鬼人族の村
おいらぁ達はすんげえ困ってた。
作物を育てようとしても全部近くに住む魔物に食われちまう。
魔物を狩ろうにもすばしっこくて追っかけても追いつけっこねえ。
たまに動きのおせえ大物を何人もで囲って動けなくしてってことは出来てもそう都合よくいつでも動きがおせえのばっかりいるわけでもねえ。
なによりこの分だと酒も材料が魔物に食われちまうもんだから作れねえ。
この村で作る酒は特産品として色んな人らぁが楽しみにしている。
何年もかけて少しずつ村の外の人らぁがおいしいおいしいって言って買ってくれるようになったんだ。
今年は特にすんげえ沢山色んな人から酒を売ってくれって言われてるから村の皆も張り切ってたんだ。
それが最近は魔物がどんどん来るようになった。
最初のうちは寝ずの番をして魔物が来たら村人全員で追っかけてた。
んだけど毎日毎日村の皆が魔物を追っかけて魔物に逃げられてちゃみんなつっかれちまう。
だんだんと夜に魔物が出た時に起きてくる人は減ってった。
そりゃしゃあねえ。
だってみんながみんなおいらぁみたいに体力が有り余ってるわけでもねぇ。
みんなだって本当は作物を守るために頑張りてえに決まってる。
んでも毎日毎日寝ねえで走り回って魔物が一匹も捕まえらんねえってなったらしんどい。
おいらぁだってしんどい。
でもおいらぁは他の皆より体が丈夫だから他の皆より頑張れる。
夜寝れねえ分昼間の農作業の合間に出来るだけいっぱい寝て夜は寝ねえで番をしてた。
たまにうとうと眠くなったときも顔をいっぱい引っ叩いて我慢した。
夜に起きてくるのはいつの間にかおいらぁ一人になってた。
おいらぁは一人でも一生懸命に追っ払った。
でもやっぱり一人じゃ全部の作物は守れねえ。
だんだん食べられてく作物を見ておいらぁは申し訳ねえ気持ちでいっぱいになった。
村の皆はしょうがねえって言ってるけどおいらぁは頭悪いからこういう時に頑張って役に立ちたかった。
だから旅のエルフっていう若えねーちゃんが
「最近何か困ったことや気になることはないですか?」
って聞いたときにはみっともねぇと思ったんだけど全部話しちまった。
本当は村の事だから外の人に話すことでもねえんだけど村の皆はみんな困ってて誰にも文句は言えなかったからおいらぁも辛くって話し出したら止まんねかった。
気付いたらいっぱいいっぱい話しちまって途中からおいらぁは泣きながら話してた。
話終わっておいらぁはちょっと冷静になった。
これをこんな若えねーちゃんに話したところでどうにかできるわけもねえ。
だけど全部話してちょっとすっきりしたなぁと思った。
おいらぁも初めて会った相手に泣きながら愚痴っちまったもんで恥ずかしくなって
「これで話は終わりだぁ。よく考えたらよそもんにこんなこと話したところでどうにもなんねえ。酒も分けてやれねえからまぁ気が住んだら出てきな。」
とぶっきらぼうに言ってしまった。
そうしたらずっとうつむいて目元に布を当ててた旅のエルフさんは急に立ち上がって
「ええ!ええ!これまで大変でしたねえ!わかりました!私がぜんっぶ何とかします!この里のお酒は美味しいですからね!!お酒の為なら私なんだってしますとも!ええ!ええ!なんだって!しますとも!!」
と何故か急にお酒が飲みたくなったみてぇで張り切りだした。
よく見たらちょっと泣いてるようにも見えたけど気のせいかもしれねえ。
そっからその旅のエルフさんはすごかった。
まずもう暗くなってたので夜の番をいくおいらぁに「今夜は私も一緒に番をします」って言いだした。
まあ放っといたら寝るだろうし好きにさせてやろうって思ってたんだ。
おいらぁはこっち座ってるからあんたはあっちに座って見張ってくれって言ったらわかったっつってとことこ歩いてった。
まあこっちから見えねえところをお願いしたから眠たくなったらいつでも寝てくれって思ったんだな。
おいらぁも眠かったけど頑張って起きてたが今夜はどうにも様子がおかしい。
魔物の気配が全然しねえんだ。
さすがに魔物の気配が全くしねえのを起きてるのは大変だ。
おいらぁは頑張って起きてたが今日はいっぱい話をして気が抜けてたのかもしれねえ。
おいらぁは気付いたらぐっすり寝ちまってた。
目が覚めた時にはもう朝で太陽が昇っちまってた。
おいらぁは「全部終わった」と思った。
見張りのおいらぁが寝てる隙を魔物が見逃すはずもねえ。
あのちっこいエルフが大きい声でこっちを起こしてくれればよかったんだ。
いや…あんなよそもんを頼っちまったおいらぁがいけねえんだって考えながらちっこいエルフに任せた方に走ってった。
そうしたらおったまげた。
おいらぁあんだけたまげたこと生まれて初めてだった。
「あ。おはようございます。たくさん取れましたよー。」
そこにはへらへらと笑うエルフと山のように積まれた魔物がいたんだ。
おいらぁ呆然としちまって夢かと思った。
まだ目が覚めてねえんかってこんなことあるわけねえって。
だって周りの作物も全部無事だったんだから。
