異常
数えきれないほど沢山の命を奪ってきた。
私は、私の異常は、殺す事、殺されない事しかできない。
私の異常は、あまりにも普遍的で、あまりにも異常だった。
だから殺し続けた。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した。
それしかできなかったから。
私にかけられた期待はあまりにも大きく、それに応える為に私に出来るのは殺すことだけだった。
殺して殺して殺しているうちに、殺す以外の事も必要とされ始めた。
だが私が上手くやれるのは殺すことだけだった。
いや。この言い方は語弊があるな。
普通にこなす事はできた。
普通以上に仕上げる事はできた。
普通以上を軒並み蹂躙する事はできた。
だがそれだけだ。
私が異常であれるのは殺すことだけだった。
それ以外は余りにも優秀であり人並みかそれ以上でしかない。
そんな自分が嫌で自らの武器を磨き続けた
獣は牙や爪で獲物を殺す。
首元に突き刺しそのまま何度か振り回せばそれだけで大抵の生き物を殺せる。
肉食獣は他の獣を簡単に殺せる武器を産まれつき持つ。
その武器を頼りに生きている。
人には2本の腕がある。
動物などに比べて牙や爪が貧弱な人類はその手に様々な物を持つことでその代わりを得た。
自らの牙や爪の代わりとなる武器や火を起こしたり物を加工するための道具など人の『牙』には様々な種類がある。
中には獲物を殺す、という機能からは外れた『牙』もある。
いや、寧ろ人類の『牙』は獲物を殺す役割だけに止まらない場合も多分にある。
人類は数多くの『牙』を2本の手に持ちその機能を拡張させる。
普通の人間は武器を用途に応じて使い分ける。
私が手に持つ警棒と呼ばれる武器はひたすらに機能的である事を突き詰められている。
飾りはなく携帯しやすく威力は充分。
これ一本あれば大抵のことは片付く。
派手な剣士の持つ刀は最早使い物にはならない。
剣士は剣を失えばただのひ弱な人間。
そう考えてへし折った。
普通であればここで戦いは終わる。
そうやって何度も武器をへし折ってきた。
呆然と立ち尽くし死を待つ者。
へし折れた剣を振り回し悪あがきをする者。
一縷の望みに賭けて武器を捨てて素手で立ち向かうもの。
そんな普通は私がまっすぐに進んで腕を振るだけでそれらは紙屑のように散った。
今回も同じだと。
ただのつまらない任務だと。
目の前の剣士も結局は紙屑なのだとそう思っていた。
しかし。
目の前の剣士は。
あまりにも異常だった。
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「ねえねえ。」
「……。」
「ねえねえねえ。」
「……。」
「ねえねえねえねえ。」
「…なんですか?」
「うふふ!聞こえてるんじゃんかミヨちん!」
「ええ。…ずっと聞いていますよ。どうしました?」
この人は放っておくとずっと一人で喋っている。
きっと私がいてもいなくても関係ない。
さっきまではずっとパンダがどれほどかわいいかという事を力説していた。
最初のうちは返事もしていたがあまりにも話の転換が早く、付いていけない。
まあ疲れるのだ。
仕方なくこちらも何か作業をしているふりをしてぼんやりしていたら急にねえねえと声をかけられた。
「ロクスケちゃんの固有ってさ~!実際のところどういう能力なの?」
「ロクスケさんですか。」
少し考えこむ。
私は色々なものが見える。
『鑑定』と呼ばれる力があるので色々な物を見ればその特性や性質を読むことができる。
しかしそれは読めるだけであって理解できるわけではない。
「…よくわかんないんですよねえ。」
ロクスケさんは『超越』という力を持つ。
彼の能力で読み取れる情報が多くない。
私が読み取れたのは…
「『強い意志で以って臨めばいずれ何事も成し遂げるであろう。』とだけ。…あとはまあ多分シロクロさんの方がよくわかるんじゃないですか?」
