7話 私が持つ唯一の財産をみんなに。
「増税されたなら、その時なぜ税を増すか通知書が渡されるはずよね。取ってある?」
「あ、ああ、一応、二年前もらったやつがある」
レオンはチェストを探り、中から一枚の書面を出しました。
【エンデ村、増税通知 エンデ村施設整備修繕費用の為 領主オリヴァー・ベルクマン】
オリヴァーは現領主であり、クリストフの父君の名前です。
紙に入っている印もベルクマン家の家紋。
村人たちが文字の読み書きができないからか、承認の欄には血判が押されています。
「……この書面を渡されて以降、領主が村に手入れをしてくれたことはある?」
「無いな。なんでそんな怖い顔をしているんだ、ゲルダ」
ひどい。
ひどすぎるわ。
村の人たちが文字を読めないと知った上で、増税理由の書面を渡されても理解できないと知った上で、こんな仕打ちを?
「ここには、村の施設を修繕するための増税だと書かれているの。なのに、村に何も還元されていないのでしょう? 村長さんと話をしたいわ。みんなベルクマンに騙されている」
「なんだよ、それ」
村長ウードさんは私の話を聞いたとたん、テーブルに拳を叩きつけました。
白髪を振り乱して、眉間のシワを深くします。
「なんだって!? ベルクマンめ、オレたちを舐めやがって! 今から全員で殴り込みに」
「待って村長さん。感情的に行動しては駄目です」
おそらく今怒鳴り込んでも「これから整備する予定だ」と言い訳をされてしまう。
そうなったら引き下がるしかなくなります。
「冷静になりましょう。反撃する機を探るんです。私はすべて失くしてここに来ましたが、ひとつだけ奪われなかったものがあります」
「なんだね」
怪訝そうに、ウード村長が聞き返してきます。
「知識です。学校で学んだ知識は私の頭の中にある。これだけが私の財産。私が先生になって、村のみんなに文字を教えます。そうすれば、今後このような書面を渡されても、不都合なものにはサインせず抗議できます」
「た、たしかに……これまでは言われるまま血判を押すだけだったが、いまさら文字なんて習っても無駄じゃあ」
「無駄かどうかはやってみないとわかりません」
私は振り返って、レオンに頭を下げます。
「レオン。お給料の前借りさせて。街で文字を学ぶための本を買うわ」
「は? 自分のために使わないのか? 一応年頃の女なんだから、服だの装飾品だの欲しいもんがあるだろ」
「このままエンデ村のみんなが騙されて搾取され続けになるのは嫌よ。服なんてもっとお金を貯めたあといくらでも買えるもの」
かなりの無理を言ったのはわかっています。
でも、レオンは私を町に連れて行ってくれました。
村長さんのところの馬を借りて、商店のある町ウェルターに出ます。
「……ゲルダ。なんでかぶりものなんてしてるんだ」
「気にしないで」
ウェルターにはベルクマン別邸があったはず。万一にでも私の姿をクリストフに知られたら、何をされるかわかりません。
全財産とレオンから前借りしたお金をはたいて、古本屋で語学本を二冊購入しました。
買い物を終えて町並みを眺めます。
道は整備され、石畳みになっています。
町の奥にベルクマン邸が建っていて、その前に馬二頭に引かれた馬車がとまりました。
従者が扉を開けて、当主オリヴァーと……ハリエラ家の商売敵だった商家ウィンザーの主が降りてきます。
ここからでは距離があって会話までは聞こえないですが、とても親しそう。
少なくとも知り合って一日二日という浅い関係ではないと見て取れます。
心臓の音がうるさい。
ハリエラ家が没落したそのすぐあと、ハリエラ家の商売敵ウィンザーと仲良くしている……。
ウィンザー家の人間に、裁判で発言権のある人間がいた覚えがあります。
もしかして、ベルクマン家とウィンザー家が手を組んで、私のお父様を陥れた……?
そんな気がしてしまって、寒気がしました。
「ゲルダ」
「はっ、はい!」
いけない。ぼーっとしてしまったわ。
レオンに呼ばれて、レオンのもとに走ります。
せっかく町まで出るからとレオンも日用品で不足したものを買いたしに行ったんです。
腕に大きな布袋を抱えています。
「これ」
「なに?」
レオンがズボンのポケットを探って、私の手に何か落としました。
小さな包みを開けると、それはリボンでした。オレンジ色のシンプルなもの。
でも夕焼けのような、とてもきれいな色です。
「わぁ。ありがとう、レオン。大切に使うわ」
「別に。また牛に髪を食われたら仕事の手が止まる。それだけだ」
素直じゃないんですね。
この仏頂面で装飾品店に入ったのかと思うと、自然と口元がほころんでしまいます。
このリボンが、今までもらった贈り物の中で一番うれしい。
胸が暖かくなりました。
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