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これで終わりです。

楽しんでくださったら幸いです。


 アルフォディオは、何も言わず、ただナティを見つめている。


 私も、ただ見つめていた。


 そして、アルフォディオは、私に聞かせるでもなく、ポツリポツリと話し始めた。



 始めは暗い溜りの中にあった。

 次第に大きさと重さをもち、鼻が現れた。

 匂いで他の存在を知った。

 目が現れた時、そこが暗闇の中だと知った。

 口が現れてから捕食を知った。

 次第に胴体が現れ、手足が現れた。

 人の姿となった。


 足が現れたから歩き始める。

 暗闇を抜けると、森になった。

 森の開けた所に自分と似た形の人という存在があった。

 気を引かれ、近付くと、逃げられた。

 ただ森の中から眺めるだけ。

 人は笑い、怒り、走り回っていた。

 見つめるのは楽しかった。

 ただただ眺めていた。

 あの輪の中には入れない。


 そんなある日、森の中を彷徨う人がいた。

 女の子という存在がある事は知っていた。

 泣きながら歩く女の子は、迷っているようであった。

 女の子に近付くと、手を差し出された。

 初めての経験。

 どうしていいか分からず、呆然と見ていると、女の子は、微笑んでくれた。

 胸が熱くなった。

 人の多い所に案内すると、大きな笑顔をくれた。

 それから女の子に会いに行くのが毎日となった。

 でも、女の子に触れることはなかった。

 自分がとても禍々しい存在だと知っていたから。

 女の子がとても眩しい存在だと知っていたから。


 名前のない自分を、女の子はアルフォディオと呼んだ。

 女の子の読んでいた本に出てくる名前らしい。

 アルフォディオがアルフォとなり、アルとなる。

 呼び名が短くなるにつれて、仲は深まっていった。


 幾つかの日々が流れた時、女の子の手が頬に触れた。

 転んだ女の子に自分が駆け寄ったのか、自分が駆け寄られたのかはっきり覚えていない。

 覚えているのは、それが初めての接触だったという事。

 ブスブスと音を立て、自分の頬が焼けたという事。

 何か特別な魔法を使われたのではない、二人の存在の差が起こしたのだと分かった。

 自分の頬を見つめる女の子の涙が痛かった。

 そして、女の子と会うのを止めた。


 暫くして、ふと、女の子がいた人の多い所、村という場所に行ってみた。

 誰もいなかった。

 村は壊れていた。


 ウリエラという堕天使と出会った。

 ウリエラは、自分を見て、悪魔であると教えてくれた。


 ウリエラは、森の中から一人の女を見つめていた。

 それは、あの女の子であった。

 何年かして大人になった女の子、ナティと呼ばれ、市という集落で笑っていた。

 懐かしさが胸を再び熱くした。


「で、その日からウリエラと二人で、その女を見守る日々が始まったんだ。なのに…………」


 アルフォディオの言葉に続くのが、守れなかった、なのか、お前達が殺した、なのかは分からなかった。でも、彼の落胆と後悔は伝わってきた。


 ─パチャッ


 水音がした。

 慌てて振り向くと、ナティが起き上がっている。上体を起こし、水面から足を下ろすと、腹部まで水につかった。


 様子が可怪しい。

 虚ろな目が湖面に映る丸い月に向けられた。


「キャアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………」


 絶叫が響き渡る。

 ナティは治った、でも壊れていた。

 心が壊れたままであった。

 

「─!」

 私が言葉を発っしようとした時には、アルフォディオがナティを抱きしめていた。


「大丈夫。大丈夫。落ち着いて」


「……ァ……アァ……アアアァァ……手……手が…………」


「大丈夫。大丈夫だから。手はちゃんとあるよ」


「………………」


「大丈夫。手は大丈夫。落ち着いて」


「…………!」


 稚児を癒すかのように、ナティを抱くアルフォディオの身体から煙が上がっている。黒い靄のようにも見えるそれは、アルフォディオの身体を焼き溶かし、大気に、水に流れていた。


