探さないでください
そうだ旅に出よう。
決断してからは早かった。
手荷物を簡単にまとめてカバンの中に詰めていく。
「まあこれくらいで大丈夫ですかね。」
「それじゃあフーちゃんスーちゃんいってきますね。いいこにしてるんですよー。」
「グルルッ」「ギャウギャウッ」
「お腹が減ったら自分で取ってくるかそこに生えてる実を食べてね。」
フーちゃんスーちゃんの食事はどうしようかと創造端末を探したらバロメッツの木という羊が生える木があったのでちょうどいいなと創って生やしておく。
…何でも作れるな…頼り過ぎないようにしておかないとだ…。
転送機能を使って山の中腹にある洞窟へと移動する。
周りに誰もいないことを確認して外へ出る。
今日はとっても天気が良く雲一つない真っ青な空だ。
こんなにも旅に出るのに相応しい日はなかなかないだろう。
まずは…ロクスケさんとヤスケさんが住んでいるらしい『ヤマト』という集落に行こう。
…旅に出る旨を伝えておかないとあの人達は不在の城を訪れることになるだろう。
確か今は彼らも不在のはずだ。
魔王対策会議というものを色んな集落の責任者を集めて開くからここ数日は留守にすると言っていた。
…いや、不在を狙って逃げ出すとかそういうわけじゃないよ?
私が旅に出るのは前回の通信でミヨさんが言っていた大きな災いの影というのが気になったからだ。
「…私はこの世界の事で知らないことが多すぎるからなあ。」
災いがどんな内容でいつ起こるのかはわからないらしいので世界を回って災いになりそうな事があったら解決していくのだ。
ちなみに普段の嵐や病気などの対策は「自分たちで考えて工夫してください」とあの4人に言ってある。
私が考えて対策を立ててもいいけど多分それは『助けすぎ』なのだろうと判断した。
…ロクスケさんはというと最近めっぽう強くなり組み手をしていてもひやりとすることが増えた。
意外にも熱心に鍛錬をするタイプらしく力やスピードもどんどん成長しているし最初の頃は防戦一方だったのがしっかりこちらの攻撃を見切れるようになりあちらから攻撃してくることも増えた。
そして最近は来る頻度が一気に増えた。
勝てそうだとわかるやいなや何度も私の城に来ては勝負を挑んでくるようになってきたのだ。
このままではきっと遠からず私よりも強くなって倒せると判断したら私の事を退治することになるだろう。
案外大きな災いの影とは彼のことを言っているのかもしれない。
おのれ人間族め。滅ぼしてやろうか。
そうこう考えているうちに『ヤマト』の近くまで来た。
…初めての場所は緊張するなぁ。
格好は変じゃないよね?
ちゃんと旅人に見えるように旅人ファッションに身を包んでいるし大丈夫だ。きっと。
集落の入り口に門番さんが立っている。
背が高くて長い黒髪をしたかっこいいおねーさんだ。奇麗な人だな…。
手に持っているのは薙刀かな?長身に映えてかっこいい。
「とまれ。見ない顔だな。名前とここへ来た理由を言え。」
名前…。大丈夫だ、それも考えてある。
「えっと私は旅のエルフで…名前はアオといいます。要件というのはこちらの集落に住むロクスケさんという方にこの手紙を渡してほしいのですけど…。」
アオというのはこの世界での私の偽名だ。ロクスケさん達にもこちらの名で通している。
「うん?ロクスケに?あんた…失礼だがアイツとどういう関係なんだい?」
「ああいえいえいえいえ。全然なんでもなくてですね。旅をしているときにですね。こう。ロクスケさん達に助けてもらったというかなんというか。」
「…ほう?」
まずい。なんだか疑われている気がする。
「ロクスケさん達って…。みんな強いじゃないですか!だからとっても助かったというか…ああ!助けてもらった代わりに私がご飯を作ったんですけど皆さん美味しそうに食べてくださいまして…。」
なんか関係ないことまでしゃべり始めてる。やばい。ちゃんと何度も頭の中で練習したのに。
「…なるほど。事情はだいたい分かった。うちの弟が世話になってるみたいだね。」
「…そうなんですよ!いえいえ!世話になったのは私の方でして。」
ん?今何て言った?
「おとうと…?ですか?ええとあなたはつまり」
「そう。私はロクスケの姉のタタラ・ミフネさ。あの朴念仁にアオさんみたいな友達がいたなんで驚きだよ。」
「ふぉあ!お、お、お姉さんでしたか!」
まずい。流石に予想外だ。いやお姉さんだからってなんだ!私だってエルフのおねーさんだ!