おいらぁは寝ちまってたってのに作物も無事で魔物は全部捕まってて意味がわかんねえんだもんさ。
夢だと思っちまうだろう。
だがどうやら夢じゃないらしくおらは自分の頭を殴ってみたけど目は覚めなかった。
「それじゃあ私はやる事がありますのでこの魔物は村の皆さんで食べてくださいねー。」
こっちにそういうなり旅のエルフさんは森の方に走っていった。
もうぽかんとするしかなかったがおいらぁは言われたとおりに捕まえた魔物の山を片付けることにした。
つっても一人で食べきれる量じゃねえから村一軒一軒回って配っていった。
みんなおいらぁと同じようなぽかんとした表情で受け取ってた。
「なぁ…もしかして…もう作物は全部食べられちまったんか…?」
「いんや。作物は全部無事だぁ。旅のエルフさんて娘さんがな。なんか朝になったら大量の魔物を捕まえててな。」
「なぁに言ってんだ!おめぇ夢でも見てんじゃねえか!」
「おめえもそう思うか?おいらぁもだ。でも夢じゃねえらしい。」
っていうやり取りを今日だけでも何回もした。
村の皆に配るだけでもすげえ大変だったし少し余った魔物をどうすっか考えてたら今度はエルフさんが作物の周りに何か作ってる。
「あんたぁ!なにしてんだぁ!」
「ああ!どうも!罠を作ってます!たくさん作ってますのであなたから村の人がかからないように教えてあげてください!」
「罠ぁ?」
どうやら魔石を使った罠らしい。
とはいっても素足で踏むとビリビリってしびれて動けなくなるくらいのもんだから靴を履いてるおいらぁが踏んでもちょっとびっくりする程度の罠だ。
「なるほどこれで歩いてくる魔物はどうにかなるってことか。でも飛んでくる魔物はどうすんだ?」
「空を飛ぶ魔物はまた別に罠を作りますよ。音の魔石と光の魔石を使います。」
そういうとまたどこかに走っていった。
だんだん村の皆が仕事の為に出てきたからおいらぁはみんなを集めて事情を説明する。
「そんなわけで旅のエルフさんが魔物をいっぱい捕まえてくれたのは朝に話した通りなんだがよ。どうやら魔物達が寄り付かなくなる罠を仕掛けてるみてえでよ。」
「これのことかぁ?」
「ああそうだぁ。とはいってもおいらぁ達は靴はいてっから踏んでもそんなに痛くはねえ。ビックリする程度だ。んだども裸足で踏んだら大変だから気を付けてなあって言ってた。」
「…村の為に色々やってくれんのはわかった。でもなんでだ?」
「あん?」
「なんでこんな村の為にそんな必死こいて魔物倒したり罠作ったりしてんだ?」
「ん、ああ酒が飲みてえって言ってたな。」
「本当にそんだけか?後になってとんでもねえ金をよこせって言われてもうちの村にそんな金はねえぞ??」
「…ああ。そうだな…。」
そうだ。
すごい勢いで話が進んでくもんだからおいらぁもなんとなく見ていたがこれは結構まずい気はする。
そもそも向こうが見張りをするといいだしたのをこちらはまあいいかとみとめただけだ。
魔物を捕まえろとは言ってねえし罠を作ってくれなんて一言も言ってねえ。
なんか勝手に魔物を捕まえて罠を作って今もなんか走り回ってるだけだ。
後になって金をよこせって言ったってこっちに払えるもんはねえし酒も少ししか残ってねえ。
「え?お金?いりませんよ?私が言い出してやってることですし…お酒も少ないなら別に…ああ。今すぐに分けていただかなくてもできてから少しだけもらえればいいですけど…?」
「はぁ?」
わけがわからん。
なにが目的なのかがわからん。
金や酒が目的なら待ってもらおうと考えてた。
今すぐには金も酒も渡せねえからおいらぁが何としても酒をいっぱい作って金をいっぱい稼いで。
いくら払えばいいのかわかんねえけど一生をかけてでも払うくらいの覚悟はしてきた。
だって多分他の村の奴らにおんなじことを頼んだらとんでもねえ金をとられる。
いや。そもそもおんなじことができるやつがいるのかどうかもおいらぁにはわかんねえ。
だが踏み倒す気にもなれなかった。
昔からじっさまに「人には親切にしろ。親切にしてもらったらちゃんとお礼をしろ。」って言われてきた。
そして今回のこれは親切?なのかはおいらぁにはよくわからないが
おいらぁには救いの神様が現れたようにしか見えなかった。
毎日毎日辛くてしんどくてどうにもならなかったことがどうやら解決するらしいことが分かって。
おいらぁはうれしくてうれしくてしょうがなかった。
だからうれしかった気持ちを酒や金で受け取ってもらえるならそれが一番いいと思ったのだ。
どれだけ時間がかかってもいつか返そうって思っていたのに要らねえって言われたら困る。
すんげえ困る。
「あー…どうしました?」
「いんや。金も酒もいらねえって言われてそれじゃあ何を返せばいいのかわかんねえ…。」
「なるほど…。」
エルフさんはしばらく考え込んでから何か名案を思いついたのかピンと指を一本突き立てた。
「私が人助けをしているのはですね…。前に私も別の人に助けてもらったことがあるんですよ。」
「はぁ…」
話がつながらねえ。おいらぁの頭が悪いからなんかな?