 煙に気が付いたであろうナティは、目を見開き、振り解こうと体を揺らす。


「……大丈夫。……大丈夫だから…………」


「でも……でも…………」


「……大丈夫……。あぁ、また泣かしてしまったな」


「……!……アル?……アル。アル。アル!」


「気付いてくれた?」


「アル。アル。アル」


「泣き虫だなぁ……。大丈夫だから」


「アル。アルだよね。ほっぺたの手の形、私のだよね」


「あぁ、忘れたくないから、治さなかった」


「アル、痛くない?」


 アルフォディオは一度笑顔を作ってから、こちらを向いた。その身体は、崩れ落ちそうな程に朽ちている。


「浅き男よ、ナティを頼む。ウリエラを止めてくれ」


 悪魔という種族の男の懇願の瞳は、胸の奥に電気のような痺れるものをもたらした。

 涙は出ない。

 僅かな時間しか共にしていない、だが、確実に友と呼べる男からの頼みである。


 ナティにシャツを羽織らせると、ウリエラが行った森の奥に向かって行く。


 ナティは二度ほど振り返ったが、口をキッと締め、前を向く。


 背後では、アルフォディオが微かな水音をたて、崩れていった。



 ◇◇◇◇◇


「ここまでか…………」

 アルフォディオは、丸い月を眺めながら呟いた。

「流石、聖女だ……。悪魔には眩しすぎる」


 彼の四肢は、黒い靄となり水に溶け、僅かに残った胴体も湖面に落ちた墨汁のように、微かな水の動きにタユタユと散っていく。


「それでも、抱きしめたぞ。ウリエラよ、愛する女に触れることもできない憐れな存在等と、馬鹿にしてくれたな。でもどうだ、抱きしめたぞ!」


 遂には頭部だけとなったアルフォディオ。

 その顔には、悲しみも、怒りも、寂しさもなかった。

 古き友と新しき友ならば、護ってくれるだろう。


「ナティ…………」


 彼は、目を閉じた。



 ◇◇◇◇◇


 森が蠢いている。

 手足の如く枝を動かし、蔦を伸ばす。

 魔樹。

 セグレント王朝期の文献にあった樹木の変貌。

 やがて、普通の樹木に戻るらしいが、この魔樹に飲み込まれてセグレント王朝は滅びている。



 風に乗って多くの声が流れてきた。

 ガシャガシャとした鎧の擦れる音達に混じり、号令、怒号、気合、嘆息が入り混じって聞こえてくる。


 領軍が動いている。

 ウリエラと対峙せんと、魔樹を切り倒しながら森を進んでいる。おそらくは、先頭の部隊が後続の為に道を作りながら進むだろうから、進行速度は遅い。

 領軍より先にウリエラに接触する為、森の中を急いだ。


 見つけた!

 ウリエラは、一際高い樹木の上で、漆黒の翼を広げている。翼から舞い落ちる何枚もの黒い羽根は、森を黒く染め上げ、樹木を魔樹へと変えていく。


「ウリエラ様!」

 上空に向け、声をあげた。

「ウリエラ様。ナティは、『癒しの手』のナティは、無事です。怒りをお収めください」


「堕天使ウリエラ様。話は聞きました。私の為に御尽力いただきありがとうございます。この通り、私は大丈夫です。どうか、お怒りをお鎮めください」

 ナティも追従し、ウリエラに語りかけた。


 ウリエラは、上空からナティに一度目を向けると、再び視線を外し、口を開く。

「女よ無事か。良かったな。だが、引くことはできん、我が怒りに慮る事もせず、我を撃たんとする者がおる。矮小な人の分際で─」


 先頭部隊が来てしまった。

 状況が飲み込めていないらしく、私達とウリエラを見ながら戸惑っている。


 部隊に動かないよう手振りで伝えると、再びウリエラに対峙する。


「ウリエラ様、人は集まり国というものを造り、互いに土地を奪い合っております」


「そのくらいは知っている」


「はい、その中で国に属していない特殊な力を持つ人間は、国を持つ者にとって脅威と考える場合があるのです」


「だから害するというのか?」


「正しい行いであるとは言いません。しかしながら、それが国の考えであり、人でございます」


「ならば、国そのものを壊してしまえば良いではないか」


「いえ、たとえ、この国を滅ぼそうとも、別の国がこの地を取りに来るでしょう。三百年前、セグレント王朝を破壊された後、如何でしたか?直ぐに別の国が出てきたのではないですか?」