「…ではそういうわけで!こちらの手紙を渡してもらえましたらば!」
「はっはっは!生憎あいつは出かけていて留守にしているからね…何だったらこの村に滞在して待つかい?」
「いえいえいえいえ!全然!おかまいなく!私は旅に出ますので!」
「そうかい?せめて村を案内しようか?」
「いえいえ!そんなおかまいなく!手紙だけ!渡しに来ただけですので!」
「はっはっは!どうやら急ぐ旅のようだ。引き止めちまって悪かったね。」
「はい!あぁいえいえ!では私はこれで行きますので!ありがとうございました!お手紙よろしくお願いします!」
「おう!任された!またいつでも時間がある時に遊びに来てくれよ!歓迎する!」
「はい!ありがとうございます!また来ます!」
…ふぅ。何とか済んだ。
やっぱり初対面の人と会話するのはまだ慣れないなぁ。
子供相手だったり…こちらに敵対的だったりすれば会話できるんだけど…。
いや…。よく考えたら彼らとの会話は一方的にこちらにまくし立てていただけでこちらの話は全く聞いていなかったな…。
…そうなると私は初対面の人相手だと子供相手にしかまともに会話できないということになるんだろうか。
それはまずいな…もっとこの旅でいろんな人と会話をして慣れてかなければ…。
さて。ひとまずやる事は何とか済んだのでここから当初の目的であったいろんな場所を見て回るという目的を果たしていこう。
…よく考えたらさっきの『ヤマト』の集落も見て回ればよかったのでは…。
まあいいか。ロクスケさん達が集落がにある災いの元を放置しているとも思えないし後回しでいいだろう。
帰ってくるときに顔を出せばいいや。
さて、まずはどこにいこうかな。
─────────────────────────────
いやーまさかあの愚弟にあんないい人がいたとは驚きだ。
剣ばっかり振って野郎ばかりと絡んでいたから私としても心配だったけど少し安心した。
背は小さいけど優しそうで可愛くて賢そうなとってもいい子じゃないか。
最近いそいそと出かけていることも多いし修行している時にどうにも楽しそうな様子で怪しいとは思っていたがまさかこんなことだったとはねぇ。
いつか結婚相手を見つけてくるとしてもゴリラのような「オデ…オマエ…ナグル」みたいな子を連れてくるんじゃないかと心配していたがこの分だと大丈夫そうだ。
あんなに顔を真っ赤にしてご飯まで作ってあげて惚れてないだなんて嘘だろう。
よく考えたら前まではあたしの作った飯をうまいうまいと言って食べていたが最近は何も言わずに食べていたのを見るとあの子が作ったご飯はすごくおいしいのかもしれないね。
いや流石に仏頂面で飯を食べられたらこっちの飯までまずくなるからぶん殴ってやったけどそんな理由ならしょうがないというものだ。
村の案内は断られたが無理にでも村に引きずってやった方がよかったかな。
いつか嫁に来るんだとしたら顔見せは早いに越したことはないだろう。
いや…流石に嫁は気が早いかな。
なんにしてもロクスケが帰ってきたらからかってやりながら洗いざらい聞き出さないといけない。
それにまた来るとも言っていたし次に来たらあいつの昔話なんて聞かせてやろう。
ああ、今から弟が帰ってくるのが楽しみだ。
─────────────────────────────
「はあぁ?もう3日も前に出てったってのかよ!」
くっそ!やられた!
手紙には「旅に出ます。探さないでください。気が向いたら帰ります。」とだけ書いてあった。
なめてんのか。
「どうして引き止めなかったんだよ!3日もすれば帰るってわかってただろ姉貴!」
「何言ってんだよ。滞在するように誘ったけど急ぐ旅だからって断られたって言ったろ?」
なぜか姉貴はニヤニヤとしながらこちらを見ている。一体何だってんだ。
「くっそ!どこに向かった?何も聞いてねえのかぁ?」
「旅だとしか聞いてないねえ。なんだい?追いかけるのかい?そんなにあの子に惚れてるのかい?」
何言ってんだこいつは。
「ざっけんな!そんなんじゃねえよ!あいつにここで逃げられたら困るんだよ!」
あいつそろそろ一発入れれそうだと思ったタイミングで逃げやがった!
「へえ?何で困るんだい?お姉さまに詳しく教えてくれないかねえ?」
くっそ!やっぱりお偉いさんの会議なんていくんじゃなかった!
「なんだっていいだろ!姉貴には関係ねえ!」
そもそもあいつについて詳しく話すのはあいつに止められている。
まあ姉貴に「あの女は魔王でゴリラで俺より強い」って言っても信じねえだろうな…。
信じられるか?あいつ俺を片手で振り回して真上に投げて追撃してくるんだぜ?
「はあ?関係ない?お前さっきからお姉さまに対して随分態度がでかくないかい?」
やばい。姉貴の目が鬼人族の目になっている。
「…いや。悪かった。すまん姉ちゃん。俺はすぐに出かける。」
「はっはっは。わかればいいんだよ。関係ないなんて言われたら寂しいじゃないか。それに3日も前に出かけて行ったんだ。今すぐ追いかけたところで大して変わらないだろう?座りな。」
まずい。これはかなりまずい。
「ロクスケー!なんか家に帰るなり騒がしくしてるけどどうかしたのかい?」
しめた!ヤスケが来た!きっと飯の催促だろう。
「いや!悪いな姉ちゃん!教えてくれて助かった!ヤスケを待たせてるからな!すぐに出かけるよ!」
「座れって言ってんだよ。あたしのいう事が聞けないっていうのか?」
「いやでもヤスケが」
「そうだね。どうやらあの子はヤスケの事も知ってたようだったしヤスケにも一緒に話を聞かせてもらおうか。おーいヤスケ!入ってきな!」
ヤスケが顔に笑顔を張り付けながら恐る恐る入ってきた。背筋がピンと伸びている。
「…どうしたんだい?吾輩この後すぐに用事があるんだけど。」
こいつ。俺を見捨てる気だ。絶対用事なんてないだろ。こういう時だけ判断早えな!こいつは!
「なあに!時間はかからないさ!そこに座りな!久しぶりに3人でお話をしようってだけさね。」
「いや吾輩すぐに家に帰らないと」
「大丈夫だよ!親父さんと御袋さんには私から言っておくからね!幼馴染の私相手につれないじゃないか!」
「まさかお前までわがままを言うのかい?」
ああ。これは無理だ。
ヤスケも観念したのか尻尾がしょんぼりとしている。
俺とヤスケが座り込むと姉貴は奥から酒と杯を3人分引っ張り出してきた。
こっから明日の朝まで足止めを喰らうのか。
くっそ。最初に話聞いた時点で逃げ出すんだった…。