「ん!なるほど!よくわかんないね!」
にゃはは。と笑ってシロクロさんは作業に戻る。
こういう時シロクロさんは手を動かしながら何かを考えるモードに入る。
いつものように話しかけてはくるけどこちらが返事をしてもしなくてもあまり変わらない。
会話をしているようで、その実自分の考えをまとめているだけなのだろう。
「まあわかりやすく言うと!やれるまでやれば出来るようになるよ!って事なんだろうけどさ!それって別に普通のことだよね!誰だって頑張ればなんでも出来るわけだしさ!」
「誰にでも?…えぇ…。まぁ…はい。」
そんなわけがない。
頑張れば誰でも何でもできるなら苦労はしない。
いや、頑張ると言うのは苦労も含まれるのだろうけど。
頑張ったからと言って何一つ成し遂げられない人間がほとんどだ。
頑張って頑張って一つ何かできる事があるならそれは幸せなのだろう。
努力の結果、何でもできる保証があるのなら。
いくらでも努力のしがいがある。
それはなんとも羨ましい話だ。
できる事しかできない私はそんな事実に対しても「いいなあ」と羨むことしかできない。
「普通のことを普通にやるんじゃそれは普通なんだからさ!ロクスケちゃんは違うんだよきっと!」
「違うんですか。でも色んなことができるっていうのはそれだけですごいことだと思いますけど…。」
「そうだよね!ただまあすごいだけじゃあ。そりゃあ固有とは言えないよね!」
人の話を聞いているようで聞いていない。
色々考えているんだろうなぁ。
「まあつまりは!普通にできるだけじゃあ普通でしかないんだから固有である以上さ!もっとすごい何かができるってこと!なんだと思うよ!」
「…はあ。そうですか。」
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「流征群」
その男はぼそりと何かをつぶやくと。
どこからともなく数多くの武器を取り出した。
まるで子供が玩具箱をひっくり返して『さあこれから遊ぶぞ。』と意気込むかのように。
一体どこからそんなものを取り出したのかというほどの量だ。
そしてそれらの武器を全て真上に放り投げた。
ついつい、目で追ってしまう。
ざっと20や30ほどあるだろうか。
そしてそれら全てをほぼ同時にこちらへ向けて蹴り飛ばしてきた。
「はぁ??」
必然こちらに数多くの武器が向かってくる。
無論避ける事はできるが、何だこれは?
ひとまず後ろへ下がり距離を取る。
何だ。何をしているんだあいつは。
蹴り飛ばした後どこへ消えた?
武器の群れが地面に突き刺さる寸前にまたしても奴は現れた。
そしてまた全ての武器をこちらへ蹴り飛ばした。
その状態で追ってくるのか??
しかも今度は避けられる事を警戒したのか広い範囲に広がるような起動で蹴り飛ばしてきた。
なんだ?何をするつもりだこれは?
こんな武器に当たったところでなんということはないが。
…なんというか、気味が悪い。
答えを決めかねていると急に背後にヒヤリとした気配を感じる。
急転換して背後を見やると小刀を振りかぶっていた。
なんとか合わせられたが飛んできている武器の気配は消えない。
このまま前に押し切ることにする。
強く抵抗されるかと思いきや殴りつけた途端に小刀を構えたその男は霞のようにふわりと消えた。
「っ…!…。なんだお前は!」
「はは!後手に回ってんなぁ!」
まずい。体勢を崩した。
ここを付けこまれるわけにもいかない。
武器を周囲に振り回しながらぐるりと回り体勢を立て直し声がする方を睨む。
そこには武器を両手に構えながら走ってくる男が増えていた。
見間違える事もない眼帯を付けて派手な髪色をした独特な服装の同じ男が10人。
10人に増えた剣士がそれぞれが武器を構えてこちらへと突っ込んできていた。
全員が全員、大胆不敵に嬉しそうに笑みを浮かべながら。
「さあさぁ!超格上の侵略者さんよぉ!見せてくれよ!これをあんたはどう受ける!」