「ならば、全てを──」


「ならば、全てを壊すと言われるのですか?人は、世界中におります。いずれ、ここにも来るでしょう」


「…………」


「それに、マジソン市も壊されてしまいます。ナティが愛した人々も滅ぼしてしまうのですか?」


「…………」


「堕天使ウリエラ様」

 私の言葉を受けて、ナティが懇願にも似た名前を呼んだ。



 背後から、

「我が、我が領が、こんな堕天した魔人一人の情けで生き残されているというのか!」

 怒気を含んだ声がした。

「幾千の敵を討ちし、我が兵が、我の魔法が敵わぬと言うのか!」


「お嬢──」

 お嬢様がいた。

 分かっていた筈であった。

 常に前線にあり、兵達を鼓舞し続ける戦乙女と呼ばれるお嬢様が、ここに来ないはずがないのだ。

 そして、自らの魔法と兵達に最大の自信を持つお嬢様が、このような会話を聞いて、怒らない訳がないのだ。


「撃てー!」


 幾重もの空気を弾く弦音の後、矢がスコールの如く降り注ぐ。


 矢は、私とナティに向けられていた。


 ナティの叫びが聞こえた気がした。

 深くは考えられなかった。ただ、アルフォディオが命を掛けたナティが、再び死んでしまう事だけは許せなかった。

 気が付けば、両手を広げて立っていた。

 背にナティを感じ、眼前に夥しい矢を見る。


 ── ドドッ


 冷たく、重い。

 ナティは、無事か?

 四肢の感覚は失われ、身体のバランスがとれない。

 右目は失われ、微かに残った左目の視界にウリエラが見えた。

 ウリエラは輝く鎖に囚われている。


「馬鹿が!学者共の調査により、お前の存在は分かっておったわ。対策を考えていないとでも思っていたのか」


 お嬢様の後ろに神官達の姿が見えた。

 『神の鎖』

 噂で聞いたことがある。神に叛けし魔を捕える神官専用の魔法だ。

 こんなものまで準備しているとは……。

 詰んだ…………。

 せめて、ナティだけでも………………。



「『癒しの手』か、珍しい治癒の魔法が使えるというので目を掛けてやったのに、堕天使に取り入ったか。見下げた女よな」

 お嬢様の手が、私の背後のナティを指す。


 やめてくれ!

 胸から、首から空気が漏れ、喋ることができない…………んっ、う、動ける。微かだが動ける。

 背中に暖かいものが……。

 手?


 ─ お願い、私の手。間に合わない……死の方が速い……お願い……死なないで……癒しを。


 ナティの癒しの力。

 身体の感覚が戻ってくる。

 でも、だからこそ分かる。

 自分は助からない。

 僅かな延命。

 


「撃て」

 無情な一言が発せられた。


 残り僅かな命をここで使う。

 再びナティを庇う。

 ……………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………!

