる。
うんざりとした気分で掃除を続けていたので楽しいことをいっぱい考えて乗り越えていかないといけない。
他にも何か楽しいことを考えないと…。
ああそうだ!
今回のこともあってきっとヘルメスはこの地域の王様になれるはずだ。
そうなれば私は王女様ということになる。うふふ。それはとっても嬉しいことだ。
「トリス。戻ってきたよ。」
「あら。ヘルメスおかえりなさい。今ちょうどあなたのことを考えていたの。」
「私のことをか…何を考えていたんだい?」
「あなたがこの国の王様になったらいいなって考えていたの。」
「私が…この国の…王様にか…トリスは…オレがこの国の王様になったら嬉しいか?」
「ええとっても!だってそうなったら私は王女様じゃない!」
「そうか…オレは…私は…王様になるために頑張らないとな…。」
「そうよ!だってあなたは」
「あの魔王を退治したんだもの!」
「まさか私が部屋に連れ込んで『目をつぶって耳をふさいて』っていったらいう通りにするだなんてとっても驚いちゃった」
「目と耳がふさがってさえいればあなたの弓で外からでも一撃よね!まさか一発で退治しちゃうなんてやっぱりあなたって本当にすごい!」
「ずっとずっと私思ってたの!この地の災害や呪いがなくならないのはやっぱり魔王がいるからなのよ!」
「そうね。確かにこの魔王が言う通り魔王を退治したって『災害がなくならない』かもしれないわね。」
「でも『災害がなくなる』かもしれないわけでしょう?なくならないって言っているのは本人だけなんでしょう?」
「もう何度も言ったでしょう?何度言えばわかってくれるの?」
「それに魔王が生きていたほうがいいっていう話もどちらにしてもずっと城に引き籠っているんだったら生きていても死んでいても同じなわけじゃない?」
「だったら殺したほうがいいじゃない?あなたも思うでしょう?」
「そうよ!この人は…この魔王はここで殺したほうがよかったの!」
「別に初めて人を殺したってわけじゃないでしょう?」
「なぁに?ヘルメス、あなたもしかして初恋の人を手にかけたってそう思っているの?」
「私としては…それには少し思うところがないわけでもないけど…。」
「まあでも許してあげるわ。これからも私とあなたは運命共同体なんだから。」
「そもそも…あの人はどう見ても私たちよりも遥かに年上でしょう?」
「そんな人が生きていたら…後々きっとみんな迷惑するはずだわ。」
「だってそうでしょう?悪いことをしても自分のせいじゃないって言い張るような人よ?」
「ええそうね。あれだけお人よしんなんだものきっといいことも沢山しているんでしょうね。」
「でも私から言わせてみればそのほうがずっと性質が悪いわ。」
「だって私たちが助けてもらったからこれから先いくら頑張っていくら幸せになってもその人の手柄にされちゃうわけでしょう?」
「私たちが一生懸命に努力して素敵な未来をつかんだとしても『全部この人のおかげ』にされちゃうんでしょう?」
「そんなのってあんまりだわ…!」
「みんなが幸せに暮らしていくためには絶対にその人を排除するしかなかったのよ」
「みんなの幸せっていうのは何よりも優先されるべきものでしょう?」
「その女を殺すかわりに」
「たとえば世界が滅んだとしても」
「みんなはきっと自分が今幸せになることを選ぶわ」