走っても走っても追いつけない影
「こりゃ一体なんだぁ…?」
「ああ。それはな。案山子と言ってな。それを見つけた魔物は恐ろしくて近寄ってこれねえんだ。」
「なるほど…そいつは…大変効果がありそうなこった…。」
「効果があるなんてもんじゃねえ。こないだ罠を潜り抜けて魔物が一匹迷い込んだんだけどよぉ。この案山子を見たとたんに回れ右して泣き叫びながらわき目もふらずに逃げてったんだぁ。」
「なあロクスケ。吾輩これ初めてみるけどすっごく見覚えあるぞ…。」
「ああ…俺もだよ…」
エルフ族の少女を模した石像が勇ましいポーズを取りながら立っている。
「この案山子のモデルになった方はなぁ!おいらぁの村を助けてくれた恩人なんだぁ!」
「なるほどなぁ…勇ましいな…。」
というかどう見てもこれ師匠だ。
杖の形に見覚えがあるし背格好も完全に一致している。
そして何より駆け出しの旅人が背伸びをして買い揃えたような服のセンスは俺達が知る師匠そのものだった。
「助けてくれたって…この村は魔物にでも襲われてたのかぁ?」
「いんや。この村がっていうよりこの村の作物が、だな。」
「まあそりゃそうか。お前らつええもんな。」
「そうだぁ。おいらぁ達鬼人族はそんじょそこいらの魔物に襲われても負けねえけどずっと作物守るってのは出来ねえからなあ。」
「そんでその『旅のエルフ』に助けられたってことか」
「あぁ。すんげえ助けられた。だからおいらぁ言ったんだ。この恩は一生かけても返せねえ。そう言ったら何て言ったと思う?」
「なんてったんだぁ?」
「じゃあその分周りの人に親切にしろだとさぁ。だからおいらぁ一生周りに親切にして生きてかなきゃいけなくなっちまったぁ!」
嬉しそうに笑いながら鬼人族の族長は話している。
「はっはっは!親切な鬼人族かぁ!そいつぁ笑っちまうなぁ!」
「あぁん?」
「はっはっは!…いや。わりい。あんたをばかにしてるわけじゃねえ。」
「??そうなのか?」
「ああ!あんたは立派だ!これからも頑張ってくれ!俺も頑張らねえとなって思ったんだ!」
まったく俺の師匠はおもしれー事ばっかりしやがる。
「それでそのエルフさんはこの村を出てどっちに向かったんだ?」
「ああ。あっちの方に走っていった。5日くれえまえだったかなぁ。確かあっちの方には獣人族の集落があったはずだぁ。」
「ありがとうな!俺達もそっちに向かってみるよ!」
「そうなのかぁ!気をつけてなぁ!」
「ああ!そのお姉さんにはとっても助けられたんだ!1週間くらい前にあっちの方に走っていったよ!」
「うむ。立派なエルフの方だった…。この村を危機から救ったらすぐに出て行ったぞ。…ああ1週間くらい前だ。」
「すごい人だったぞ!1週間前には出て行ったな!」
「助けられちゃったのよ!そうね!1週間前くらいに出て行ったかしら!」
「…なあヤスケ。なんで色んな村を危機から救いながら移動してる師匠にただ追いかけてるだけの俺らが追い付けねえんだ?」
「なんでだろうね…とりあえずもっと頑張って走るしかないのかな…。」
「ああ…いた…偉大なる…6日前…」
「あぁん?いだなぁ!5日前に!強かっだ!あんな戦士みだこどねえ!」
「そうなの!すっごくすっごく助かっちゃって!5日前にね!あの村に行くって言ってたよ!あなたからもすごく助かったってお礼を言っておいて!村の皆でお礼言おうとしたらね!逃げられちゃって!」
「なぁロクスケ…吾輩…もう疲れたよ…!」
「あぁ…何なんだあいつ…でも…近づいてきてはいる…もうちょい…頑張ろうぜ…」
「ああ…確かに来たな…困っていることはないかと言っていた…というかお前ら何やってるんだ。ロクスケ。ヤスケ。」
「ヘルメス…あいつ…どこ行った…?」
「いつ…ここ…出てった…?」
「なんでそんなに疲れ果ててるんだ…困っていることはないかと聞かれたから…特にないと伝えたらすぐに去っていったさ。3日前くらいだったかな。もう近くだし自分の家にでも帰ったんじゃないか?」
「…そうか」
「…ねえロクスケ。吾輩達さ…なにしてたんだろ…?」
「…言うな…まあ…疲れたし村に帰るか…」
疲れた…腹も減った…眠い…
「おや?あんたたちだけで帰ってきたのかい?アオさんは一緒じゃないのか?」
村に帰ると今日も門番をしていた姉貴が俺達を出迎えた。
「ああ。結局捕まえらんなくってよ…。ヘルメスんとこをもう3日も前に出かけてたから家に帰ったんじゃねえかとさ…。そんで俺たちは走り回ってくったくただから帰ってきたってことだぁ。」
「吾輩おなかぺっこぺこなんだぁ…ねーさん…吾輩ねーさんの美味しいご飯が食べたいよぉ…。」
「そうなのかい?まあ飯を作ってやるのはそろそろ交代の時間だし構わないが…。アオさんもこの近くまでまた来たんだったら顔出してくれてもいいのにねえ…。あんた達がいない間に二人で色々話したいこともあったっていうのにさ。」