 矢が飛んでこない。


「…………グアッ!」

「ウッ………………!」

「な……何……だ……」

 軍の方から苦痛を訴える声が聞こえた。


 地面から黒い靄が立ち込めている。

 靄は、物質的存在があるかのように兵達を切り刻む。切られた傷口は新たなる靄を発し、さらなる傷をつけていく。


 多くの兵は地に伏し、残る兵は恐怖に立ち竦んでいる。

 黒い靄は、広がっていく。

 地獄の具現。


「新し……き……友よ……無事……か…………」


 アルフォディオ。

 空中にアルフォディオが浮いていた。

 正確には、首だけとなったアルフォディオが、翼のある黒猫に咥えられ、宙に浮いていたのだ。

 首は、シュウシュウと音をたて、靄となり、小さくなっていく。

 黒猫が私に近寄ってきた時、咥えていた髪が消えて、私の胸元に落ちてきた。数十本の矢に覆われた手で受け止める。


「新しき友よ…………」

 アルフォディオの首は、顔の前面を残すのみとなっていた。


「アルジ ツレテキタ サイゴ ミトドケル ヤクメ  アルジ サイゴノ マリョク ツカッタ」


 黒猫の声が聞こえた。

 手には、アルフォディオの顔。小さな火傷の跡が見える。小さな手のひらの形。


 ナティの癒やしにより繋がってきた呼吸器で叫ぶ。

「ウリエラよ、悪魔は受肉により現世に顕現するというのは本当か?」


「ああ」

 神官達が死んだのだろう、鎖から解かれたウリエラが答える。


 ナティに、癒しを止めるように促すと、今一層の声で叫ぶ。

「我が友にして、最高の悪魔アルフォディオよ。我が身を捧げる。肉を受け、この世に再度顕現せよ!」


 右胸に刺さった矢を束ねて持ち、自分の肉ごと引き抜く。

 そして、その空いた胸の中に僅かな頬のみとなったアルフォディオを突っ込んだ。


 命が終わっていく感覚。

 身体が侵食されていく感覚。


 ─ あぁ、ナティが泣いている。

 ─ 結局、ナティの笑顔を見ることができなかったな。

 ─ でも良いか。友がきっと代わりに笑顔を見てくれる……。



 空から声がする。

 ウリエラの声だ。

 ハハッ、堕天使を泣かしてやった。

「神よ───────」

 



 ◇◇◇◇◇


 目覚めたのは水の上だった。

 ナティが眠っていた泉。

 素っ裸で横たわるオジサン。

 周りに誰もいなくて良かった。


 後から聞いた話だと、あの時いた者は、誰も死んでいないらしい。いや、死んだ者が皆、生き返ったという方が正しいのかもしれない。

 私がアルフォディオに身体を渡した時、堕天使ウリエラが神に祈りをあげ。その後、眩しい光がして、皆が蘇ったのだそうだ。

 教えてくれた男は、奇跡だと言っていた。

 私もそうだと思う。

 『癒しの手』は、眩しい光の中、銀髪の男と手を取り合い、森の中に消えていったと言う者もいた。

 アルフォディオにも奇跡が及んだのだろう、手を取り合う二人の幸せそうな様子が目に浮かぶ。


 領では、『天使ウリエラ教会』なるものが建てられていた。

 ウリエラ、天使に戻ったのか?


 そして今、私は領軍を辞し、マジソン市の自衛団で働いている。

 ナティの笑顔が溢れる地を守りたかったから。



 ─ 愛すべき最高の友である悪魔に、乾杯。


           カルスフェン・ラータック




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 城内─カミラ私室。

 カミラの前に黒い猫がいた。

 ただ、ジッとカミラを見つめている。

 いつからいたのだろう?

 気が付けば、そこにいる。

 室内にはカミラだけ。

 ただ、ジッとカミラを見つめているだけ。


 カミラは、ナイフを取り出すと、黒猫を切った。

 あの時と同じように。

 そして、火の中に放り込む。

 あの時と同じように。


 違うのは、火の中にあるのが猫ではなかった事。

 猫のはずが、土で造られた人形が火の中にあったという事。


 瞬間、カミラの両手に激しい痛みと共に夥しい切り傷が走り、端から炭化していく。


 激しい絶叫が室内を埋め尽くす。



 ─ツミ ハ バツ ヲ ヨブ

         インガ オウホウ ─


 黒猫は飛び去った。

ありがとうございますm(_ _)m

お楽しみいただけましたでしょうか?


深めたくも、続けたくもある作品です。

応援宜しくお願いいたします!

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