「その時にですね。『親切にしてくれてありがとう!何かお返しをさせてください!』と私が言ったらですね」
「その私を助けてくれたその人は『そうだね。それじゃあボクへの親切は他の人に親切にすることで返してあげてください。』ってそう言われたんですよ。」
「つまりあんたぁには何にもしないでいいっていうのか?」
「はい…あっいえ。私には出来上がったらお酒を少々頂けましたら…。それでそのお酒じゃ足りないなって思ったならその分周りの人を助けてあげてください。」
「周りの人を…」
「そうですね。家族だったり村の人たちもそうですし…私のような旅の人だったり村の外で誰かが困っていたなら助けてあげてください。」
「わかった。その親切も金はとっちゃいけねえんだな。」
「いや…必要ならお金も払ってもらったほうがいいですけど…」
「…どっちなんだ…?」
「そこは自分で判断してください。自分で考えることは何よりも大事です。」
「難しいんだな。」
「難しいのです。ただまあ他の種族にはできないけど鬼人族のあなたなら簡単にできることならお金を取らないで上げてほしいです。」
「わかった。その時にお礼を言われたらあんたぁと同じように他の人を助けるようにっていえばいいんだな?」
「そうです!そうするときっと他の種族の人たちはあなたが困ってくれる時に助けてくれるかもしれません。」
「そうなのか?」
「助けてくれないかもしれません。」
「…どっちなんだ。」
「えへへ。大切なのはお金だったり見返りが欲しくて助けるわけじゃないってことですかね。」
「なるほど。よくわかんねえな。」
「ふふふ。難しいのです。」
よくわかんねえけど。
おいらぁにはそれがすごくいいことのように思えた。
「わかった!あんたぁには一生かけても返せねえほどの恩ができた!一生おいらぁは他の人に親切にする!村の人もそうじゃねえ人も!」
「…えっと。無茶はしないでくださいね。」
「大丈夫だぁ!おいらぁは頭はよくねえが体力には自信がある!」
おいらぁはこの村でいっちばん親切な鬼人族になってやる。
「なるほど…。えっとそれじゃあ最後に案山子を作ろうと思うのですが手伝ってもらえますか?」
「案山子ってのは…なんだ?」
「えっと。人の形をした置物で…人間がいるぞって勘違いした魔物が寄り付かなくなるものなんですけど…。」
「わかった!おいらぁ頑張って作るよ!これでもおいらぁ石人形作るのは得意なんだ!」
「そうなんですか。それじゃあお任せしましょうかね。えっと出来上がったら人が着ていた服を着せてあげるといいですよ。」
よぉし!張り切って作るぞぉ!
それからもエルフさんは魔物を追い払うコツだったり罠の使い方をおしえてくれたりした。
「それじゃあ…もうそろそろ大丈夫そうなので私はまた旅に出ますね。」
「もう…いっちまうんか。酒ができるまでいてくんねえのか?」
「お酒はまたできたころに来るので私の分をとっておいてください。そんなにたくさんじゃなくっていいですよ?」
「ああわかった!山ほど用意しておく!今年は今まででいっちばんたくさん作れそうだからな!」
「いや…少しでいいですってば…。」
「そうだ!これすくねえけどおいらぁの家にあった酒だぁ!持ってってくれ!」
「え?これがないとあなたが飲む分がなくなっちゃうのでは?」
「いいから!頼むからほんのすこっしでもお礼をさせてくれ!また改めてお礼すっけども!」
「そういうことでしたら…大切に飲ませていただきます…。」
「村のみんなも喜んでた!全員で見送りてえからちょっとまってろ!呼んでくる!」
「いいですって!急ぐのでもう行きますね!」
「あっまてって!」
ものすげえ勢いで走り去っていった。
あまりに突然だったのであっけにとられて背中を見つめていたがすぐに見えなくなった。