「何を話すつもりだよ!何度だって言ったろ!あいつは嫁候補とかそういうんじゃねえんだって!」
「あらぁ。あんたはそう思ってても向こうがその気かもしれないだろう?そうだったらあんたみたいな唐変木誰がもらってくれるかもわからないんだからあたし直々にくっつけてやろうって話じゃないか!私にだって義理の妹を選ぶ権利くらいはあるはずだろう?」
「ねーよ!そんな権利も!向こうにその気も!ありえねえ!」
「んー、ねーさん。流石にそれは吾輩もないと思うけどなぁ。」
「はっはっは!そんなの聞いてみないとわからないじゃないか!なんにしてもまたお前もアオさんに会ったらこの村に顔を出してくれるように言っておいておくれよ。」
「まぁ…それくらいは言っておくけど…なんもねえこの村にわざわざ来るかねえ。」
「また顔を出すって言ってたし約束を違えるような人でもないだろう?来てくれるさ!ああ今から楽しみだねえ!」
「いやぁ。まさか追いつけないとは思わなかったなぁ。吾輩足の速さには自信があったんだけどなぁ。」
「俺もだよ。しかも向こうは人助けしながらだろ?やべえよアイツ。やっぱり魔王だよ。」
「はっはっは。人助けしながらすごい勢いで移動していく魔王か。ロクスケも面白い冗談言うんだなぁ。」
「いや。おもしれえのはあいつの存在そのものだろ。何なんだあいつは。ぜってえ今日は文句言ってやる。」
俺達は山を登って城に向かう途中だ。最初はすげえ過酷な道のりだと思ったがここに来るのももう何回目か覚えてないくらい来てるから崖を登るのも慣れたもんだ。
「よし…ついたな。よぉ。お前らも久しぶりだなぁ。」
「やぁ!フーちゃんスーちゃん久しぶり!元気にしてたかい?ご主人様は帰ってきてる?会いに来たよー!」
2匹のドラゴンは門の前にうずくまっている。
「なんだぁ!おまえら!元気ねえなあ!ご主人様が帰ってきたからって気が抜けてんのかぁ!」
まったくしょうがねえドラゴンたちだな!よし!一丁久しぶりに気合入れて組手してやっか!
「いや…まってロクスケ。この子達様子がおかしいよ…?」
「あぁん?」
ヤスケに言われてよく見てみれば確かにおかしい。
こいつらはいつもならこっちを見たら喜んで俺達を追いかけまわしていたはずだ。こんなにもおとなしいなんておかしい。
「おい!どうした!お前ら!生きては…いるな…飯は!ここに何かわけわかんねえの生えてるだろ!」
「食べてはいたみたいだけど…食べ散らかしたカスが…古いのばっかりだ…。しばらく何も食べてないのかい?」
「ヤスケ!とりあえずその木に生えてる羊ちぎって食わせるぞ!」
「わかった!いっぱい生えてるのに何で…おねーさんは帰ってきてないのか??」
「おう。お前。いいから口開けろ…抵抗すんな…よし開いた。おい!吐くなよ!くっそヤスケ!口閉じろ!こいつら吐きだしちまうぞ!」
「いい子だから…食べて…ああ。吾輩の力じゃ口を開けない…!実を取るのはやるから食べさせるのは頼んでいいかい?」
「ああ分かった!」
そうやってやっとのことでこいつらに羊を食べさせることはできた。
「おぉい!いねえのか!帰ってねえのか!返事しろよ!おいって!」
「ロクスケ!どう考えてもおかしいって!帰ってるわけないよ!帰ってきてるのにフーちゃんとスーちゃんがこんな状態なのはおかしい!ねーさんがこんな状態の彼らを放っておくわけないだろ!」
「それも…そうだな。ひとまずこいつらを何とかしてやらねえと…。」
「とりあえず今日は帰ろう!出直してこの子たちの食べるものを何とかしてあげないと…。」
「ああ…そうだな…。ひとまずこいつらを何とかしてやらねえとな…。」
次の日に姉貴に作ってもらった食い物をたくさん背負って山を登ってきてどうにかして食べさせた。
最初はいやいやだったが途中からはあきらめたようで自分たちで食べ始めた。
何度か飯を持っていってやったらちゃんと食べるようになったし木に生えてる羊も食べるようになった。
まあこれで当分飢えて死ぬことはねえだろう。
「なあロクスケ…まだ帰ってこないのは…おかしいんじゃないか?」
「ああ。ぜってえおかしい。明日からまた探しに行くぞ。」
「そうだね…何かあったのかなぁ。」
「何かあったってなんだよ?あいつに何かある事って考えられるか?」
「そうだけどさ…どこかで道草を食ってるとかさ…」
「あの竜たちを放っておいてか??それこそありえねえだろ!ちゃんと考えてしゃべれよ!」
「そうだね…ごめんよ…ロクスケ…」
「ああ…いや…すまねえ…お前に当たっても仕方ねえな…。まあまた明日から…探そう。」
「うん…見つかるよね…?」
「見つかるに決まってるだろ!あんな目立つエルフの女!またすぐに見つかるさ!」
それから俺たちは師匠を探して色んな集落を渡り歩いたが
師匠を見つけることは出来なかった。